かたつむり
 
 「うーん、いいかげんうんざりだな・・・。」
「?」
言葉だけではなく、声や表情等あらゆる要素が不満を露わにしている諭のつぶやきに、ゆかりが不思議そうに小首を傾げる。
「どうかなされましたか?」
どうやら意識して声に出した訳ではなかったらしく、ゆかりの問いかけに我に返った諭はうろたえたような素振りを見せつつも返事を返した。
「え?ああ、ここ最近ずっと雨が降ってばかりだからちょっとね。梅雨だから仕方ないんだろうけど、こう毎日続くとさすがに嫌になってくるよ。」
「そうですねえ。」
ゆかりの同意とも単なる相槌とも取れる微妙なリアクションでその件に関してはお開きとなり、二人はしとしとと降り続く雨の中傘を並べて、時折他愛もない話題で言葉を交わしながら歩き続けた。
「あ・・・」
何かに注意をひかれたらしく立ち止まったゆかりはしばらくそのまま道端の一点を見つめていたが、やがてそちらに向かってゆっくりと歩を進め始めた。
「ああ、あじさいかあ。」
少々遅れる形で目的の場所にたどり着いた諭の前に、あじさいが二、三株ひっそりと佇んでいた。それは民家の庭先で、自らがもっとも生き生きとする時期を謳歌して(しかしあくまで控えめに)自己主張しているかのようだった。
「やはりあじさいはいまがいちばんきれいですねえ。」
ゆかりはそう言ってしばらくあじさいの花にみとれていたが、やがて満足したらしく諭の方に向き直った。
「では、そろそろまいりましょうか。」
その場を離れてそこそこ進んだところで、再びゆかりの目を引く物が登場した。道路脇を一匹のかたつむりがゆっくり這い進んでいる。
「・・・おひっこしでしょうか?」
「うーん、まあ家背負ってるんだからいつでもそうだと言えないことも。」
「それもそうですねえ。」
二人は居心地のいい場所を求めて歩き続けるかたつむりを見送っていたが、やがてその場を離れて再び家路についた。
「おきにいりのばしょがみつかると、いいですねえ。」

数日後、相変わらずといった感じでそぼ降る雨の中、二人は例のあじさいの前を通り過ぎた・・・はずだったが、諭が気付いた時隣にゆかりの姿は無かった。今来た方向を振り返るとゆかりはあじさいの前で佇んでいる。
「古式さん、何か良いものでも見つかった?」
ゆかりの行動パターンに関する知識もかなり身に付いた諭はそう声を掛けながら近寄っていった。
「はい、とっても。」
笑顔でそう答えるゆかりに促されるようにあじさいに目を向けた諭は、すぐに状況を理解した。
「ははあ、なるほどねえ。」
「いいところがみつかってとてもよろこんでいるみたいです。よかったですねえ。」
あじさいの枝に乗っかったかたつむりは、居心地の良い場所を見つけられて一安心といった様子で機嫌良さそうに角を軽く揺らしていた。当分次の引っ越しは必要ないだろう。

あとがき
 本来は去年これを出す予定でしたが、残念ながら間に合いませんでした。正直言って中途半端な仕上がりですが、二年続けて何も無しの方がずっと情けない話なので、やむを得ずこのまま出す事にしました。