あしたの経済学 竹中平蔵著
日本人の実質的な生活水準は、100年前の30倍程度になっています。国土が狭く、特別の天然資源を持たない日本が、高い生活水準を実現したことは、日本国民の努力の結果です。いまもわれわれは、世界がうらやむような十分な力を持っています。 銀行の不良債権を含め、不良な資産を抱えている企業は日本には少なくありません。リスクをとってチャレンジしなければリターンはありません。しかし、不良な資産をたくさん持っていると、さらに新しいリスクをとることが非常に難しくなります。新しいことにチャレンジしていくには、まず最初に、不良な資産とその裏にある過剰な借入金を処分しなければなりません。これが何をするにも大前提になります。
不良債権を処理することによって生まれるのは、「リスクをとることができる健全な状況」です。景気がよくなるかどうかはまたその先の問題で、リスクをとって成果が上がるビジネスをしなければ景気はよくなりません。不良債権処理は、景気をよくするための必要条件ではあるけれども十分条件ではありません。
さらにもう一つ、金融部門が不良債権を抱えていると、それに対して企業や個人が不安感を抱いてしまい、それが心理面から、投資や消費を抑え込んでしまうという面もあります。
2004年度までに銀行の抱えている不良債権問題を終結させるため、2002年10月に「金融再生プログラム」を発表しました。銀行や金融システムの信頼を回復するために、貸し出しに対する不良債権の比率を現在の半分程度にするという目標を掲げました。現在の不良債権比率は8.1%ですが、これを2年半で4%程度にしようというものです。金融再生プログラムでは、主要行の不良債権処理を進めるための三つの原則を示しています。第一が、不良債権かどうかの査定(資産査定)を厳格にすること。第二は、自己資本を充実させること。そして第三は、コーポレート・ガバナンス、つまり銀行の経営をしっかりやってもらうことです。要するに、当たり前のこと当たり前にやりましょう、というのが金融再生プログラムなのです。
景気が悪いからといって安易に財政を拡大していくのは大きな危険が伴います。安易に財政を拡大すると、日本国債の市場が不安定になる可能性が拡大していきます。現在の日本は、こうしたリスクを背負いながら、ギリギリの狭い道を進まざるを得ないのが実情です。借金を積み重ねて支出すれば、とにかくいまの景気はよくなるかもしれません。しかし、その負担は将来の世代に行くわけですから、これは私たちが子どもの世代から借金をしているのと同じことになります。これが現役世代と将来世代の最大の問題です。