経済成長は不可能なのか 少子化と財政難を克服する条件             盛山和夫著

 今日の日本経済は「デフレ不況問題」「財政難問題」「国債残高問題」そして「少子化問題」の四重苦にとりまかれている。 この四重苦の唯一の突破口は、いったんは「国債残高問題」を棚上げにし、まずは国債発行を通じてデフレ不況問題の解決を図ることである。 むろん、国債発行の増額に頼るのは、二年か三年に限定される。 その短い期間だけ国債の増額に頼って早期にデフレから脱却することで、消費税の増税が可能な状況を作り出し、それと同時に経済成長をも促進して、増税と成長とによる成長増を図るのである。

 財政構造を平常化するということは、まずもってプライマリー・バランス(基礎的財政収支)の赤字を解消するということだが、このプライマリー・バランスの赤字が解消されるための手段は、次の三つしかない。
(1)増税する。
(2)成長を通じて税収を増やす。
(3)政策的経費を削減する。

 現在GDPの成長は低迷している。 震災の影響でさらに落ち込む可能性さえある。 したがって、(2)の成長による税収増はありえない。 そして、成長のないなかで「増税」などもってのほかだ。 このように考えると、可能な道はただ一つしかない。 それは、「短期的には、プライマリー・バランスの悪化を覚悟して国債発行で必要な歳出をまかなう」が、それを通じて、「中長期的に、プライマリー・バランスの黒字化をめざす」という工程がある。 まずはプライマリー・バランスの悪化を覚悟しながら国債発行を拡大して必要な財政支出を行い、一定の成長軌道の確立を図る。 その上で、成長の妨げにならないタイミングと範囲で増税し、それによってさらなる税収増を図る。 そうした、成長と増税を通じての税収の増加にあわせて、ある時点からは逆に国債発行額を減らしていく。 こういうプロセスしかありえないのである。

 プライマリー・バランスの赤字解消をめざしながら、国債の増発を行おうというのは矛盾しているかのようにみえる。 しかし、増税は一挙にはできないし、よほど気をつけないと、かえって景気を悪化させる。 したがって、増税しても構わないような成長率が達成されるまでの間、国債発行に頼らざるをえない。

 景気がよくないときにとるべき財政政策として、ムダの削減、増税、減税、国債増発による財政支出増の四つの選択肢を考えたとき、景気への効果は次の通りだ。 まず、ムダの削減が一番悪い。 それは経済を縮小するだけに終わる。 次に増税がよくない。 理論的には中立的だが心理的に民間消費を冷え込ませる。 減税はややプラスだが、効果は公共投資に劣る。 一番いいのが国債を増発して、その分直接的な財政支出を増やすことだ。 中長期的には、債務残高のGDP比の拡大を止めなければならないし、持続的な成長のためにも増税が欠かせない。 しかし、四重苦を抜け出す最初の一歩は増税ではなく、国債の増発でなければならない。 この国債増発は、実質的に「日銀引受」を基本として、通貨供給量を増やしてデフレを解消するという「金融政策」と相携えて展開する必要がある。  日銀が国債を引き受けることには、大きなメリットがある。 それは、民間に出回る通貨供給量を増やして、デフレの解消をめざすという目標のための、きわめて有効な手段なのである。 なぜなら、それは、民間の資金を吸い上げることなく、政府の財政支出の拡大を通じて、民間に資金を供給するからである。

 今日、大震災からの復興という課題は、失われた二〇年で停滞し続けてきた日本にとってはきわめて重い困難な課題である。 しかし、この非常時は、これまでの停滞を導いてきたさまざまな間違った考え方や政策から脱却する、たいへんいいチャンスになるかもしれない。 「ムダの削減」や「日銀の国債引受禁止論」のような根拠のない金科玉条的な制約条件が、ようやく弱まるかもしれないのである。 そして、そうした「とらわれた思いこみ」からの脱却こそが、二〇年来のデフレ状況からの脱却をもたらすだろうと期待できるのである。

(1)基本的には消費増税なしに、必要な政策的経費をまかないつつ、プライマリー・バランスの改善を図ることは不可能だ。
(2)しかし消費増税だけでも不十分で、経済全体を早期に四パーセント程度の名目成長率の軌道にのせ、成長による税収増を図らなければならない。
(3)とはいえ、リーマンショックと大震災によって落ち込んだ経済の体力を考えれば、今すぐでの増税は不適切だ。
(4)したがって、一時的には国債を増発して、積極的に金融の量的緩和と財政支出拡大を組み合わせた「デフレ脱却政策」が必要だ。

 たんに増税して国債発行を抑えるという発想だけでは、震災からの復興を含め、これからの日本に希望ある未来を描くことはできない。 さらに積極的な「未来への投資」が不可欠だ。 投資があってはじめて成長がありうるのである。 これまでの二〇年間は、デフレ下の財政難のため、行財政改革の論理に主導されて、政府自体の投資的財政支出は削減され続けてきた。 それでは、経済は停滞ないし縮小の悪循環から抜け出すことはできない。 失われた二〇年から脱却するとは、中長期的に、投資と成長との好循環構造を確立することである。それには、少子化の緩和や持続可能な社会保障のしくみを含む未来への明るい展望が示されなければならないし、適切な金融政策によってデフレや円高がもたらす投資減退圧力を和らげられなければならない。 「工程表」のようなかたちで論理的にきっちりとして実効性のある中長期的な展望を描き、そのなかにさまざまな政策手段を整合的に位置づけなければならない。 混迷する議論を乗り越えて、そうした構想を明示した上での政策展開でなければ、現在の四重苦から抜け出すことはできないのである。