戦後七十年における森垣秀介談話

中央執行委員長 森垣秀介
平成27年7月1日

大東亜聖戦は、いまだ終わらず
1、終戦は懺悔でなく復讐の日である。
七十回目の大東亜戦争終戦の日を迎え、まずもってわれわれは大戦に散華された二百五十万英霊に対し哀悼の念を抱くと共に心から感謝を申し上げるものであります。
しかしながら残念なことに、いまだに所謂「東京裁判史観」に呪縛された戦後わが国の歴代政権およびマスコミは、一貫してこの日を「懺悔の日」と位置づけ、世界に対し謝罪を繰り返していること実に嘆かわしいと言わざるを得ません。
これら売国奴は、これに先立つ三月十日の帝都大空襲(大虐殺)、八月六日の広島、九日の長崎原爆投下に対しても、被害者としての惨状を訴えることに終始するのみならず、その責任をあろうことか当時のわが国政府に擦り付けることに狂奔している。それこそ、空前絶後の大量破壊兵器を使用し、戦勝国面してふんぞり返る犯罪者の大罪を隠蔽する利敵・裏切り行為にほかならない。「すべての戦争の原因と責任はわが国にある」とする理不尽な十字架を背負わされた姿こそ、現今日本社会の腐敗混迷の要因であることを明確に認識せねばならない!
 まさに、英霊を冒涜、国史を全否定して、占領軍にひれ伏し走狗となってきた裏切り者が、七十年間為政者として君臨してきたこと自体、わが国の悲劇と言わざるを得ない!
  いま喧しく「戦争反対!」やら「集団的自衛権」など無意味な空理空論が世間を賑わしているが、大東亜戦争の「自尊自衛」「アジア解放」の意義を唾棄するばかりか、昭和二十一年六月の国会において、質問した時の野坂参三・共産党議長さえもが驚いた「正当防衛権さえ否定」する答弁を吐き、そして昭和二十七年日米安保条約締結により祖国をアメリカ軍政下に差し出した戦後最大の売国奴こそ、戦後保守本流と仰がれた吉田茂であることを認識せねばならない。「対米追従・国防軽視・経済偏重」を基本とする吉田ドクトリンこそが、実はわが国から自主も独立も奪った最大の国賊的策動であったことを明確に理解し、即刻これを唾棄せねばならない。
 この戦後のボタンの掛け間違いを正し、わが国を呪縛している敗戦国史観=贖罪意識を払拭し、「国史否定・国体破壊・国益放棄」に狂奔する内外の反日勢力に対する復讐を断固実施せねばならないのである。
 いまこそ、わが国の唯一の生き残る道であることを自覚する秋(とき)である。
 
