オルゴールの秘密

 古式ゆかりの誕生日まであと一日というところまで来たにもかかわらず、未だに陣館諭はプレゼントを何にするか決められないでいた。
「ああもうどうするかなあ。絶対今日中に決めなきゃいけないけど、いいネタが思いつかないや。」
等とつぶやきながら町をさまよい歩く諭。その間にも時間は過ぎ、日も随分傾いてきた。いよいよ追いつめられて救いを求めるかのように辺りを見回す諭の視線がふと一軒の店の上で止まった。
「アンティークショップか。何か掘り出し物でも見つかるかも・・・よし!」
このまま当てもなくうろつき回っているよりはましだろうと判断した諭は店に足を踏み入れた。こぢんまりした店内には一見がらくたにしか見えないものからいかにも由緒ある名品らしきものまで様々な品が並べられていた。諭は誕生日のプレゼントに良さそうなものを探して回る。がらくたは論外として、学校で渡すつもりなのであまりかさばるものも除外する。そして諭は条件に合いそうな品の前で足を止めた。それは装飾の付いた小箱で、ふたを開けると中の容積は外見の割に少な目で、伸縮可能な突起が突き出ていた。一端ふたを閉め持ち上げると予想通り箱の裏に付いていたネジを軽く巻き、元の状態に戻し再びふたを開ける。恐らく久々に奏でられるオルゴールは聴く者に安らぎを与える澄んだ調べを店内に響かせた。
「よし、これがいい。問題は手が届くかどうかだな。」
諭はおそるおそる身動きしなければ売り物の一つと間違えそうな店主に小箱の値段を尋ねてみた。しばらく値踏みするような視線を諭に向けていた店主は諭にとってかなりきついが何とか出せなくもない金額をぼそりと告げた。諭の物欲しげな様子から足元を見て吹っ掛けたと取れなくもなかったが、むしろ実際はもっと値が張るものを諭に払えるぎりぎりまでまけてくれたと見た方がより事実に即しているようだった。多分いつまでも店先に並べて置くより売れるときにさっさと売ってしまった方がいいと言うことだろうと自分なりに納得した諭は小箱を購入することにした。その旨を告げると店主は無言でどこからともなく引っぱり出した包装紙に箱を包むとリボンを掛け、諭に押しつけてきた。とりあえず代金を払った後、不思議に思った諭は何も言っていないのにプレゼント用の包装をした理由を尋ねてみた。
「当たり前だろ。こんな代物手前の為に買う奴なんざそうそういねえからな。」
「ああ、なるほど」
至極単純な理由に納得した諭は小さな希望を片手に家路についた。
「なかなか良いものが見つかったぞ。古式さん、喜んでくれるかなあ。」

 そして6月13日の朝、一刻も早くゆかりの反応を知りたい諭は登校中にプレゼントを渡すことにした。
「ええと、この時間ならだいたいこの辺に・・・あ、いたいた。おーい、古式さーん。」
気負いと興奮で両腕をぐるぐる振り回しながらゆかりに駆け寄る諭。並の人間ならこんな事をされたら思わず引いてしまいそうなものだが、声をかけられて振り返ったゆかりはにこにこしながら諭が目の前に来るのを待っていた。
「あら、つらだてさん、うれしそうですねえ。なにかよいことでもあったのですか?」
「ん、まあね。そんなことよりはい、これ。」
本当は気の利いたせりふの一つも添えたかったところだが、いざゆかりを前にするとそれどころではなくなった諭はゆかりの問いかけに曖昧な答えを返しながら包みを差し出した。
「はあ。これは・・・なんでしょう?」
とりあえず包みを受け取ったものの今日が自分の誕生日である事に気付いていないゆかりは「これは一体どういう意味を持って渡されたものか」という意味で質問をした。しかしそんな事情を知らない諭はゆかりの意図を言葉通りに受け取った。
「じゃあ開けてみてよ。」
「そうですか?それでは・・・」
言われるままに包みを解くゆかり。中から現れた小箱を見たゆかりが息をのむのが諭にもはっきり分かった。
(えっ?)
ゆかりの反応は諭にとって全く予想外だった。物事に動じないことでは右に出る者の居ないあのゆかりが明らかに動揺している。
(な、何だ、一体?まさか古式さん、こういうの嫌いなのか?)
こういう場合ありがちな悪い方に偏った想像にとらわれた諭が見守る中ゆかりは恐る恐る伸ばした手でゆっくりとふたを開けた。小箱から流れ出すオルゴールの音色にびくっ、と体を震わせ慌ててふたを閉じたゆかりは人並みの早さで(つまりゆかりにとっては非常な早口で)話しながら小箱を返してきた。
「あの、もうしわけございませんがまだこのようなものをいただくわけにはまいりません。どうかおひきとりください。」
「え、ど、どうして・・・?」
「それでは、これでしつれいいたします。」
何故か顔を真っ赤にしたゆかりは一礼すると逃げるように去っていった。開きかけの包みを手にして取り残された諭は呆然としてその場に立ちつくした。

