深川の芭蕉庵跡

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 松尾芭蕉の足跡を調べに隅田川のほとりにあった芭蕉庵跡を訪ねた。

 松尾芭蕉は、正保元年(1644年)に伊賀上野で生まれ、元禄7年(1694年)に51歳で没しました。30歳前後で江戸に出てきて、最初は日本橋近くの小田原町に住んでいました。延宝8年(1680年)37歳のときに深川の草庵に引越してきています。この草庵は門人から贈られた芭蕉の株が生い茂ったことから「芭蕉庵」と呼ばれました。この、草庵を拠点に新しい俳諧活動を展開し、多くの名句や『おくのほそ道』などの紀行文を残しています。

 芭蕉は、時間や歳月は永遠に過ぎ去っていく旅のようなものだと考え、旅を常住の世界とした。旅のなかに俳諧を表現として完成させた。  

 芭蕉がなぜ深川へ隠遁したかにはいくつかの説があります。文学的な俳諧的な行き詰まり説、芭蕉の妾寿貞(じゅてい)と甥桃印(とういん)との不倫関係にまつわる身辺処理説、延宝8年8月10日の日本橋大火による類焼説があります。