アメリカは日本経済の復活 を知っている              浜田宏一著


 本書の大きなメッセージは、金融政策をうまく使えば、いま日本経済が苦しむデフレ、円高、不況、空洞化といった問題が解決できるのに、日本銀行が金融政 策を独占しており、にもかかわらず金融政策を使うのを拒んでいるということだ。20年もの間デフレに苦しむ日本の不況は、ほぼすべてが日銀の金融政策に由 来するものである。白川総裁は、アダム・スミスから数えても200年あまり、 経済学の泰斗たちが営々と築き上げてきた不変の法則を無視している。世界孤高の「日銀流理論」を振りかざし、円高を招き、マネーの動きを阻害し、株安をつ くり、失業や倒産を生み出している。年間三万人を超える自殺者も金融政策とまったく無関係ではない。「金融政策だけではデフレも円高もはばめない」これ が、経済学200年の歴史に背を向ける「日銀流理論」だ。

 1998年に新日銀法が施行されて以降、日本経済 は世界各国のなかでほとんど最悪といっていいマクロ経済のパフォーマンスを続けてきた。主な原因は、日本銀行金融政策が、過去の15年あまり、デフレや超 円高をもたらすような緊縮政策を続けてきたからだ。さすがに、近年の円高や不況に対する国民と政治からの批判に耐えきれなかったのだろう。加えて2012年1月25日にアメリカ 連邦準備制度理事会(FRB)が2パーセントのインフレ目標(インフレ・ゴール)を決断したこともあり、2012年2月14日、バレンタインデーに、日銀は1パーセント のインフレ・ゴール設定すると、日経株価指数は一時的にせよ一万円を上回った(1000円高)。円安も1ドル80円を超えて進んだ(円は4円安)。また、 2012年11月16日に衆議院が解散されると、自由民主党総裁の安倍晋三氏が2パーセントのインフレ目標を提唱し、デフレ脱却を訴えた。すると1ドル79円台 だった円はすぐに82円台に、日経平均株価も二週間で最大900円近く値上がりした。このことは金融政策の効果が、「期待」に大きく依存していることを示 している。 日銀自身が主張し、多くのエコノミストや学者たちが主張していた「金融政策は効かない」という見解が、明白に反証されたのである。日銀が何度、否定しよう とも、インフレ・ゴールと買いオペ(中央銀行が市場から有価証券を買い入れ、通貨を放出すること。市場にある通貨が増加するため金融を緩和し、金利を引き 下げる効果がある)に対する積極的な表明は、株価、為替レートに対して明白に効くのだ。そのことが、市場によって如実に示された。正しい理論に基づいた金 融政策は有効なのである。正しい理論に基づいた金融政策が行われば、日本経済は復活可能だという証拠でもある。アメリカは、いや世界は、日本経済が普遍の 法則に則って運営されさえすれば直ちに復活し、成長著しいアジア経済を取り込み、再び輝きを放つことを知っている。

 2008年秋のリーマン・ショック以降、国内の金融破綻に対抗するため、米英両国は国債以外の資産も大幅に買い上げる非伝統的な通貨政策を行って、通貨 供給を増加させた。そのため英ポンドや米ドルの供給が増え、相対的に品薄になった円が市場で高く評価されることになった。それが円高の基本的な要因であ る。円資産が相対的に品薄なために円高になっているのだから、円資産の供給を増やしてやればいい。デフレと円高を阻止するにはマネタリー・ベース(現金+ 金融機関の日銀当座預金残高)を増加させればいい。それが市中に回るお金の量を増やして円高を阻止し、デフレを和らげるだけでなく、将来のインフレ期待 にも 直接働きかけて、円高を防ぐことになる。これまで日本を、デフレ、円高、不況に導いてきた日銀も、2012年のバレンタインデーには少しだけ歩む方向を変 えたように思えた。だがやはり日銀は日銀であり、以前のまま「デフレの番人」(岩田規久男教授)であり続けたいのだろう。それが分かってしまうから、市場 がデフレ解消の期待を持つことができなくなった。結局のところ、日銀は本気で解消をしようとは思っていないのだ。日銀はインフレに対するトラウマが非常に 強い。日銀は、その創設当初からの目的を、「インフレとの闘い」と自己定義している。日銀は戦前、軍国主義路線に従って国債を際限なく引き受けた。そのた めに、終戦後の日本は深刻なハイパー・インフレに見舞われている。そのときの屈辱や敗北感が、日銀にとって長年のトラウマになっているのであろう。

 高度経済成長期の日本は、緩やかなインフレだったのである。果たして「インフレは嫌だから高度経済成長もいらなかった」といえる人はいるだろうか。現在 の日本の生活水準、豊富な対外資産は、高度成長がもたらしたものでもあるのだ。現在の日本は、高度成長期の半分のインフレも許容できないのだろうか。そう ではないだろう。敗戦直後の混乱期を除き、戦後の日本で国民が困るほどのインフレに襲われたのは、1973年から74年だけである。しかも、それは不意を 突かれるような石油危機によるもの。日銀のインフレ退治能力は抜群であり、第二次石油危機の際には、その抑止能力が完全に機能している。すると、いまの日 本に極度のインフレが起きる心配はないといってもいい。そういう前提があるからこそ、日本に緩やかなインフレ目標を導入すべきだと考えるのだ。そしてそれ は、消費税を導入するよりも絶対先に行われなければならない。消費税を増税するからには、金融緩和が絶対の条件になる。まずは名目所得を高めて税収の自然 増に期待し、その後に税率を上げる。まずは金融緩和が第一、消費税はそれでも税収が足りない場合にのみ、それも緩やかに行わなければならない。金融緩和を 行って、景気回復してから増税を行えば、円安が生じ、デフレ圧力も和らぐ。労働市場も好転することになる。株式市場も活況を呈するだろう。金融緩和によっ て全体のパイを増やし、国民が豊かになり、デフレと円高を解消する。そうなれば産業も潤い、同時に財政当局も税収回復の利益を受ける。