グリーン経済最前線        井田徹治・末吉竹二郎著

 環境負荷が大きい20世紀型の経済を「ブラウン(茶色)の経済」と呼び、21世紀に目指すべき自然環境と調和した新たな経済を「グリーン(緑色)の経済」と呼ぶようになった。 グリーン経済は風力発電や太陽光発電といった再生可能エネルギーを基礎に、天然資源の消費量や温室効果ガスの排出量を可能なかぎり小さくする。 その中で、人間の幸福を増大させることを目指す。 UNEP(国連環境計画)は1972年の国連人間環境会議(ストックホルム会議)の決議によって設立された、地球環境問題に取り組む国連の中核機関である。 UNEPは、グリーン経済とは、「二酸化炭素の排出を減らし、エネルギーと天然資源の利用効率を高め、生態系サービスや生物多様性を損なわないような形での人々の収入や雇用を目指す経済」と定義している。

中国
 現在の中国経済のブラウン(茶色)ぶりを印象づけるのは、急増した温室効果ガスの排出量である。 2010年の中国の総発電量の73%は石炭火力発電によるもので、暖房などを含めると全エネルギー消費の70%弱が石炭起源である。 石炭利用に加えて、二酸化炭素排出源となるセメント生産量でも世界最大である中国は、文句なく世界最大の二酸化炭素排出国である。 中国のエネルギー消費は今後も増え続け、石炭の依存度も当分下がらない。 少なくとも2050年まで、場合によっては、今世紀末まで中国の二酸化炭素排出量は増え続けるというのがこれまでの大方の予測だった。 だが、近年の中国政府によるグリーン経済や低炭素社会への巨額の投資や経済成長率の下方修正、再生可能エネルギーの急速な拡大などを考慮すると、このような事態にならないかもしれない。 今後も経済のグリーン化政策が積極的に推進されると仮定したシナリオでは、中国のエネルギー消費量は2030年に現在の30%増のレベルで安定化する。 2030年以降、石炭火力発電の比率が大幅に減少する一方で再生可能エネルギーの開発が進むため、二酸化炭素の排出量は現在から2027年にかけて70億トンから97億トンまで増加するものの、これをピークに減少に転じ、2050年には73億トンまで減少するという。 2030年ピークアウト説は研究者のコンセンサスになりつつある。 中国の動向は必ずしも明確ではないが、世界最大ののグリーン経済関連市場が中国に生まれようとしていること、中国のグリーン経済に向けた変革の成否が、世界のグリーン経済に向けた歩みに大きな影響を与えることは明らかだ。

