日本の恐ろしい未来 金融資産が狙われている         高橋乗宣著

 日本経済再浮上のシナリオとして、政府が考えてきたのは、アメリカ経済が好調なうちに、輸出主導で国内産業を建て直し、景気回復させるというものであった。しかし、既にドル安が始まってしまった。アメリカ経済は大型減税を前倒しして消費をあおり景気浮揚をはかった。この効果が持続するのは、今年の年央ぐらいまででり、そこで一巡する。ブッシュ大統領は、大型減税効果によりアメリカ国内の企業が設備投資を増やすことに賭けている。減税効果というカンフル剤の作用が切れる刻限は、どんどん迫ってきている。

 ドル安の一番の理由は、アメリカの財政収支赤字と経常収支の赤字の「双子の赤字」である。財政収支の赤字は、2003年会計年度(2002年10月〜2003年9月)の予算教書では3600億ドルだったが、イラク戦争の追加と減税の超前倒しで、5200億ドルを超える赤字に膨らんでいる。経常収支の赤字は5400億ドルになる。ドル安のトレンドは、「双子の赤字」があるかぎり、長引き円の対ドルレートは100円を突破して、年内には90円をうかがう流れになっていく。昨年来、非常に早い時期から円買い、ユーロ買いがすすんできたが、一連の強力なドル売りは、アメリカでキャピタルフライト(資金逃避)が起こりつつある前兆といえるかもしれない。「双子の赤字」をこのまま黙認していると、市場はドルを見放して、ドル暴落という事態も起こりうる。

 日経平均株価は2003年4月28日の最安値、7607円から11000円台に回復した。日経平均株価がこれから半年間程度、現状維持を続け、あるいは、ある局面で12000円程度の高値を追う場面もあるかもしれない。
 いま世界を駆け巡っている短期資本は、世界経済全体の貿易決済資金量のおよそ40倍あるとされている。実体経済とかけ離れた化け物のようなマネーが、株式や債券、為替市場で投機資金として使われているのだ。ニューヨーク市場も、こうした浮遊するマネーによってかろうじて支えられているということができる。ドル安によって、ニューヨークの株安は確実に進む。ドル安によってアメリカの輸入物価は上昇し、国内消費は必然的に、ジリ貧になる。輸入品の値上がりは、アメリカ国内にインフレのベクトルをかける。すると、長期金利が上昇し、資金は株式市場から引き揚げられ、より有利な金融市場に流れていく。長期金利が上昇する局面ではアメリカの債権相場も下落し、株安、債権安、ドル安のトリプル安におちいる。年央から鮮明になっていくアメリカの景気の後退で、ニューヨークダウやナスダックは、大幅に調整せざるをえない。日本も当然、返り血を浴びることになる。

日本の財政
年度 一般会計予算(A) 税収(B) (B)/(A) 公的債務残高
平成15年度 81.9兆円 41.8兆円 51.0% 695兆円
平成16年度見込み 82.1兆円 41.7兆円 50.8% 719兆円
平成2年(1990) 69.3兆円 60.1兆円 73.2%

 国債に依存し、税収の二倍もの予算を組んでおきながら、その多くは福祉などの社会保障に当てられる義務的経費である。政治が主導し、方向性を示す政策的経費は年々減っている。
 財政再建は中期的課題であり、その課題を達成するためには、まず日本経済をデフレから脱却させるという短期的課題をクリアしなければならない。そのためには、政府が成長分野のインフラ整備に集中的に政策的経費を投資し、国民の前で政府がデフレを克服する強い意志を示さなければならない。
 デフレ経済が続いている以上、企業も家計も消費を先延ばしにする。誰も金を使わないと、物価はますます下落する。それがもとで、企業業績は悪くなる。一巡したはずのリストラが、二巡する。失業者の増加にしても歯止めがかからない。すると、いっそう景気が冷え込んでいくために、デフレの渦はますます速くなる。リストラの終了は、デフレの克服と一体なのであり、デフレ経済が続くかぎり、リストラはやまないのだ。


 悪性のインフレを招くシナリオは、債券市場の売りによるシナリオと、インフレターゲット政策によってもたらされるシナリオの二つある。

シナリオ1
 債権相場が下落すると、長期金利が上がる。長期金利が上がると、長期プライムレートを上げざるをえない。長期プライムレートが上がると、企業向け貸し出しの金利を上げることになる。金利の上昇局面では、それが通貨高(円高)となってあらわれ、輸出も伸び悩む。中国などの製品はいっそう安く流入するようになり、国内物価は下落するいっぽうで、デフレ・スパイラルは続く今の日本の状態だ。そのうち、企業業績も消費もいっこうに改善しない、日本経済はどうも危ない、と誰でもが感じるようになり、資本が日本から逃げ出していく。株式も、債券も、為替も売りというトリプル安の流れになる。円安に傾くと、いままで流入していた安い外国製品は、どんどん高くなっていく。国民の購買力、供給力ともにダウンするなかで、物価だけが高くなっていくのである。

シナリオ2
 日銀が株や土地を購入して、将来は必ずインフレになるという期待インフレを起こすインフレターゲット政策によってもたらされるインフレである。日本経済は、ケインズがいう「流動性のワナ」におちいっている。すなわち、財やサービス、投資先など金が流れていく先がない過剰流動性になっている。このような状況でインフレターゲット政策を行えば、名目金利だけが上がることになる。国民はモノを買わないし、投資もしない。名目金利の上昇で、銀行や企業の資金調達コストは上がってしまう。企業の業績は不振になり、株価が下がる。また、金利の上昇は債権相場の下落をもたらす。為替も円安基調に転ずる。輸入物価はじりじり上がっていくことになる。景気はいっそう低迷するにもかかわらず、インフレがやってくる。

流動性のワナ(liquidity trap)
金利がほぼ0に等しいとき、マネー・サプライを増やす金融政策をとっても、景気刺激効果が得られないことを、ケインズが「流動性のワナ」と呼んだ(1936)。