韓国人から見た北朝鮮        呉善花著

 北朝鮮がすべてにわたって破綻をきたし、もはや崩壊寸前の状態にあることははっきりしている。あとはただ、崩壊のシナリオをいかに描くか、というだけである。もはや北朝鮮は、自由主義市場経済の体制をとる以外に国民救済の道がないことは明らかだ。その方向に向けて北朝鮮自らが解体していくことが、いまのところベストの道である。

 北朝鮮は朝鮮半島に518年間続いた李朝(李氏朝鮮)の社会主義版であり、統治思想も、政治制度も、その過酷な政治支配のあり方も、みな李朝を手本としている。李朝の専制主義から、小中華思想、事大主義、中央集権主義、攘夷思想、侮日感、父系血縁主義、美意識などに至るまで見事にその伝統を継承している。李朝がわかれば北朝鮮がわかる。同時に、韓国がわかれば北朝鮮がわかる。韓国を極端化すると北朝鮮になる、といってもよいほどだ。韓国の延長線上に北朝鮮を考えると、北朝鮮のことがよく理解できるのである。もちろんそれは、李朝という同じ親を持つ同じ民族であるからにほかならない。
 北朝鮮を何を考えているかわからない国、何をしでかすかわからない不気味な国、われわれにはとうてい理解しがたい国だと、判断停止すべきではない。判断停止した途端に、北朝鮮の存在そのものを脅威として、強制的な解体の対象とみなすほかなくなってしまう。たとえ、解体するにしても、その正体をつかんでいなければ、どこからどう解体すればよいかがみえてこないはずだ。


 北朝鮮への韓国人の印象が決定的に一変したのは、金大中政権以降である。金大中は1998年2月に大統領になると、北朝鮮情報をどんどんオープンにしていった。現実には、それまでほとんど紹介されなかった「よき印象」を与える映像や記事が、巷にどっと溢れたのである。金大中は南北の融和的な統一を現実課題に乗せた「太陽政策」を強く打ち出し、以前とは逆方向から、国民の関心を北朝鮮へ向けることに成功した。そして、IMF体制下で経済危機をひとまず乗り越えたのち、飢えに苦しむ同胞を救おうという対北政策が、国民の圧倒的支持を得るまでになった。それまで絵に描いた餅にすぎなかった「韓半島共和国」のプランが、俄然現実味を帯びてきたと思えた。そうした情勢があって2001年、平壌での南北首脳会談が実現した。金大中はこの偉大な業績が評価されてノーベル平和賞を受賞し、韓国人はすっかり親しみを持って北をみつめるようになり、マスコミの北の映画や音楽などの扱い方は、それまでは小さく嘲笑的に取り上げていたのが、親身な姿勢で大々的に紹介するように変化した。

 盧武鉉(ノムヒョン)大統領は2002年暮れに、アメリカの「封じ込め政策」は北朝鮮を制御あるいは屈服させるのに効果的手段ではない、それどころか失敗すれば韓国の死活問題であるとして、北朝鮮とアメリカをともに説得する案を具体化させると述べていた。これが「平和繁栄政策」である。韓国の方針は、核開発の放棄と引き替えに大幅な経済援助を展開し、国家崩壊をきたさないように、現状の体制を維持させていくことなのである。
 ここで、韓国の死活問題であるというのは、北朝鮮が追い詰められて武力行使に出てくる危険性のことである。だから「封じ込め政策」をとってはならず、対話を通じて平和的に解決されていかなくてはならないというのが、「平和繁栄政策」の論拠なのである。結局は、金大中政権の「太陽政策」を引き継ぎ、持続的に「融和政策」を進めていこうということにほかならない。
 しかし、対話を通じて何が見出せるのかは、金大中政権がとっくに答えを出している。それは、北朝鮮の市場経済化などではまったくなく、多大な援助に次ぐ援助を重ね、そのうえ5億ドルもの秘密資金まで提供して、崩壊寸前の体制を支え続けていくことにほかならなかった。こうして人道援助が政治体制援助になってしまう構造ができてしまっている。

 韓国人が本当に恐れているのは、核兵器の保有でも武力南進でもない。今の韓国人は北への危機意識がきわめて薄くなっていて、核兵器は同じ民族に使うわけがないし、アメリカ軍がいる以上、南進の可能性はまずないと考えている。心底恐れているのは、北朝鮮が崩壊してしまうことである。崩壊した後、2000万人を超える北の一大貧困集団を丸ごと抱え込んでいかなくてはならないということ、これが韓国人にとって最大の脅威なのである。

 北朝鮮が核を放棄すれば体制を保障し、経済援助をするという韓国の政策は根本から改めなくてはならない。北朝鮮に要求すべきは、将来への展望をもった解放経済の促進と軍縮である。この二つを国際的に監視可能なシステムのもとに実際に進めさせ、その進展状況に連動して必要な経済援助をすると通告する。そして、政府へ直接援助することはせず、民衆の最低限の生活維持に直接つながる援助システムをつくり、それを通してしか援助しないと通告する。北朝鮮がそうした要請に応じることがなければ、いっさい援助すべきではない。韓国がやるべきことは、北朝鮮崩壊を前提とした市場経済化のシミュレーションを綿密にやってみることである。

 1998年末から、東欧諸国やソ連などの社会主義体制が崩壊し、ドイツは西による東の吸収という形で統一が行われた。これによって韓国では一時、吸収統一論議が活発になったが、ドイツ統一後に旧西ドイツがその負担で経済が大きく悪化したことから、論議は急速に冷却化した。経済負担の増大に伴う韓国経済の疲弊を恐れたのである。

 追い詰められた北朝鮮は何をするかわからないというが、それはどこにも活路を見出せない状態にまで追い詰められた場合である。そうなれば、討って出て来る可能性はどんな国にもある。しかし、北朝鮮は、開放経済と軍縮の促進によって、現在の最悪の状態から脱することが可能である。選択の余地がある。韓国も日本も、それ以外には道がないことを伝えていく外交を、できる限り現実的な案を踏まえてねばり強く推し進めていかなくてはならない。