引き裂かれる世界 サミュエル・ハンチントン著 山本暎子訳
1993年の「フォーリン・アフェアーズ」誌に掲載された「文明の衝突?」という論文で最もありうる冷戦後の世界像を提示した。新しい世界における衝突の種は、イデオロギーでもなく、経済でもなく、人類をグループ分け、対立させる支配的な要因は文化的なものだろうとした。国家は国際問題の最有力の担い手であり続けるだろうが、世界政治における大きな対立は、異なった文明に属するグループや国の間で起こる文明の衝突が未来における戦線になると予言した。タイトルに疑問符「?」をつけているのは、文明の衝突は不可避ではないことを示したかった。
イスラム
イスラム世界には中核となる国がない。イスラム文明は、モロッコからインドネシアにまで広がっている。アフガニスタン人、ボスニア人、アラブ人、インドネシア人、イラン人、マレーシア人、パキスタン人、トルコ人、ウイグル人、ウズベク人など多様な土地に住むさまざな人々から成っている。イスラム世界で中核国になるには、経済資源、軍事力、組織力、そしてイスラムのアイデンティティを持ち、政教両面でリ−ダーシップをとることが条件になる。インドネシア、エジプト、イラン、パキスタン、サウジアラビア、トルコが候補と目されてきた。
イスラム人口は1980年には世界総人口の18%を占めていたが、2025年には25〜30%に達すると思われる。これから先何年も、イスラム人口のバランスは若年人口に偏るだろう。湾岸地域では、国民の60%が25歳以下である。人口が多くなれば資源も多く必要になる。そのため、人口急増中の過密な国では、いきおい近隣を侵攻したり、ほかの人口増加の少ない国に圧力をかけ続けたりすることになる。イスラムの人口増加は、イスラム世界の周縁部でイスラム教徒とほかの民族との紛争を起こす大きな要因になっている。イスラム教徒は西欧やほかの非イスラム国に移民しているが、受け入れ先で移民が政治的・社会的に問題化してもいる。明るい面を見れば、若年層が厚いということは、改革の扉を開けてイスラム社会を導く能力を持つ、次代のイスラム世界のリーダーがその中から出てくるということだろう。暗い面では、原理主義を信奉し、イスラムの名のもとにテロ行為に身を投じる兵士でいっぱいということにもなる。
グローバリゼーション
「9.11」は、グローバリゼーションの暗い部分を白日のもとにさらした。アルカイダは近代技術をグローバルに駆使し、多彩でグローバルな資金源からテロに必要な資金を調達した。グローバリゼーションと人間性がいっしょにに結びつくと、新たな危険性を創出する。人間性と結びついたグローバリゼーションは、ひとまとまりの「ボーダーレス」な社会の中に人々を互いに近く引き寄せるかわりに、人々が自分と他者の違いを峻別し、以前は国に管理されていた情報へのアクセスを可能にした。自国の貧困と後進性をアメリカと西欧のせいだとする多くの人々の憤懣と憎悪を燃え上がらせもした。
日本
日本の株式市場と景気は、デフレによって危険な状態で進行し、民間部門・公共部門の両部門で着実に増えている債務、経営破綻する銀行、そして株価低迷という具合に、悪くなっている。最大の恐れは、銀行が一行破綻して、連鎖的に他の銀行もばたばたと倒れ、世界的な金融危機を引きおこすことである。
日本で改革が行われた時代を歴史的に見てみると、直近のふたつは、「ペリーの黒船」と「第二次世界大戦」で、日本が大改革に踏み出す状況を作り出した。日本が必要とするものは、日本が改革に着手する前の外圧だと思われる。そうでもしなければ、日本の社会や文化の持つ性格から考えて、現状をそのまま保存してしまう。しかし、どんなショックなら今緊急に求められる改革の新しい波を起こせるのか、でき合いの解答はない。
日本は、経済に問題があるにもかかわらず、非常にうまく機能している社会を持ち、世界の問題に大きな影響力を行使できるポジションにある。しかし、日本はそれに見合った役割を引き受けたがらない。今日の日本は、もはや孤高の島国ではいられない。グローバル・コミュニティの欠くべからざる一員である。日本人はもっと外向きにならなければならない。それは、グローバル・コミュニティのどこかで起こることが日本の社会に影響を与え、ひいては日本人個人の命を左右するという現実を受け入れる必要があるということだ。
中国
2002年5月の中国瀋陽での事件は、日本の立場が中国に対していかに弱いものかを如実に表している。日本と中国の関係がどうなっていくのかは、アメリカが東アジアにとどまることをどう約束するのか、米中関係がどうなるのか、による。もしアメリカが東アジアから引き揚げるそぶりをみせれば、日本は間違いなく中国に流れるだろう。また、時おり安定を欠くアメリカと中国の関係の中で、日本は板ばさみになり、両方の大国の間でバランスをとるのに苦労するだろう。
中国は、アメリカの政策と相容れない多くの政策を推進している。兵器拡散の問題では、アメリカは真っ向から中国と対立している。中国は、通常兵器および非通常兵器をイスラム諸国へ移転する中心的役割を演じている。アメリカは中国に対して、大量破壊兵器とその製造ノウハウの移転をやめるよう外圧をかけてきた。しかし中国は、アメリカの申し入れを拒絶したままである。中国は、増大する経済力と外交力をバックに対外的に多方面に進出している。これは将来、アメリカと中国が激しい対立に向かうことを示唆していると言っていいだろう。
中国は核の能力と運用システムを持っているが、そのうちより精度を上げ、より破壊的になるだろう。相互に崩壊の恐れを抱くことが、米中核戦争に対する最も効果的な抑止力になるだろう。
中国が、東アジアを支配する力、かつ世界の一大勢力になることは間違いない。アメリカと日本に挑戦と危険をもたらしつつ、そのパワーと影響力はますます強くなっていくだろう。