新作発表会

「すごい人出だな。まるで伊集院の所のクリスマスバーティーみたいだ。」
広いホールを埋め尽くさんばかりの人混みの中で周囲を見回しながら陣館諭は率直な感想を口にしていた。今日が古式ゆかりの誕生日でこのイベントがゆかりの父親の主催だと言うと、まるでこれがゆかりの誕生パーティーのように思えるが、実際にはそういう訳ではない。まずイベントがあって、日時を決定する段になってたまたま対象期間内にゆかりの誕生日があったためその日になったというのが事のなりゆきだが、諭の関心はそういった事情よりもイベントの目玉というべき存在にあった。事前にゆかりから多少の情報は得たものの、具体的な内容に関してはまだはっきりとは分かっていない。しかしその悩みに応えるかのように、メインイベントの開始を告げるアナウンスが始まった。それに続いて壇上にゆかりの父親が姿を現す。
「本日はお忙しい中、多数の方にご来場いただき、関係者一同大変感謝しております。この度当社はアミューズメント施設の運営に乗り出すことに相成りましたが、その中心的存在として当社が総力を挙げて開発した最新鋭体感ゲームを、本日一足早く皆様に楽しんでいただく事になりました。」
ゆかりの話ではそのゲームというのが元々は特殊部隊の訓練用シミュレーターとして開発されたもので、「それはそれはすごいもの」らしい。そして今日は単にそれをプレイするのではなく、ある趣向が盛り込まれているらしい。
「皆様には四人一組でチームを組んでハイスコアを競って頂きます。上位入賞された方の為に当方でささやかながらお祝いの品を準備致しております。なおお一人でもゲームオーバーとなりましたらチーム全体がその時点で失格となりますのでご注意下さい。」
その他詳しいことはゲーム開始時にレクチャーがあると言うことで、全員係員の誘導で大会会場に移動した。そこでまず参加者は両方の手首と足首、そして胴体にベルトを装着し、フルフェイスのヘルメットのような物をかぶった。初めの内は真っ暗闇なのでとまどうものの、間もなく視界が開ける事によって内部が全周モニターになっていると分かる。その後係員が球形のフレーム内に体を固定して、いよいよ準備が整った。
 「まずキャラクタータイプの選択か。色々あるんだな。とりあえず無難に前衛タイプにしておくか。お、外見は基本的に本人そのままか。色々いじれるみたいだけどまあ服装を替える程度にしておいて、と。」
キャラメイクを終了した諭は「ゲーム開始」を選択してしばらく待った。各端末から送信されたキャラデータを元にホストがバランスを考慮してチーム編成してゲームが始まるらしい。やがて画面が切り替わり、諭はスタート地点に立っていた。すぐに他のメンバーも姿を現すが、意外にも見知った顔ばかりだった。防御力より動きやすさを重視したらしく軽装の詩織がもう一人の前衛で、巨大な帽子とゴーグルそれに出来損ないの礼服を思わせる衣服がなにやら場違いな印象を醸し出している好雄は技能支援タイプのキャラを選択したらしい。そして最後の一人は・・・
「では、そろそろまいりましょう。」
迷彩服に身を固め、射撃戦タイプの証である銃を構えたゆかりは心なしか普段より精悍な雰囲気を漂わせていた。
 「ぐわあ、またやられたああ!」
「おいおい、そのキャラは戦闘向きじゃないって言ってるだろ。」
「すまん、逃げたつもりだったんだけどそっちにも敵が。」
力無く地面に横たわって事情を説明していた好雄がよろよろと立ち上がる頃にその地域の戦闘は終了していた。
「あーあ、ライフストック0だ。次死んだらゲームオーバーだよ。」
このゲームではキャラクターが死亡しても即ゲームオーバーではなく、一定回数復活可能で、更に復活可能な回数を他キャラに譲る事もできる。好雄は既に自分の分は使い切って何回か「支援」も受けていた。
「仕方ないな。残った回数全部そっちに振り分けるから、なんとかなるだろ。」
「次で終わりみたいだしね。」
そう言った詩織の示す先には露骨に怪しい転送施設があった。
「いよいよか。みんな準備はいいか?」
返事を待たずに施設に踏み込む諭。続いて残りのメンバーもゲートをくぐる。
「たのしそうですねえ。」
最後に入ったゆかりの声を残して四人の姿はその場から消え去った。
 転送先には最終戦にふさわしい巨大なボスキャラが待ちかまえていた。接近戦主体の諭と詩織は戦闘開始と同時にボスに向かって駆けだし、ゆかりはその場で銃を連射する。好雄が敵に向かってかざした手から飛び出した火球が次々と尾を引いて飛んでいく。
「好雄、効いてないぞ。別のに・・・」
諭の言葉を遮るようにボスの口から炎が吹き出し、一瞬で黒こげになった好雄が倒れ込む。その後もボスは空を飛び、地面に潜り、その度に好雄の死に様のバリエーションは増えていった。
「もう駄目だ、次死んだら終わるー!」
「その前にボスを倒せばいいの。いくわよ!」
泣き言を言う好雄に詩織の叱咤が飛ぶ。
「そうですねえ。もうそろそろおわるとおもいますよ。」
のんびりとした口調でそう言いながら銃弾を叩き込んでいたゆかりの言葉を裏付けるようにボスがのけぞって断末魔の叫びを上げる。
「お、終わったか。ふー、長かったなあ。」
諭は攻撃の手を休めて一息ついた。
「あー、あぶな・・・」
「え」
すっかり気が抜けていた諭に、倒れてくるボスの巨体を避ける余裕はなかった。
 
