すべての経済はバブルに通じる       小幡績おばたせき

 証券化によりリスクは分散化され、除去され、さらに純化されてきた。その結果、サブプライムローン債権という、極めて信用度の低い債権は、トリプルAという信用度が最も高い格付けの債権に生まれ変わったのであった。サブプライム関連証券はトリプルAの格付けを持ち、米国国債とほぼ同じ程度の極めて低いリスクしかない、という評価がなされていた。だが、これがリスクが低く見なしすぎていることは、プロの投資家の目には明らかであった。それにもかかわらず、プロたちはサブプライム関連証券を買う理由があった。それは、プロにとって、目先、ライバルよりも高いリターンを上げることができるかどうか、ということが最優先だったからである。プロとは、他人のお金を預かって運用している、金融機関やファンドにおける運用者のことである。彼らは自分のお金を投資しているのではなく、顧客を説得して、他のファンドではなく自分のファンドにお金を預けてもらい、それを運用しているのだ。したがって、ライバルよりも高いリターンを上げて、顧客に継続的にお金を預けてもらうことがプロとして仕事を続けていく上で、最も重要なのである。お金をプロに預けている出資者たちは、ファンドの運用成績という結果だけでしか、そのプロを評価できないからである。出資者たちは、他の同じようなファンドと比べて、短期であっても、低いリターンしか出せないファンドからはお金を引き揚げ、より高いリターンを上げているファンドに資金を移すのである。したがって、リスクがあろうがなかろうが、表面利回りが高いものに手を出さざる得ない。そして、ライバルがそうすればするほど、自分も同じことしなければ負けてしまう。プロの運用者がライバルに負けないため、結果的に、お互いに非合理的なリスクを取ってしまっている。

 証券化という、資産の商品化というマーケティングに成功したことにより、サブプライム関連証券化商品の市場により多くの投資家が増え、需要が増大し、市場価格が上昇した。そうすると、最初に投資した投資家は、より高値で、次の投資家に売ることができるようになる。そして、この値上がりを見て、さらに投資家が流入してくる。この連鎖により、流動性は増大、価格は上昇した。需要増大と流動性リスク低下による価格上昇の連鎖、すなわちリスクテイクバブル(リスクを取ることに皆が殺到し、バブルになっている)の膨張なのである。

 バブル崩壊といった激しく市場が変動する場合における、株価を動かすものがファンダメンタルズと関係のない値動きをする。株価が乱高下する要因はセンチメント(市場ムード)だ。世界市場の株価の動きも、それを決定付けた米国市場の株価の動きも、全て市場のムードによって決まっていたのだ。このムードが乱高下するのに合わせて、世界の株式市場は乱高下したのである。このような状況では、市場の流れを作れるほどの影響力のある投資家は、仕掛けをしたくなる。すなわち、自分が大量に売買することによって、株価を大きく動かして流れを作れば、他の投資家たちがついてきて流れが加速するため、それを狙った売買を行うのである。この仕掛ける投資家以外の投資家は、皆、おびえながら取引をしているから、全体の流れに従うしかない。大幅に下落すれば、さらなる暴落におびえて投売りするし、急激に反転すれば、これに遅れてはいけないと買い戻す。これにより、乱高下の振幅はさらに加速する。このオーバーシュート(過剰反応)を利用して、最初に流れを仕掛けた投資家は大きく儲ける。自分が売れば、市場はさらに下がり、自分が買い戻せば、市場はそれ以上に大きく反転するから、必ず儲かるのである。

 サブプライムショックは、サブプライム関連証券への投資リスクが顕在化した事件である。しかし、その本質的な意味は、世界中のリスク資産への投資を引き揚げるタイミングであることを告げる号砲を鳴らしたことにある。すなわち、円キャリー取引の解消である。円キャリー取引とは、金利が極端に低い円で資金を調達し、それをオーストラリアドルやニュージーランドドルなど高金利通貨で運用したり、ドルやユーロに転換して、世界中の様々なリスク資産に投資したりする取引のことである。高金利通貨が、それらの国のインフレによって為替が下落するというリスクがあるにもかかわらず値上がりを続けてきたのは、円キャリー取引による継続的な資金流入があったからだと思われている。円キャリー取引は、高金利通貨だけではなく、世界中の株式市場、代表的な投資先である商品(原油などの鉱物資源、貴金属、非鉄金属、穀物など)市場の活況もたらしてきたといわれている。世界中のリスクマネーの一定の部分が、円キャリー取引によって供給されてきたと思われていたのだ。サブプライムショックにより、円の借入れを返済するために円を買い戻す動きが加速し、一気に円高になった。全てのリスク資産に対する引き揚げが、連想され、全てのリスク資産の価格は下落したのである。つまり、世界中の不動産、不動産関連証券、オーストラリアドルなどの高金利通貨などが下落しただけでなく、原油もこの瞬間は下落し、そして世界の株式市場も下落し、為替は当然大幅円高であるから、この円高がさらなる日本の株式市場の下落をもたらし、日本の株式市場はスパイラル的に下落した。