2、村山談話について
 さて、安倍晋三首相が、今年戦後七十年の節目に、談話を発信するらしい。そもそも戦後五十年の節目に当時首相・村山富一が寝ぼけた談話を世間に発し、内外の反日勢力を欣喜雀躍させた責任は極めて重大である。
売国社会党に擦り寄り数合わせの連立を組んだ自民党も、結局は戦後デモクラシーという売国政策で同根であったことが明確に証明された訳である。
戦後レジームの脱却を謳う安倍首相が、どのように村山売国談話を破棄駆逐するかを期待する向きもあったようだが、畢竟、戦後デモクラシーを信奉する売国奴には所詮「村山談話を基本的に継承する」ことに陥らざるを得ないことは明確であろう。
故に、この安倍首相に代わり、ここに村山売国談話の理不尽さを明確に否定唾棄せねばならない。
第一に、「平和で豊かな日本となった今日、私たちはややもすればこの平和の尊さ、有難さを忘れがちになります。」との文言自体、平和を構築する為の血の滲むような努力を忘れていることを如実に白状しているではないか。
「憲法九条」をまるで「国際赤十字」と履き違えている無邪気性、念仏唱えてさえいれば平和維持できるとする呪術師のごとく幻想こそ、自らの生命さえ差し出しても平和を維持構築するという努力を放擲しているといっても過言ではないのである。
第二に、平和を「私たちは過去のあやまちを二度と繰り返すことのないよう、戦争の悲惨さを若い世代に語り伝えていかなければなりません。」の文言に至っては、まさに他人事的な「語り部」で一人悦に入っているといっても過言ではない。このような極楽トンボ的態度こそ、隙在らば侵略せんとする外国勢力の濁流を防ぐ気概と実力があるとは到底思えない!
「伝えていくだけでは何の予防にもならないことは、地震の悲惨さを伝えるだけで、あとは他人が考えてくれとする無責任極まりない放言に過ぎないと云わねばならない。
そして第三に、「わが国は、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。・・ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。」とは、まさに戦勝国史観に基づく典型的な利敵行為に他ならず、実に党利党略・私利私欲の身勝手な裏切り言質に対し、断じて許すわけにはいかないのである。
村山の変節振りは、政権の椅子に座るや否や、それまでの党是を翻し「日米安保容認」し、挙句は野党に下ったとたんに再び反対を唱えることでも明確であるではないか。村山富一・河野洋平の売国奴がおこなった利敵行為は、まさに国家反逆罪で厳罰に処すべき蛮行であることは言を待たず、引退間近とはいえ、きっちりとその責任を取らせねばなるまい。

3、自主独立国家建設と世界平和
戦後世界は、いまだに戦勝国・敗戦国の明確な色分けによって構築されている。第二次世界大戦時、枢軸国と対峙した連合国(UNITED NATIONS)がそのまま世界の支配機構として存在し続けていること自体、戦勝国による戦勝国の為の世界であることを如実に物語っている。逆から見れば、戦後世界は、日独の犠牲の上に立脚しているのである。
 このような理不尽な差別は核兵器・経済・社会など多岐に渡っており、ゆえに、わが国自身の生存さえ自分自身で決定できない嘆かわしい惨状に陥っている。その典型のひとつが経済で見られる。
すなわち、わが国の経済システムは、朝鮮動乱当初から他国へ製品を輸出する所謂プランテーション経済と化し、自国民の生活必需品・食糧は自給できぬ不条理に陥っている。虚構の「経済大国」は実態は、自主独立を完全に阻害した植民地経営に他ならないことを厳粛に見極め、早急にシステム改革をせねばならない。
 あまつさえ国防・司法・経済・教育すべてにわたり、戦勝国の内政干渉を唯々諾々と許す売国奴が横行する祖国に、もはや明日はないと言わねばならぬ。
 故に、速やかに、自主独立を損なうあらゆる素因を排除駆逐すべく、ポツダム議会屋・マスコミに代表される戦後デモクラシー信奉者を打倒しなければならない。

