現代中国グローバル化のなかで           興梠こうろ一郎著

 中国は、競争原理に基づく市場経済化とWTO加盟(2001年12月11日)による経済のグローバル化という二つの流れに直面している。市場経済化で、中国経済は驚異的な成長を遂げ、国民生活は、はるかに豊かになった。WTO加盟により、国内経済に国際基準が適用されるようになれば、それに適合した行政体制の確立が必要になってくる。政府がいかに「統制」する立場から「サービス提供」の立場へと機能転換できるかに注目が集まっている。

ゆらぐ秩序
 急速な市場経済化のもとで、あらゆるものが市場価値で置き換えられるなか、今の中国にとって最も重宝がられているのが「権力」だろう。政治は計画経済時代の権力集中体制を温存したまま、経済は急速に市場化するという矛盾がある。不完全な市場秩序のなかで、モノと金が激しく動き回る。そして、権力を借りて市場で優位を得ようとする者が群がり、権力を売りさばき、巨万の富を手に入れようとする者たちが巣食う。
 汚職が公然化してきているのも近年の特徴で、経済発展を口実に、合法的に汚職行為におよぶ。知能犯が増え、ハイテクを駆使する時もある。また、以前は金とモノ が目当てだったが、最近では権力や女など、複合型へと変化しているのも特徴である。
 中国では近年、暴力団の復活が注目を浴びており、すでに100万人の暴力団メンバーが存在する。共産党政権下で一掃されたはずの暴力団組織が、数十年もたって復活しつつあるのだろうか。それは、計画経済から市場経済へ移行する過程で、中国社会にさまざまな矛盾が生じていることにある。失業者が急増し、流動人口が大量に都市部に流れ込み、社会は揺れ動いている。社会保障制度の未整備も事態を悪化させている要因の1つである。彼らは、失業すると、同郷集団で犯罪におよぶ傾向がある。

人口問題
 中国の総人口は、2001年に12億6583万人である。2030年には15億人から16億人に達すると見られている。中国の農村の余剰労働力は1億5000万人に達するといわれている。都市と農村の格差、地域間格差が、大量の流動人口を発生させている。過度の人口増加は、雇用、エネルギー、住宅、社会保障、教育、環境問題などあらゆる問題を引き起こし、最終的には経済の持続的発展の足枷となる。近年、中国では、農村の都市化により、農村から都市への人口の流れを緩和しようとしている。農村が都市化すれば、第二次、第三次産業が生まれ、農村余剰労働力の行き先が確保できる。

高齢化
 中国政府が邪教として厳しく取り締まっている「法輪功」信者の6割が60歳以上の老人だという。この数字は、老人の置かれている境遇を反映しているともいえる。
 まず、老人は、一般的に収入が少ない。病気も多く、7割は働けないが、現行の医療保険制度は未整備で、医療面や老後の介護面で不安が多い。退職後、子供とも別居し、孤独で精神的な支えがない老人もいる。汚職などの風潮になじめず、宗教に浄土を求めようとする傾向もあるという。
 中国は経済発展が不十分で、社会保障制度が未整備のまま、高齢化が始まった。このまま高齢化が進んでいけば、中国は数々の構造的問題に直面する。まず、労働人口に対する退職者の割合が次第に増加し、現在は5人で1人を養うかたちになっているが、2031年には、2人で1人の面倒をみることになる。現在、毎年1000万人が定年退職しているが、この人口を養うためには持続的な経済成長が必要であり、ある推計では、2050年になっても4%の成長率が必要となる。それほど長い時間、成長が維持できるかどうか。

環境問題
 生態環境の悪化(水や空気の汚染、騒音、ゴミ、土壌浸食、砂漠化、砂塵)は、中国の経済発展にとって大きな制約要因となるだろう。輸出を増加させ、外貨を獲得し雇用を維持するには、工業化をストップさせるわけにはいかない。しかし、工業化は生態環境を悪化させ、その結果、工業化自体にも阻害要因として働くという悪循環をもたらす。膨大な人口と限られた資源という制約を抱えながら、工業化を推し進め、経済発展を促進し、その膨大な人口を養わなければならないのである。中国の環境問題は、中国のみならず、世界の問題でもある。
 レスター・R・ブラウン(1934年アメリカ生まれ。1974年に環境問題のシンクタンク、ワールドウォッチ研究所を設立し、毎年『地球白書』を出版している。)が論文『だれが中国を養うのか?』の中で中国の食糧不足を予言している。急速な工業化が続けば、耕地がつぶされ、穀物生産が減る一方、中国12億の人々は、その数を増やしていく。消費増大の傾向と、生産の減少を考えると、ものの数年のうちに大量の穀物不足が生じる。穀物不足は、必然的に輸入量への依存をもたらす。世界の穀物経済は売り手市場に変わり、不十分な穀物供給をめぐって輸入国が競い合い、世界の食料価格も上昇する。中国政府は、農業生産力の向上によってブラウンが警告するような事態にはならないと反論するが、環境問題が突きつける中国の現実が限りなく重いことに変わりがない。