人口減少経済の新しい公式    松谷明彦

 政策研究大学大学院の藤正巌教授の人口推計によれば、日本の人口は2030年には1億790万人、2050年には8480万人に減少する。1950年の人口は8280万人であった。半世紀で5割以上の人口増加を経験したが、これからの半世紀でほぼ同数の人口減少を経験する。高齢者の増加による死亡者の急増こそが、人口の急減であることの原因なのである。

 先進国の間では、GDPの大きさの相対的な関係は労働者数によって決まる。そしてGDPの伸び率が経済成長率だから、各国の経済成長率の相対的な関係は労働者数の増減率によって決まることになる。日本の生産年齢人口(15〜64歳まで)は1995年を境にマイナスに転じており、今後も大きく減少を続ける。今後の生産年齢人口の動きから、日本の経済成長率が主要先進国のなかで最も低くなることは確実であり、それどころか恒常的にマイナス成長になる。

 急速な右肩上がりの成長を続けてきた日本経済は2009年には縮小に向かう。2000年には370.3兆円だった日本の国民所得は、2008年には390.7兆円まで増加するものの、2030年には314.6兆円まで縮小する。経済成長率は2010年で−0.2%、2020年で−1.1%、2030年で−1.7%と年々、マイナス幅が拡大する。まさに「右肩下がりの経済」である。

 これまでの日本経済において労働力と需要は上昇の一途であったが、これからは低下する一方であり、現在の日本経済は山の頂上付近にいるというわけだ。「人口減少経済」になると企業が新規投資を控えて生産能力を一定の水準に保っていたとしても、需要が傾向的に縮小するから遊休設備は増える一方であり、同時に労働力も縮小するから、稼動できる生産設備の水準は年々低下する。したがって「人口減少経済」においては、需要と労働力の縮小に見合う形で生産能力の水準を落としていくことが企業経営のポイントとなる。

 一人当たりの国民所得は、2013年がピークであり、その後少し低下する。しかし2030年においても、2000年に比べてわずか1.2%の低下であり、全体としてほぼ横ばいとみてよい。経済規模は縮小するが、同時に人口も縮小していることから、国民一人当たりでみるとほぼ横ばいにとどまるのである。

 政府の年金改革案では、2017年までに負担率を現在の1.35倍の水準まで引上げ、給付については2022年度までに0.84倍の水準に引き下げれば、年金制度は持続可能だと説く。年金制度を実現させたのは、経済発展による驚異的な所得の水準の向上であった。働く人にとって、生活を賄ってなお余りある所得水準が実現されたからこそ、高齢者を社会的に扶養することが可能になったのである。ただしそれが持続可能であるためには、高齢者の労働者に対する比率がさほど大きく増加しないことが必要である。その比率の上昇によって労働者の負担が増加し続け、彼らの生活を大きく圧迫することになれば、年金制度の維持は困難となる。しかし、その場合でも労働者の所得向上が十分に大きければ、高齢者の労働者に対する比率がかなり上昇したとしても、年金制度は維持できるかも知れない。したがって年金制度が持続可能かどうかは、高齢者の労働者に対する比率と所得水準の、それぞれの上昇の度合いにかかっていると言える。しかし年金制度を持続可能なものとする要件は、二つながら確実に失われる。政府の年金改革案で給付水準が16%という小幅な低下にとどめられたのは、年金制度が所得のない高齢者に対して社会的生活を保障するものと位置付けられ、それ以上の切り下げは行いにくいという事情があった。しかしそれでは労働者の負担は大幅に増加することになり、国民の賛同は得にくくなる。政府の改革案において労働力率や経済成長率を高く設定したのはそのためであり、いわばつじつまあわせの結果であったと考えられる。

 
人口が減少し日本経済が縮小しても、「余暇時間」は確実に増加し続ける。技術進歩による労働生産性の上昇と、設備投資の縮小による労働分配率(付加価値のうち賃金に回す比率)の向上は余暇時間を増加させる。長寿化もまた余暇時間を増加させる。そこでは、「個人」を重視する考え方が強まる。余暇時間からどれだけの価値を引き出せるかは、個人の考え方次第であり、価値観が多様化する。日本社会は多様化のなかの豊かさという新たな豊かさを生む。