4、われわれは大東亜戦争の意義を正しく伝承せねばならない!
また、歴史認識を踏まえて論議するのであれば、大東亜戦争は日米が「肩がぶつかったから」戦争したのではないことを理解せねばならない。戦争は衝動的に後先考えずに行えるものでは断じてないのであり、故になぜ「アジアの地で欧米白人と戦ったのか?」「何ゆえ圧倒的に国力で差がある大国と戦ったのか?」という答えを「当時の軍事指導者の無能によるもの」というまったく破廉恥極まりない答えで納得してしまう馬鹿評論家があまりにも多い!
アメリカはわが国が日露戦争でロシア帝国に勝利した瞬間、支那侵略の障害として日本を位置付けた!ゆえに第一次対日侵略「オレンジ」計画を発動したではないか!先述した如く日清日露・第一次世界大戦の戦勝国として日の出の勢いの東洋最強の軍事大国日本の存在こそ、白人アングロサクソンの最大の敵であり、さらには白人コンプレックスを払拭した偉大日本こそ有色人種にとって英雄と仰がれる存在となったのだ!
このような見地から、もはや大東亜戦争は西暦一九〇五年日露戦勝直後、アメリカによってその幕は切って落とされたといっても過言ではないのだ。
事実上の戦争行為=日本弱体化政策は、矢継ぎ早にアメリカ側から攻勢をかけてきていることをはっきりと認識せねばならない!
 即ち、外からは西暦一九二一年ワシントン会議四国協定で日英同盟廃棄=日本の孤立化、同二二年ワシントン軍縮会議、同三〇年ロンドン軍縮会議で日本海軍の大幅弱体化、内からは大正デモクラシー梅毒による退廃思想の蔓延、「憲政の常道」の幻想による政党間スキャンダル合戦=内政停滞、共産主義思想の黙認、国際協調による金融破綻・経済恐慌の招来により、わが国は内外に亙って強力な国家基盤を相次いで消失してきた。これにより白人が最も恐れた「武勇国家」日本はその戦争遂行能力を著しく貶められたのであった!
 このように、英米の東亜への侵略策動は、自らの軍事力・軍需生産力を向上させる準備と、ターゲットである日本の軍事力削減と戦闘意欲の減退をもたらすことに成功したのであった!
 追い詰められたわが国が白人英米の策動に気づいたのはまさに昭和七年の五・一五事件以降であったのであり、腐敗堕落した政党政治に取って代わり国民の強い支持のもとに軍部が登場せざるを得なかったことは当時の朝日新聞・東京日日新聞の文面からも十分読み取れるのである。
 要点を絞ろう。
かくの如き戦争は、軍事的側面は最後の結論部分に過ぎず、殆どの戦争部分は非軍事的側面からの工作策動にあることをしっかりと認識せねばならない!
 大東亜戦争はその意味から、用意周到に戦争準備を着々と進めた英米の思惑通りに昭和十六年十二月八日を迎えることとなった。英米における最大の誤算は、凄まじい日本人の強さであった!その軍事的力量、精神的統率、高度な頭脳等々に驚愕し、その圧倒的優秀性は英米にとっては絶対に許すことができない要素に映ったのだ。
 故に、恐怖心から徹底した破壊、去勢が行われた!
諸君!戦後わが国に行われてきた理不尽な奴隷化政策、弱体化政策の背景にはこのような英米白人の日本人に対する畏怖と羨望があることをしっかりと認識せねばならない!
 白人帝国主義の世界征服にとって偉大日本の存在は認められないのだ!
 故にわが国の「自存自衛」と白人帝国主義とはまったく相容れぬ世界観にほかならない!わが国が真の独立主権国家として確立し、世界に向けて共存共栄世界秩序を謳うことは、白人優越主義を打倒粉砕することを意味するからである!
醜い白人帝国主義者の軍門の下り、永久の敗戦国家、永久の奴隷状態で卑劣にも満足することは、もはや偉大日本の世界史的使命を放棄した裏切り者であり、このような生き恥をさらしながら一体どうして英霊父祖に顔向けができようか?断じてできるはずがないではないか!
 七十年目の終戦の日を迎え、いまだ達成されていない「自存自衛」「アジア解放」の大東亜戦争の継戦を強烈に意識し、日本はいかなる外国勢力の風下に立つを潔しとしない!という崇高な理念と使命をいま改めて強烈に自覚せねばならないときである!
 ゆえに、散華された英霊父祖の偉業を感謝伝承し、いまだ達成されぬ「自存自衛」「アジア解放」の大使命を貫徹すべく、すみやかに核武装再軍備の強力国防国家を建設し、七十年間の敗戦状態払拭し、新たな大東亜聖戦に断固勝利へ国家国民を導かねばならない!
 ゆえに、談話の結論は次の三点に凝縮されるのである。

一、五百年白人帝国主義を打倒せよ!
一、対日弱体化政策=戦後デモクラシーを粉砕せよ!
一、「近代・西洋・キリスト教」白人優越文明を駆逐し人類共栄の新文明を建設せよ!