経済論戦 いま何が問われているのか 川北隆雄著
本書が選んだテーマは、郵政民営化、不良債権処理、金融政策、財政再建、構造改革の五つである。それぞれの本、論文のエッセンスを抽出して各論者の主張をまとめ、論争の全体像をつかめるようになっている。五つのテーマの中から特に興味深かった財政再建の内容を紹介する。
国債残高が増えた場合の一般的な考え方
国債の残高が増えると、巨額の債務を返済するために、将来に増税が予想され、国民が消費をひかえ、景気が悪化する。また、現在の世代は国債発行収入で減税や公共投資という恩恵を受けるが、あとの世代の国民はその財源を増税という形で負担しなければならないという世代間の負担の不公平さにつながる。あるいは、近い将来に国債の暴落、長期金利の急騰が起き、経済が変調をきたす。国内の資金が国債にばかり吸収され、民間部門にまわらなくなるクラウディングアウト(crowding
out)になり、景気の後退や企業業績が悪化する。
国債の金利が上がると国債の利払いが増えるので、税収が増加しても利払いに追いつけなくなる可能性がある。税収の増加のスピードよりも国債利払いの増加のスピードのほうが速くなれば、財政赤字の拡大と国債残高の増加は止まらなくなる。国債の発行が増え続ければ、国債の金利はさらに上昇する。そうなれば、いつかは、国は国債の利子を払えなくなり、国債を償還することもできなくなる。つまり、財政が破綻する。
巨額な国債残高は、気にする必要はないとする考え方
・小野善康『景気と経済政策』
国債発行による政府部門の負担の増大があれば、それと同時に民間部門では、ちょうどそれと同額の国債という資産蓄積が起こっている。国全体の資産とは、民間の資産と政府の資産・負債との合計である。したがって、国債額がいくらたまっても、負債と資産が相殺されて、国全体の資産には何の変わりもない。
財政出動を優先
・リチャード・クー『良い財政赤字・悪い財政赤字』
97年当時、一部の評論家は景気が悪くなることを覚悟して財政再建をやるべきだと力説し、それに乗った橋本首相は15兆円を節約しようとした。しかし、その結果経済は大混乱に陥り、税収は激減し、財政赤字はかえって増加した。ケチケチせずにもっと大きな規模で財政支出を行っていれば、10年以上も不況に苦しむことはなかったかもしれない。大胆にやるべきだったのは金融政策ではなく、財政政策だった。
・植草一秀『現代日本経済政策論』
経済を安定的な景気回復軌道に誘導し、そのうえで財政赤字縮小などの構造的な課題に本格的に取り組むという問題解決のプロセスは、90年代を通じて一貫して主張してきたものであった。歴代の政権に対しても、直接的、間接的にこの主張を提言してきたが、小渕政権は初めてこの提案を取り入れた政権であった。小渕政権は明確な景気回復優先の政策運営路線を貫き、大きな成果をあげた。
・岩田規久男・八田達夫『日本再生に「痛み」はいらない』
景気対策は財政再建のための最適な手段である。景気が回復すると大幅な自然増収が起きるためである。実際、1985年から90年のバブル景気のとき、年度あたり21兆円の国税の自然増収があった。
財政再建を優先
・水谷研治『日本経済 恐ろしい未来』
国の単年度の赤字を解消し、なおかつ過去の借金を返済するには、消費税を43%引き上げる必要がある。消費税を43%引き上げると、それに伴って消費が激減し、財政支出の削減効果も加わって、経済水準は大幅に低下し、名目GDPがほぼ半分程度に目減りしてしまう。国民の生活水準もその程度に落ち込む。現在最大の支出項目となっている社会保障についても、強力に圧縮せざるをえない。一般の国民は自分の将来のことについては、自分で準備するべきである。公共投資は国家の基幹部分にかぎらなければならない。国民生活に関連した部分は地方自治体が住民の拠出する財源をもとにして行うべきである。
・富田俊基『国債累積のつけを誰が払うのか』
政府債務のレベルが高水準である場合に財政健全化を行い、財政赤字が削減される場合には、次のような効果が発生する。歳出の削減は、それが恒久的なものとみなせると、将来の税負担の軽減につながり、プラスの資産効果があらわれる。また、税制改正によって将来の増税が微々たるものにとどまるという期待が高まると、今日の増税が景気拡張的に作用し得る。また、高債務国での強力な財政再建は、金利のリスク・プレミアムを低下させるという信認効果を生む。インフレ・リスクとデフォルト・リスクがともに軽減され、企業投資と耐久消費財の需要を刺激することになる。
世代間の不公平が生じるとする考え方
・井堀利宏『財政赤字の正しい考え方』
現在世代の人が国債発行で便益を受けた分だけ、将来世代の消費可能量が減り、世代間の不公平が生じる。公債発行の場合、人々が公債を保有するが、これは民間貯蓄の一部が公債の消化にあてられることを意味するから、そのぶんだけ資本蓄積が減少する。公債発行では、資本蓄積が減少する分だけ、将来世代の利用できる資本ストックが小さくなり、将来世代に負担が生じる。
政府の財政再建の目標
2010年代初頭にプライマリーバランスを黒字化することを目指している。
2005年度予算では、赤字国債発行額は28兆2100億円であり、プライマリーバランスの赤字幅は15兆9478億円である。プライマリーバランスの均衡または黒字化は、赤字国債発行ゼロよりは多少現実的だから採用されている財政再建目標である。プライマリーバランスが均衡した場合、名目成長率が国債の利払いの基準となる長期金利を上回れば、国債残高の絶対額は増え続けるものの、その対GDP比は増えない。