日本の21世紀を予言する
ヘンリー・A・キッシンジャー/日高義樹共著 アメリカ経済アメリカの経済は、レーガン大統領時代から始まる規制緩和や減税、それに金融機関の構造変革等ががうまく作動した結果、国内で新しい産業体制を構築するための資本が動き始め、1990年代になって経済の状況が劇的に上向き、好況にむかって大きく動き出した。アメリカ企業の競争力が大きく改善され、コンピュータ・ネットワーク、テレコミュニケーション、情報産業等によって革命的ともいえる生産体制が確立され、アメリカ経済が構造的に新しい時代を作り上げることができた。アメリカ連邦準備制度理事会のアラン・グリーンスパン議長は、「百年に一度の経済の変革が起きた」と発言している。アメリカ経済は、単なるモノ作りの段階を超えて、情報と通信、それに物流を中核とする構造に変わった。ニューヨークのダウの高さも、すべてこれら産業に関連する株、その背後にある金融機関の株価が上昇しているからにほかならない。 ニューヨークの株価はバブルであるというのは、ほかの物価がすべて安いのに株価だけが高いという意味においてである。株価が高いのは、アメリカ国民が作るよりもたくさん使ってしまい、膨大な貿易赤字を出してドルを世界中にばらまいた結果、再びドルがアメリカに還流し、株に投資されているためである。アメリカのダウのバブルは、情報、通信の発展によって能率が上がった企業の値段である。産業構造が変わり、驚くほど効率化が進んだ企業そのものの値段なのである。こうしたアメリカ企業の値段、つまり、株価のバブルが破裂する事態があるとすれば、新たな産業改革によって創出された産業市場が崩壊するときである。そうなれば、アメリカの体制は崩れ、ドルの値段も下がってしまう。 日本経済
日本経済の将来には、楽観的な見方と悲観的な見方の二つがある。
楽観的な見方
IT革命の影響下に複合的な消費が拡大し、投資が増大する。IT革命が本格的に浸透すれば、もとより他国よりモノ作りの力にすぐれ、国内のインフラストラクチャーが充実している分、一挙にIT革命効果が盛り上がり、日本経済の将来の見通しは明るい。
携帯電話を中心とした日本の新しい通信技術に注目している。しかも、アメリカに比べて後れをとるインターネットの利用が進めば、日本企業の収益率は急速に上向き、投資の対象として好ましい。日本、韓国、中国等でインターネットがより一般化すれば、日本のソフトが利用される見通しも強く、日本経済は活性化する。
悲観的な見方
政府の監督や規制自体が、IT革命によってもたらされる経済活動とはまったく相容れない上、相容れないことを日本人が理解しておらず、指導的立場にある財界人が、インターネットを始め、IT革命についてまともに理解しようとしていないので、日本経済が抜本的に構造改革に踏み切ることはむずかしく、したがって、景気の回復は遅れるだろう。
日本政府、とくに大蔵省の政策に対する根強い不信感がある。大蔵省の政策や諸々の措置が、基本的にどんな路線に則って行われているのか、どのような方針によって財政運用されているのか、わかりにくい。
日米の関係
クリントン政権が発足した当時、アメリカは膨大な借金を抱かえていた。だが、日本が円安政策をとり、アメリカの連邦債を買い続けたため、アメリカは決定的破綻を免れただけでなく、強いドルに支えられて好況を持続させることに成功した。アメリカの生産能力をしのぐ大きすぎるほどの消費は、通常であれば長続きしない。しかし、日本はモノ作りに卓越し、余ったモノをアメリカに売り、貯蓄した資本をアメリカに投資するという互いに依存し合う甘い関係にある。
21世紀の世界
21世紀の世界における政治的に不確定な要因は、富を蓄積してアメリカのドルを支えている日本の政治の出方いかんにかかわっている。日本の動き方次第で世界が大きく変わる。日本を動かすもっとも大きな力はアメリカである。今やアメリカは押しも押されもせぬ唯一の超大国であり、その力は強大で、頂点に向かって上りつめようとしている。外国の力を心配しなくていいから、外国のことはどうでもいい、自分たちだけ快活であればよい。アメリカの利己主義、新しい孤立主義が、新しい障害となって立ちはだかる可能性は大といわなければならない。アメリカが今のままの態度をさらに国際的に徹底し始めたら、日本は動かざるをえない。
さらに、日本を新しい方向に動かす力は、中国が大きな鍵を握っている。中国がアジアの覇権国としての立場を強化し、台湾海峡をふくめた海上輸送路の安全にまで干渉するようになった場合、また、アメリカが中国と周辺諸国の溝を埋める努力を放棄し、何ら影響力を行使しなくなった場合には、日本は自らの権益をおのが手で守らざるをえなくなる。
日本は、アジアにおける民主主義の擁護者の立場から、軍事力の強化に救済をみいだすほかない。日本が中国との対立を深め、軍事力の増強を切望すれば、日本の負担が増え、そのぶんアメリカが経済的な利益を得ることになる。
日本はあまりにも長い間、周辺の安全と日本の存在そのものを関係各国や国際社会の善意にゆだねすぎ、「国際社会のなかで自らの国家を守る」という本能的ともいえる能力さえ喪失しつつある。日本が21世紀の国際社会で堂々と生きていくには、安全保障を考慮して憲法を改正する以前に、まず自らの安全を守る能力をとり戻さなければならない。