 「おい、諭、一体どうしちまったんだよ?」
教室の隅で膝を抱えてうずくまった諭は心配そうな早乙女好雄の問いかけにも反応を示さず、焦点の定まらない瞳が何も見てはいないのは明らかだった。好雄がいい加減さじを投げかけた時、状況に変化をもたらしそうな人物が現れた。
「おーい、陣館ぇ、いるかぁ?」
そう言いながら教室の中をのぞき込んだ渡雲丞は部屋の隅の二人組に気付くと
「あららら、再起不能みたいだね。」
とつぶやきながらそちらへ近付いて行き、好雄に話しかける。
「どうだい、様子は?」
「見ての通りだ、かなり重傷だな。」
そう答えた好雄は困り果てた表情で聞き返す。
「こんなに落ち込むなんて、一体何があったんだ?」
渡雲はこの場で答えるかどうか一瞬考えて結局
「さあ、俺もよくわからん。」
と口で言いながらついて来るように合図して静かにその場を離れた。十分距離をとって諭はもちろん他の誰かに聞かれないように声を潜める。
「実は諭の奴、古式さんに振られたらしい。」
しばらく沈黙が続いた後好雄の反応が返ってきた。
「あの古式さんがか?何かの間違いだろ。」
「俺もそう思ったんだがあれを見るとどうもな。」
そう言ってちらりと諭に視線を向けた後渡雲は話を続けた。
「今朝何が起こったか、事実を簡潔に述べるとこうだ。諭が古式さんに何か包みを渡した。古式さんは中身を一目見た途端に顔を真っ赤にして怒りだし、諭に包みを突っ返して早口で何かまくし立てるとその場を立ち去った。」
「・・・その情報は確かなのか?」
「ああ。複数の目撃証言のいずれも似たような物だ。」
それを聞いた好雄は額に手を当てて溜め息を付いた。
「まいったな。まさにそのままって感じかよ。」
「まあ何か裏が無いとも言い切れないし、結論はまだ出さない方がいい。後残された手がかりは包みと当事者の話か。」
二人はしばらくためらっていたが、手近な「当事者」に当たってみることにした。再び諭のそばに戻った好雄が思い切って質問を始める。
「今朝は大変だったそうだな。もしかしたら俺たちが何か役に立てるかもしれないから、良かったら何があったか教えてくれないか?」
しかし諭は好雄の言葉に反応する素振りを見せない。好雄は諭の方に手をかけて揺さぶった。
「おい、しっかりしろよ。このままじゃ何も解決しないんだぞ。」
諭は好雄の手を振り払うと顔を好雄の方に向けた。その瞳からは気力のかけらも感じ取れない。
「もうどうなろうと知ったことか。放っておいてくれ。」
ぱしっ!
諭がそれだけ言ってからほとんど間を置かずに渡雲の平手打ちが飛んだ。この先を考えると下手に跡を付ける訳にいかないためかなり手加減された物ではあったが、それは諭を動揺させるには十分な物だった。
「い、いきなり何を・・・」
「殴って悪いか?貴様は良い、そうやっていじけてりゃあ満足できるんだろうからな!」
「・・・何だと?」
いきなりの奇襲にうろたえる諭に追い打ちをかけるように言葉で挑発する渡雲。
「今のままじゃあ貴様負け犬だ。まあずっとこのままで良いというなら好きにするんだな。」
「・・・くっ!」
それまで青ざめていた頬に血を上らせた諭は勢いよく立ち上がると大股で教室を出て行った。その後ろ姿を心配そうに見守る好雄。隣にいる渡雲に声をかける。
「おい、行っちまったけど大丈夫なのか?」
「さあな。もし駄目だったら所詮奴等の仲はその程度だったって事だ。」
「おい、そんな無責任な・・・」
さすがの好雄も思わず相手をとがめるような口調になるが、渡雲はさっさと諭の机に向かった。
「へえ、これが問題のプレゼントかあ。」
そう言いながら小箱をあちこち調べ、ふたを開けて曲を聴いたりしていた。
「うーん、別に誰かを怒らせるような要素は無さげだよなあ。となると古式さんの方に問題があるみたいだな。」
「と言うと?」
「オルゴール付きの小箱に嫌な思い出があるとか、この手の木に対してアレルギー体質だとか、古式家ではこういう小箱は縁起が悪いと言われているとか・・・、とにかく本人に聞いた方が手っ取り早いな。俺達も行こう。」
そう言って小箱を持った渡雲と好雄は行動を開始した。