 「勝ったのに・・・せっかく勝ったのに・・・」
ゲームオーバーのショックから立ち直れずにうつろな視線を漂わせながらつぶやき続ける諭を詩織も好雄もすっかり持て余していた。
「再起不能か・・・もう直らんかもな。」
「さすがに手のつけようがないわ。」
そんなどんよりした空気を気にする気配もなく近付いて来たゆかりはいつもの調子でにこにこしながら声をかけた。
「おつかれさま。きょうはたのしかったですね。」
その言葉に三人はぴくっ、と体を震わせ、詩織と好雄は諭に、諭はゆかりに視線を向けた。
「でも、ゲームオーバーだった。勝ってたのに・・・」
「そうですねえ・・・」
諭の反論に少し考え込んだ後ゆかりは口を開いた。
「あれはあれでいいのではないでしょうか。つぎはうまくやればいいとおもいますよ。」
「そうかな・・・」
納得できない諭にゆかりは笑顔で話し続ける。
「あまりかんたんにできてしまってはつまらないものです。なんでもそういうところはあるのではないでしょうか。」
「うーん・・・そういうのはあるかも。」
次第に空気のよどみが消えるのを感じてほっとする詩織達。
「じゃあ、今度再挑戦しようか。」
「いいね、その話乗った。」
なんとか場を盛り上げる方向で進めようとする詩織と好雄。
「まあいいけど・・・」
諭の意味ありげな割り込みに約二名が緊張を露わにする。
「とりあえず好雄は死ぬ回数減らすこと。」
「なんだ、そんな事か。楽勝だ。次の俺はひと味違うぜ!」
いかにも自信ありげな好雄に視線を向けていた諭がゆっくり言い聞かせるように念を押す。
「一回や二回減らしてOKってのは認めないぞ。」
「う・・・それはちょっと・・・」
思わず言葉を濁す好雄に笑いをこらえきれない一同。ある意味最もゲームを楽しんだのはこのチームかもしれなかった。

 後書き 某オンラインRPGの進化型を考えるとこんな感じになるのではないでしょうか。本編では触れていませんが、ベルトにモーショントレース機能があってキャラを動かし、ダメージを受けたときは振動機能で雰囲気を出すという設定です。