アメリカ
 アメリカ内でも経済のグリーン化に向けた動きは少しずつではあるが、始まっている。 レスター・ブラウン博士が2001年に設立したアース・ポリシー研究所によると2007〜2011年の間にアメリカのエネルギー使用起源の二酸化炭素の排出量が10%減少した。 レスター・ブラウン代表は四つの重要な変化を指摘する。
 その一つは、石炭離れの始まりだ。 発電のほぼ半分を石炭に依存するアメリカは、中国と並ぶ石炭大国だ。 国内には年齢が40年を超える古い石炭火力発電所が多数残っている。 これは大量の二酸化炭素を排出すると同時に、硫黄酸化物や水銀などの大気汚染物質の発生源となっていて、地域からは強い反対運動が起きている。 エネルギー省は2007年初め、151カ所の石炭火力発電所があるとしていた。 だが、その後一年間で建設許可が出なかったり、事業者が断念したりした発電所は少なくとも59カ所に上ることがわかった。 環境保護局(EPA)が古い発電所にも水銀や硫黄酸化物の最新の規制を適応することを決めたことや、環境保護団体のキャンペーンによって、492基ある石炭火力発電所のうち68基の閉鎖が決まっているという。 石炭火力発電所の急速な閉鎖によって、大量の石炭を輸送するためのトラックや列車の数も減り、石油の使用量の削減が進むという副次効果もあったという。
 第二の変化が、白熱電球の減少だ。 2012年7月以降、アメリカでは100ワットの白熱電球は売ることができなくなる。 2014年1月までには40ワット以上の白熱電球の販売もできなくなり、照明用の電球はほとんどアメリカの商店の棚から姿を消すことになる。 アメリカ国内ではすでに白熱電球からLEDや蛍光灯電球へのシフトが始まっており、今後数年間で、照明部門でのエネルギー消費は最大で80%減ることが期待されているという。
 第三の変化は、クルマ社会の変化だ。 この変化は最初急激なガソリン価格の高騰によってもたらされた。 それに拍車をかけたのが、オバマ政権下の環境保護局(EPA)による燃費基準の大幅な引き上げだ。 主な内容は、アメリカ国内で販売される新車の燃費基準を2012年から年5%ずつ向上させ、2016年までに1ガロン当たり35.5マイル(リッター当たりでは15.3キロ)に引き上げることなどである。 新規制では2025年の新車は2010年より2倍、燃費を向上させることが義務づけられている。 レスター・ブラウン代表は「不況の影響もあってアメリカの自動車販売台数は低迷し、売れる自動車のサイズは小さくなっている。 自動車を富の象徴と考えていたベビーブーマー世代が引退し、いまの若い人々は過去の人々のように自動車に愛着を感じていない。 小型のハイブリッド車などが急激に増える一方で、公共交通機関や自転車の数も増えており、これからアメリカの自動車起源の温室効果ガスの排出量は急激に減少することが期待される」と話している。
 第四の変化は、再生可能エネルギーの急拡大だ。 それは、2009年初め、オバマ大統領就任直後打ち出した経済政策「グリーン・ニューディール」から始まる。 オバマ大統領は21世紀をリードする国は、クリーンエネルギーのリーダー国だ。 アメリカはそのリーダーになると繰り返し、再生可能エネルギーを中心とする新たなエネルギー・環境対策を進める姿勢を表明。 2009年1月に公表した中期計画は「アメリカの新エネルギー」と題され、今後10年間で1500億ドルの政府予算をクリーンエネルギーに投入し、500万人のグリーン・ジョブを創出することを目指すとした。 2015年までに100万台のプラグイン・ハイブリッド車をアメリカで生産し、走らせる。 風力など再生可能エネルギーの比率を2012年まで10%、2025年までには25%に引き上げる。 キャップ・アンド・トレード(排出量取引)の導入によって、2050年までには温室効果ガスの排出量を80%減らす。 2009年2月、アメリカ史上最大規模の景気対策の法律「アメリカ再生・再投資法」には再生可能エネルギーとエネルギー効率改善のために672億ドル、省エネ・環境関連のインフラ整備に225億ドルの政府支出と減税を実施するすることが盛り込まれている。 このうち再生可能エネルギーとプラグイン・ハイブリッド車関連の3年間の減税額は217億ドルに上がり、これがアメリカ内の再生可能エネルギー開発の大きな原動力となった。 政府の支援策が今後も続き、民間投資を促す効果が続けば、アメリカの低炭素化に向けた動きが進み、アメリカが世界のグリーン経済への変革のリーダになる可能性は十分にある。