 ゆかりを捜して校内をうろつき回っていた諭は中庭でゆかりを見つけた。
「古式さん!」
思わず大声で呼びかけゆかりに向かって駆け出す諭。しかし諭に気付いたゆかりは顔を真っ赤にすると逃げ出した。
「待ってくれ、何で逃げるんだよ!」
諭の声が聞こえているのかいないのか、とにかくゆかりは全速力で走り続け、諭は追いつくどころかむしろじりじり引き離されていた。
「くそっ、なんて速いんだ。このままじゃ・・・わわっ!」
つまずいた諭は体勢を立て直せず、そのまま派手にヘッドスライディングを行った。
「ああ、もう駄目だ。時間が無い。」
よろよろ立ち上がった諭は服の汚れを払おうともせず力無く教室に向かった。

 次の休み時間、意外にもゆかりの方から諭を訪ねて来た。ゆかりは顔を赤らめてしばらくもじもじしていたが、なんとか気持ちを落ち着けて話し始めた。
「あのー、きょうはわたくしのかんちがいのせいでごめいわくをおかけしました。」
「え、勘違いって?」
諭の疑問に答えるべくゆかりは話を続けた。
「これはずうっとまえのはなしなのですが、おかあさまがおとうさまにおくりものをいただいたのです。それはふたつきのこばこで、ふたをあけるとおんがくがながれて、なかにはゆびわがはいっていたそうです。」
「それって・・・」
「はい。けっこんのもうしこみだったそうです。」
そう言うとゆかりはうつむいた。
「わたくし、おかあさまからそのはなしをおききしておりまして、てっきりとのがたはけっこんのもうしこみをなされるときそういうものをおおくりになるとおもいこんでおりましたので、その・・・」
「そうか。それじゃあ無理もないね。分かったよ。」
諭はゆかりの妙な反応の理由が分かって一安心と言った所だったが、今度は何故誤解と分かったのかという疑問が起こった。
「でもどうして誤解だって分かったのかな?」
「はい、あのあときょうしつにもどりましたらいりぐちのところでわたぐもさんとさおとめさんがまっておいでになりまして、そこでおしえていただきました。」
ゆかりの話が終わるのにタイミングを合わせるように諭の背後から声がした。
「まあ、そういうことだ。貸しにしておくからいつか返せ。」
声に反応して振り返った諭の鼻先に包みが突きつけられる。
「ほれ、プレゼント。さっさと渡してやれ。」
「あ、ああ。はい、古式さん。」
渡雲から受け取った包みをゆかりに渡す諭。これではまるで諭を仲立ちに渡雲がゆかりにプレゼントを渡しているようで間抜けだがこの際仕方ない。
「まあ、これはまたけっこうなものをちょうだいいたしまして。わがやのかほうにいたします。」
すでに一度中身を確認しているため、ゆかりは受け取ってすぐに礼を述べる。
「ところで、きょうはなぜこのようなものをいただけるのでしょう?」
「何故って、誕生日のプレゼントだけど。」
それを聞いたゆかりは思い出したと言いたげに手をぽんと叩く。
「まあ、きょうはわたくしのおたんじょうびだったのですね。すっかりわすれていました。」
それを聞いてその場に居た三名程が思わず脱力する。
「おいおい・・・」
「まあいいけどさ。古式さんらしくて。」
とにかくこの一件も無事片付き、ゆかりは帰っていったが、一つ気になることを思い出した諭は確認してみようとゆかりの後を追った。
「古式さん。」
「はい、なんでしょう。」
諭はとりあえず事の真相を知る二人がそばにいないのを確認して、なるべく周囲の注意を引かないようにゆかりに尋ねた。
「今朝、プレゼントを返してきたとき、まだもらえないって言ってたけど、あれって・・・」
「それはひみつです。」
諭の質問を遮るように答えるゆかりの顔は間違いなく今日の中でも一、二を争う赤さを示していた。

後書き
 古式さんの誕生日記念SS第二弾です。去年が埴輪だったので流れから今年はオルゴールになりました。果たして古式さんの父親がそう言うことをやりそうな人物かというと正直言って無理がありますが、ここは一つそうだったと言うことで。