泉麻人の実家
泉麻人(本名:朝井泉)の『青春の東京地図』という本に実家の場所について次のような記述がある。
下落合、正確にいえば「下落合四丁目」の北西、現在、目白通り(新青梅街道)と新目白通りが交わる通称・西落合三丁目(当時・一丁目)交差点近くに僕の家はあった。 バス通り(目白通り)に面して、丸正スーパーがあり、その裏手が僕の実家・朝井家、である。
この記述をもとに泉麻人の育った朝井家を探しに行った。都営大江戸線の落合南長崎駅から新青梅街道を目白方面に進むと丸正スーパーがあり、丸正スーパーの脇の道を進むとすぐに泉麻人の実家の朝井家があった。私の家から1キロ余ぐらいの所である。この先にADSLで接続している落合電話局があり、パソコンで電話局との距離を調べた時に1.5キロだった。泉麻人は、この地で昭和31年(1956年)4月に生まれ、三十年来ここに住んでいた。現在は杉並の善福寺川公園近くの成田西のマンションに住んでいる。
泉麻人の名前の由来は、ペンネーム図鑑によると、ラジオ番組に出演する時に本名、朝井泉をひっくり返して作った、あさとい名前だ(←あざといの駄洒落)となっている。あざといは、「押しが強くて、やり方露骨である。」という意味がある。
新青梅街道沿いの丸正スーパー | 泉麻人の実家の朝井家 |
『青春の東京地図』の中に近所について、私の意識と共通するなつかしい記述があったので抜粋しました。
下落合の家の近くには、TV局の電波塔はなかったが、一キロ少し離れた中野の上高田の丘の上に、無線中継所の鉄塔群が望める。四機か五機だったと思うが、見晴らしのよい坂上や、小学校の屋上などに出ると、その銀色の鉄塔群が望める。
鉄塔群の隣あたりで火事があったことがあって、オレンジ色の炎と銀色の鉄塔のコントラストが、いまでも脳裏に焼きついている。恐ろしい夢のなかで、その”絵”はよく登場した。
上高田無線中継所、という正式名称は当時は知らず、隣接したところに「オエリエンタル」というメーカーの大きな写真工場があったので、僕らは鉄塔群のことを「オリエンタルの塔」と呼んでいた。
近くの通りに、「オリエンタル前」という、曖昧な名称のバス停もあったのだ。オリエンタル、という響きにも、どことなく謎めいたムードが漂っていた。
オリエンタルの写真工場と川(妙正寺川)をはさんで、哲学堂という大きな公園があった。
明治の仏教哲学者が創設した園で、樹木に取り囲まれるようにして、五重塔風の棟をはじめとして、いくつかの東洋建築の聖堂が設けられている。
深山の寺院に入りこんだような、なかなか趣のある園なのだが、僕ら子供たちのお目当ては、その入口に設けられた「お化け部屋」であった。金網に仕切られた窓を覗くと、薄暗がりのなかに、石造りの厳しい形相の仁王と気味の悪い婆さんの幽霊像が飾られている。
いや、この婆さんの方の幽霊像がホントにコワイ、のだ。お皿の上に、うらめしや〜、というおなじみのポーズをして、ヌゥッと浮かびあがるように立っている。いま見ても、ぞくっと寒気が走るような気がする。しかし哲学堂はどうしてあんな幽霊像を入口に設置したのであろうか・・・・・・。
その哲学堂の道向こうに、都の水道給水塔が建っている。お寺の釣り鐘を思わせる形状をした、灰色のコンクリートの建物で、昭和の初期に建設されたものだという。当時すでに年季が入って、コンクリートの灰色が所々黒ずんで、上階の窓にもヒビが走り、妖気漂う佇まいであった。
TVの「少年ジェット」のなかで、この給水塔を舞台にしてジェットとブラックデビルが闘う、という回があった。江戸川乱歩の少年冒険モノの舞台にはまさにうってつけの建物で、僕は「鉄塔王国」の映像を眺めながら、その給水塔の絵を重ね合わせた。上階のヒビ割れた窓を見上げながら、あのなかに少年探偵団の団員みたいな子供たちが、虜にされているのではないだろうか・・・・・・そんな想像をふくらませたものである。
灰色の給水塔も、哲学堂と隣接していたことから、それを「哲学堂」と混同していた時期があった。ぶ厚い灰色のコンクリ製の塔は、パッと見、重たい鉄で築かれているような印象もあって、そちらの方が、鉄の堂という語感には見合っていたのだ。
下落合のわが家の西方、哲学堂を取りまく給水塔、オリエンタル工場、無線塔の一帯は、魔がひそんでいる、胸がわくわくする領域であった。自転車に乗って、その方角に向かっていくとき、探偵団の小林少年の気分になった。
いま、オリエンタルの写真工場と無線塔群は取り壊されて、ない。灰色の給水塔だけが、周囲のマンション群に埋もれるように、いまだ健在である。
水道給水塔 |
給水塔は、泉麻人の好奇心の対象だったようだ。著作の対象によく取り上げられている。『散歩のススメ』のなかでは、「病院に置いてある消毒綿などを容れておく白いポット。あれを巨大にしたような形状をしている。」と表現されている。 |