EU
 再生可能エネルギーとエネルギー効率の向上に積極的な投資を行い、雇用を拡大し、国際競争力を身につけようとの戦略は一貫している。 2010年2月、EU27カ国の首脳は、EUの今後10年間の新たな成長戦略「ヨーロッパ2020」を発表した。 この中で「20/20/20」という数値目標がある。 これは、2020年までに温室効果ガスの排出量を1990年比で20%削減すること、同年までに電力に占める再生エネルギーの比率を20%まで高めることを指している。 EUはこの戦略の中で、エネルギー利用効率の向上、運輸の近代化、再生可能エネルギーの利用拡大、低炭素経済へのシフトの加速によって、「経済成長と天然資源利用のデカップリング(切り離し)」を実現した「資源利用の効率のいいヨーロッパ」を目指すと明記している。 これまでは、経済成長と、天然資源の利用量、温室効果ガスの排出量などは一貫して同じペースで進んできた。 そのつながりを切ることが、デカップリングで、資源の使用量を減らして、経済成長を実現するという。
 厳しい経済状況にもかかわらず、ヨーロッパの再生可能エネルギー関連のビジネスは活況を呈している。 牽引役はドイツとスペイン、これをイギリスやフランスなどが追いかける形になっている。 2010年、EU全体の水力発電を含めた再生可能エネルギーの発電量は総発電量の19.8%に達し、前年の18.2%から着実に増加した。 オーストリアは60%、スウェーデンは55%、ポルトガルは50%と、総電力消費の半分以上を、大型水力発電を含めた再生可能エネルギーでまかなっている国もある。 再生可能エネルギー関連の雇用は91万人から111万人に増加、ビジネス規模も1200億ユーロから1270億ユーロ(約13兆円)に拡大し、厳しい不況が続く中、異例の成長分野になっている。

日本
 21世紀の国家や企業間の競争は、20世紀とはまったく異なるルールの下で行われようとしている。 これまでの「価格競争」から「エネルギーや資源の効率性」へと大きく転換する。 日本が国家戦略の構築に後れを取るならば、21世紀の「負け組」になってしまうであろう。 その兆しはすでに見え始めている。 その典型例が、太陽光パネルなど、再生可能エネルギー関連のビジネスだ。 2005年、日本は国内の太陽光発電の総発電容量、1年間に増設される発電設備の容量、そして太陽電池の生産量の三つの分野すべてで世界のトップの座を占めていた。 太陽電池の生産量では、世界のトップ五社のうち四社が日本の企業だった。
 だが、この時すでにドイツは再生可能エネルギーの拡大と温室効果ガス排出量の削減に国を挙げて取り組む姿勢を強めていて、再生可能エネルギーの電力を電力会社がすべて買い取ることを義務づける「全量買い取り制度(FIT:Feed−in Tariff)」の導入もなされていた。 一方、日本では、原発と石炭火力重視のエネルギー政策が続き、再生可能エネルギーへの国の支援はないに等しい状態だった。 太陽光発電の普及を牽引してきた住宅用太陽光発電設備への補助金も2005年を最後に廃止され、市場の縮小が目立っていた。 この年末、日本は太陽光発電の総発電容量でドイツに抜かれ、トップの座を譲り渡す。 いまでは、スペインにも抜かれ、世界第三位である。 風力発電に至っては、日本の状況はさらに悲惨である。 太陽光に比べても、国の支援策がさらに少なく、電力会社も風力発電開発や風力発電からの電力購入に消極的だからだ。 日本はこの20年ほど、経済のグリーン化を目指した国家戦略を取ることなく、原発と火力発電を重視するブラウン経済の延命を図るようなエネルギー政策に固執し続けた。 日本にとって何よりも必要なことは、低炭素・省資源のグリーン経済への構造転換の取り組みを加速させることである。二酸化炭素排出の大幅な削減、地域分散型の再生可能エネルギーシステムの拡大、森林の保護と適切な利用、乱獲が深刻な漁業の改革、低炭素な公共交通システムに支えられた新たな都市づくり、天然資源の投入量を可能な限り減らし、リサイクルを基礎とした生産システム、国内に大量に存在する古く、省エネ性能の悪い建築物の大幅な省エネ改修など。 いま、日本は分水嶺に立っている。 道を踏み誤れば深い谷底に落ち込み、再び世界に名を成すことはなくなるかもしれない。 しかし賢明な一歩を踏み出せば、21世紀の世界が必要とする持続可能な国家モデル創ることもできるのだ。