ソロスは警告する 超バブル崩壊=悪夢のシナリオ       ショージ・ソロス著 徳川家広訳

 現在の世界はドルを国際基軸通貨とした信用膨張の時代が終焉を迎えようとしている。この四半世紀以上にわたって成長してきた巨大なバブルすなわち「超バブル」が弾けようとしている。人々が誤った投資行動を続ける原因となったは信用膨張と市場原理主義である。サブプライム危機は、超バブルの崩壊のスイッチを入れた引き金でしかなかった。市場が均衡点に向かって収斂するという現行の「均衡理論」パラダイムは、現在の混乱の直接的な責任を負う。市場メカニズムの自己修復能力を過信して政府の規制を撤廃させたのは均衡理論なのである。「価格はランダムに動くが、やがては平均値に向かって回帰する」という考え方が、合成金融化商品などの、現在崩壊しつつある金融手法のもととなった。

 ソロスは、現在の危機を理解するために新しいパラダイムを提示している。それが「再帰性」の理論だ。思考と現実との間には双方向の繋がりがあり、その繋がりが同時に作用すると、参加者の思考には不確実性が、そして現実の出来事には不確定性が、それぞれ生じる。この両方向の繋がりを「再帰性」という。再帰的な状況の最も注目すべき特徴は、参加者の世界理解と、世界の現実的なありようが一致しないということだ。人間は、自分の生きる世界を理解しようとする。これを認知機能と呼ぶ。その一方で人間は世界に影響を与えようとし、自分にとって都合のよいように改造しようともする。これを操作機能と呼ぶ。認知機能と操作機能とが同時に作用している社会現象は、参加者の未来に対する意図や期待によっても構成されることになる。社会現象における参加者の、未来に対する意図や期待が、その社会現象の中で果たす役割は、参加者の思考と社会現象の双方向の繋がりを作り出すことになる。そして、その双方向性によって、社会現象の展開に不確実性なり偶発性が生じる。いっぽう、参加者の観察事項は知識として不完全なものになる。証券市場を例にすると、人々は将来の株価を予想して株の売買をするが、株価そのものは株を売り買いする人たちの予想によって決まる。予想は知識として不完全なものだ。完全な知識が得られない以上、参加者たちは主観的な判断なり偏見なりに頼ることで何らかの意思決定を行わなくてはならない。株価が人々の行動に影響を与え、人々の行動が株価に影響を与える。結果として、予想と現実はかけ離れたものになっていく。金融市場が常に正しいということはない。金融市場は常に間違っているのである。また、金融市場には、自己修正能力はあるが、時には再帰的な誤りやバイアスを現実に変えてしまう力もある。

 アメリカは、不況と急激なドル離れという二つの難問に直面している。現在、サブプライム住宅ローンの借り手は700万人ほど存在するが、そのうち約4割が今後2年で債務不履行に陥ると予測される。住宅価格はすでに10パーセント下落しており、来年にはもう20パーセントかそれ以上の下落を見せるだろう。アメリカの住宅価格の下落と家計の累積債務の巨額さに、国内銀行界の損失の見通しの不透明さが加わって、アメリカ経済は加速度的に衰退しそうである。最終的に、アメリカ政府は税金を投入して住宅価格を下支えしなくてはならなくなるだろう。担保割れした住宅からは持ち主が逃げ出し、金融機関が次々と破綻し、結果として不況もドル離れの動きも悪化する。世界的な景気後退がどの程度の世界不況へと悪化するかははっきりしていないが、先進国よりも発展途上諸国のほうが高い成長を示すであろうことは、ある程度確信を持って予測することが可能である。2008年のソロスのポジションはアメリカ株、ヨーロッパ株、アメリカ10年物国債、アメリカ・ドルは売り、中国、インド、湾岸諸国の株とドル以外の通貨は買いというように要約できる。