金融権力 グローバル経済とリスク・ビジネス 本山美彦著
ウォール街、IMF、ワシントンの政治家たちが、一体となった金融複合体が世界中で推し進める、資本の自由な国際的移動こそが、世界の経済社会を繁栄させるというワシントン・コンセンサスが、世界中に投機的経済を広めてしまった。金融複合体は自由化の名の下に、人々の金銭的欲望を解放してしまう金融システムが作り出されてしまった。カネがカネを生むシステムがそれである。そうした金融システムが、現在、金融権力として猛威を奮っている。金融権力とは、金融という構造的権力を意味している。金融界の大御所が財務長官になる。また、外国の企業がアメリカで上場する場合、会計監査業務のほぼすべてを握っている四大会計事務所(KPNG、Ernst & Young、PricewaterhouseCoopers、Deloitte Touche Tohmatsu)に依頼せざるを得ない。重要な企業内情報はここでアメリカの会計事務所に筒抜けになる。そして、会計事務所の上級調査員が各種ファンドを設立する。会計事務所の幹部はアメリカ証券取引委員会(SEC)の幹部にもなる。格付け会社がこれに加わる。この格付け会社が企業の生殺与奮の力をもつ。ウォール街の証券会社やアナリスト、そして、法律事務所と政治家。こうした組織が結びついて、金融権力を構成している。彼らの人脈は深くて広い。社会のあらゆる分野と結びつき、世界の重要人物との関係を彼らはつねに密接に維持している。サブプライムローンの証券化が急拡大した背景には長期にわたる世界的な低金利政策とグローバル経済がもたらした過剰金融である。膨大な資金が優良な貸付先を求めて動き回っているが、貸付先が不足して、資金過剰が発生していた。そうした背景の下、ハイリスクだか高利回りを狙えるアメリカの証券化した金融商品にファンドが殺到したのである。証券がもっていたリスクは、証券の転売の連鎖が長くなるにつれて、本当はどのCDO(Collateralized Debt Obligation 債務担保証券)にあるのか不明になってしまう。しかも、連鎖の至るところで、借入金で運用資金を膨らませて投資するというLBO(Leveraged Buyout)が多用される。サブプライム問題の深刻さは、このリスク取引の仕組みにあった。まず、最初の債権が短期の証券として転売されるところに最初の弱点がある。住宅ローンは通常30年もの長期の債権である。この長期の金融の資金源が、証券化されて転売されたCDOの売上代金で賄われる。しかし、これらの証券の期日は非常に短い。せいぜい数か月単位のものである。短期の証券であるCDOの買い手が見つからなくなれば、こうしたローン・システムがたちどころに崩れてしまうことは、当初から予想されていたことである。サブプライムローン関連のCDOこそは、ハイリターン投資のシンボルであった。しかも、ジャンク・ボンドであるはずのCDOをトリプルAに格付けする手法にいかがわしさが漂っていた。リスクを他者に転売する手法をリスク・ビジネスと名付けた。
アメリカは自ら貯蓄せず、自国経済を維持するのに、他国の貯蓄の国内流入を当てにしてきた。2006年のアメリカの経常収支赤字は、GDPの6.2%という記録的なものになり、日々の経済活動を維持するためにも一日当たり30億ドルもの外資を輸入しなければならない態勢に陥っているのである。アメリカは決定的に貯蓄不足である。これでは、世界の投資がアメリカに向かわなくなればドル暴落が発生し、アメリカは長期のバブルの後遺症に苦しめられることになるだろう。サブプライムローン問題は、アメリカ人のこの異常な消費ブームを終わらせ、深刻な経済不況にアメリカが陥ることは明白である。
ドルを基軸通貨にしてきた要因はいくつかあるが、中でも金融技術・軍事技術・石油の存在が大きかった。しかし、そのいずれもが、いまやドルを支える要因ではなくなったのである。金融技術は、サブプライムローン問題の後遺症で権威を失った。肝心のアメリカの金融市場の混乱は容易に収まらないであろう。そもそも、シティグループやメリルリンチに、ついこの間までの威力が感じられなくなってしまった。
アメリカの軍事はいまでもずば抜けた高水準のものである。イラク出兵はアメリカの軍事力の強大さを世界に改めて認知させた。イラクのフセイン元大統領は、石油のドル建てをユーロ建てに変えようと世界に呼びかけた。多くの産油国がそれに乗ろうとした雰囲気が出てくるや否や、アメリカは、フセイン体制を叩き潰した。この時点まではアメリカにとってよかった。軍事力の威力を背景に石油のドル建て離れを阻止することに成功したからである。しかし、今度ばかりは違う。イラクとアフガニスタンの経験を通じて、武力にはすごいものがあるが、アメリカには外国を統治する能力はないことを世界中が気づくことになった。また、戦争経済に足をとられている間に、肝心の石油油田の開発にアメリカはロシアや中国に大幅な遅れをとってしまったのである。
天然ガスを含む世界最大の産油国としてロシアが浮上した。そのロシアが2007年、サンクトベテルブルグに原油取引所を開設した。ここでの取引はドル建てではなくルーブル建てである。これに中国が協力するになっている。アメリカにとって、これ以上の脅威はないだろう。冷戦体制の負け組が手を組み、アメリカに挑戦しているのだから。しかも、彼らはアメリカの軍事力に屈しない。核保有国としての大きな軍事的交渉力をアメリカに対してもっているからである。彼らのルーブル建てを阻止すべく、フセインのように軍事力でねじ伏せることなどアメリカには、もはやできないことである。
しかも、アメリカにとって都合の悪いことに、中国の外貨準備額は1兆5000億ドルを超え、日本を抜いて世界第1位である。ロシアも石油のお陰で日本に次ぐ世界第3位である。そして、中国が保有しているアメリカ債は、額にして世界第2位である。彼らは、アメリカの威嚇に弱い日本と違って、自己のコントロール下にあるドル資産をアメリカとの交渉に最大限活かそうするであろう。
プーチンは、卓抜な自国の軍事技術を駆使して世界の原油探査に協力している。すでにEUは、石油と天然ガスの約30%をロシアに依存している。中国もまた世界中で石油採掘に邁進している。EUがこの動きに同調すれば、アメリカ一極支配が早晩崩壊するであろうことは確かである。