空き家問題 1000万戸の衝撃       牧野知弘著

 東京オリンピックが開かれる2020年、全国の空き家は1千万戸に達し、空き家率は15%に上るとされる。空き家となっている理由は「相続してそのまま」が44%、前に住んでいた家が住み替えなどでそのまま空き家になっているケースが24%で全体の3分の2が今まで個人宅として活用されていた住宅が、現在空き家になっている。

 「住宅用地の標準課税の特例」といって敷地面積のうち200平方メートルまでの部分を小規模住宅用地と定義し、課税標準を登録価格の6分の1とする調整措置があります。ところが、土地の上にあった家屋が消滅すると課税標準計算上は「住宅用地」とみなされず、ただの更地として課税されます。家屋を解体更地化した瞬間に固定資産税は6倍に跳ね上がることになる。このカラクリが空き家を解体せずに、そのまま放置している人が多いことの大きな理由になっている。

 現在国では資産に対する課税強化を打ち出しており、平成27年(2015年)より相続に係る税金の計算にあたって基礎控除額が5000万円+1000万円×法定相続人であったものが、3000万円+600万円×法定相続人数に変更されます。この改正によって、首都圏などで戸建て住宅を持つかなり多くの人々が相続税の納税対象になってきます。今までは多くの人はタダで相続できていた家屋に相続税がかかることになってくる。いきなり現実の問題となった時、不服を唱える人の数が激増することも考えられます。

 東京五輪開催の年、平成32年(2020年)に団塊の世代は71歳から73歳を迎えます。人間が歳を重ねると、体に何らかの具合の悪いところができて医者にかかる、あるいは介護施設などのお世話になる、その平均的な開始年齢を「健康寿命」と定義して全国の平均が72歳と言われています。東京五輪開催時には、団塊の世代の多くは「健康寿命超え」を果たし、何らかの調子の悪いところを抱かえるようになり、通院したり、介護施設などに入所している人が増えてくることになります。団塊の世代が現在の住まいを離れ、高齢者専用賃貸レジデンスや介護施設などに入居すると、彼らを診療し、収容できる施設整備はまにあうのか、そして残された家はどうするのかといった問題が発生する。その時には若年人口も減少し、買手、借手がいなくなっており、新たな空き家が大量発生する。

 日本創成会議が平成26年(2014年)5月、「2040年、日本では896の自治体が消滅する」と衝撃的な発表を行いました。この提言は国立社会保障・人口問題研究所の人口推移データを基本に地方から大都市圏への特に若年層の流出を予測し、結果として多くの自治体で人口が今までの予測以上に大幅に減少することを指摘したものです。日本の自治体は現在1800存在しますから、約半数が消滅するという、きわめて深刻な事態です。20〜30代の若い女性が地方から首都圏になどの大都市に移動することで、出産が可能な「ひと」が地方では今後大幅に減少し、その過程で人口の減少が顕著になるということです。発表では、2040年にこの若い女性の数が2010年と比べて半数以下になる自治体を「消滅可能性都市」と定義しています。一般的には自治体で人口が1万人を割り込むと財政が著しく苦しくなり、行政サービスに支障をきたすなどの影響が生じるとされています。今は夕張市だけの問題となっている「空き自治体」問題が今後全国に伝染していく恐れが、急速に高まっているのです。

 東京に出てきた若い女性は子供産まないのです。彼女たちが都会に出てくる最大の理由は、「子供を産む」ためではなく「働く」ためだからです。とりあえず結婚して子供を産むというよりも、働いて所得を得ることが選択肢の中心となります。またたとえ結婚して子供を産んだとしても、彼女たちは仕事を続けることが大前提ですから、子供はひとりが限界で、2人、3人と産んで育てるには社会インフラはあまりに未整備ですし、企業側の理解もまだまだ薄いのが現状です。

 自動車工業で一世を風靡して輝かしきアメリカ発展の象徴と言われたデトロイトは財政破綻して、貧困と犯罪の都市としてありがたくないレッテルが貼られてしまいました。同じ状況がこれからの日本の地方自治体で頻発することになるかもしれません。空き家どころでない「空き自治体」の大量発生です。このままでは自治体がひとつひとつ潰れていく構造にあるのです。

 これまでの日本は人口の増加や都市化、経済の成長に伴って、住宅やオフィス、商業施設を大量に供給することに多くの時間とお金を費やしてきました。また地方と都会を結び付ける手段として、新幹線をはじめとした鉄道、高速道路などの社会インフラを整備することで、国土の均衡ある発展を促してきました。これからの日本で起こる事象は、今までのような、日本国中にあまねく行きわたる行政サービスをはじめとした均等的な国土発展の看板を、下ろさなければならない危機的な状況にあります。

 「人がいなくなる」という予兆となっているのが、増加し続ける空き家の問題です。人の数が少なくても生きる道はたくさんあります。「数の論理」で戦えないのならば、「知恵の論理」で勝つしかありません。国土を再編して人を一定の場所に集める。日本人が今まで培ってきた事業のノウハウやソフトウェアを結集して外部に売る、価値観の変更です。空き家問題を引き起こしている時代的背景を読み解き、これから展開される新しい時代に対応していくことに日本人の知恵が問われている。日本が東京五輪を節目にかっての輝きをどんどん失っていくのか、考え方や価値観を変えて、国としての新しいモデルを構築して再び燦然と輝きだすのか、大切な時期にあります。