世界を不幸にしたグローバリズムの正体  ジョセフ・E・スティグリッツ著 鈴木主税訳

 自由貿易の障壁を取り払い、世界各国の経済をより緊密に統合するグローバリゼーションが、世界中の人びと、とりわけ貧しい人びとを豊かにする可能性が秘められていると確信している。民主主義や市民社会のグローバル化は人びとの考え方を変えたし、グローバルな政治運動は債務救済や地雷禁止条約につながった。また、グローバリゼーションのおかげで、世界の多くの人の寿命が延び、生活水準が大きく向上したのだ。経済のグローバリゼイションは、それに乗じて新たな輸出市場を探し、あるいは外国からの投資を歓迎した諸国に恩恵をもたらした。
 だが、数百万の人びとにとっては、グローバリゼーションは役に立っていない。職を失い、生活は不安定になって、多くの人の暮らし向きは実際に悪くなった。グローバリゼーションは、たいていの場合、多数を犠牲にして少数に、貧乏人を犠牲にして金持ちに恩恵をほどこすことだった。彼らは、自分たちにはどうすることもできない力に対して無力感をつのらせている。民主主義がゆらぎ、文化がむしばまれるのをただ眺めているしかなかったのだ。
 グローバリゼーションが今後もこれまでと同じやりかたで進められ、われわれが間違いから学ぼうとしなければ、グローバリゼーションは開発(社会を変容させ、貧しい人びとの生活を向上させ、すべての人に成功のチャンスが与えられ、医療や教育を受けられるようにすること)の促進に成功しないばかりでなく、貧困と不安定を生みだしつづけるだろう。改革がなされなければ、すでにはじまっている激しい反発は高まり、不満はさらに大きくなるだろう。これはわれわれすべてにとって悲劇であるし、とりわけ、そうでなければ利益を得ていたはずの何十億もの人にとって悲劇である。
 IMFとその他国際経済機関(世界銀行、WTO)の問題は、煎じつめればマネジメントの問題である。これらの機関を支配するのは世界有数の富裕な工業国であり、それらの国の商業的、金融的利害なのであって、その政策にはおのずと機関を支配する国の利害が反映される。また、誰が国を代表するのかということからも問題が生じる。IMFでは、蔵相と中央銀行総裁である。蔵相と中央銀行総裁はたいてい金融界と密接なつながりもっており、金融界の出身者が多い。必然的に金融界の目を通して世界を見る。どんな国際経済機関の決定も、その決定を下す人物の見方と利益を反映するのは、当然である。IMFとその他の国際経済機関の政策はたいていの場合、先進工業国のビジネス界や金融界の利益と密接に結びついている。
 今日、IMFと世界銀行が活動するところは、ほぼ例外なく発展途上国であるが、その機関を統括するのは、工業国の代表である。これらの機関を統括するのは、機関が奉仕する発展途上国の代表者ではないのだ。機関の決定に影響される多くの人びとは、ほとんど発言権のないまま取り残されている。グローバリゼーションのプロセスが適切に、公正に進められ、立案される政策に影響を受けるすべての国が、その政策にたいする発言権をもつならば、グローバリゼーションは新しいグローバル経済を生み出せるはずなのだ。そのとき、成長はもっと持続的なものとなり、しかも成長の恩恵はもっと公平に共有されるだろう。