究極の三択・プレゼント編
 「さぁーて、来週の水曜日は?」
学校の帰り道、陣館諭はあたりに誰か居るわけでもないのにそんな質問
をしていた。別に誰かが答えてくれるのを期待していたわけではない。6
月13日が一体何の日かなどと言うことは教えてもらうまでもなかった。
「古式さんの誕生日、か。うーん、何プレゼントしたら喜んでくれるかなあ。」
諭が古式ゆかりと出会ってからまだ日が浅いためゆかりの好み等はよく
分からない。あれこれ悩む諭は神社の前を通りかかったとき何となく気が向いて境内に足を踏み入れた。
「まあ、たまにはこういうのも良いかな。」
賽銭を投げ入れ、柏手を打つ。
(古式さんと仲良くなれますように。)
その時どこからともなく声が響いた。
「その願い、叶えて進ぜよう。」
「ほへ?」
辺りをきょろきょろ見回して声の主を捜す諭。しかし周囲には誰も見あた
らない。
「おかしいなあ。空耳って奴か?」
諭は首を傾げながら神社を後にした。

 そして時は過ぎていったが、結局誕生日の前日になってもまだプレゼ
ントを何にするか決まっていなかった。
「ああ、もう仕方ないなあ。無難そうな所でまとめるしかないか。」
悩み疲れた諭が視線を上げると、神社の前に露店がたっていた。
「へえ、珍しいねえ。縁日でもないのに。」
そう呟いて諭が通り過ぎようとするといきなり声を掛けられた。
「おい、若いの。そう急がんとのぞいていかんか。」
麦わら帽子にサングラス、顔の半分を覆い隠す真っ白なひげといかにも
胡散臭い風貌をした露天商の老人を一目見て諭は思わず後込みする。
「いや、別に欲しいものもないし・・・」
「こんのどたわけがあ!お前の嘘なんぞお見通しじゃあ!」
老人の剣幕に気圧されて諭は反射的に店に近付いた。
「あ、えーと、じゃあ誕生日のプレゼントに良さそうなもの無いかなあ。」
それを聞いて老人は嬉しそうに笑いながら指をべきべき鳴らした。
「そうそう、人間素直が一番じゃ。贈り物はわしの最も得意とするところ。ま、大船に乗った積もりで任せておくがええ。」
「そりゃどうも。じゃ、早速品物を・・・」
「まあそう慌てるな。今から一つ運試しをしてもらう。わしが並べる三つの品物の内一つが相手が大喜びする品、一つがそこそこ喜ぶ品、そしてもう一つがメチャメチャ嫌がる品じゃ。見事当たりを引き当ててみい。」
老人の言葉を聞いたときはゆかりの好みを知っている訳無いだろうと
疑問を感じた諭だったが、どうせ「一般受けしそうな品」が大当たりと
でも言う積もりだろうと考えた。
「よし、分かった。やってみるよ。」
最初の品物は何の変哲も無いCD。次が剣山。そして最後に老人が
持ち出したのは・・・
「なんじゃこりゃあ!」
大抵の者は思わず叫び声を上げるに違いない。今諭の前には埴輪が
一つ置かれていた。それもただの埴輪ではない。全高2メートル近く
あると思われる、最も単純な形状の巨大な埴輪がでんと鎮座していた。
「あのねぇ・・・」
「どうした、さっさと選ばんか。」
露店の縁台の上に突っ伏したまま動かない諭に向かって老人が腕組み
しながら声を掛ける。
何か虚しさを感じつつ身を起こした諭は一番無難そうなCDに向かって
のろのろと手を伸ばし掛けたが途中で動きが止まる。
「はっ、これは・・・ヘビーメタル!」
まだゆかりについてよく知らないものの、騒がしいのが好きでは無い事
は分かっている。この選択は嫌がらせ以外の何物でもないだろう。諭は
伸ばしかけで止まっていた腕をそろそろと引っ込めた。それを見て満足
そうにうなずく老人。
「うむ、よくぞ気付いた。さあ、残るは二つじゃ。」
(埴輪は放っといて、って、それって剣山しか無いじゃないか。確かに古式さんなら生け花とかやってそうだけど、剣山かあ?)
どうして良いか分からなくなった諭はすがりつくような目で老人を見た。
「あの、何か他にないかな?もう少しまともな・・・」
「馬鹿者があ!だあからお前はアホなのだあ!己の勘を信じてばしっと決めんかあ!」
「わ、分かったよ。じゃあ、こっち。」
早くこの場から逃れたい一心で諭が適当に指差した先には巨大な
埴輪があった。と言うよりその圧倒的なサイズ差から言って何も考えず
に指差せばその先にあるのが埴輪なのは当然だった。
「あ、あの・・・えーと・・・」
「うむ、そちらに決めたか。よろしい、贈り物として恥ずかしくない仕上
がりにしてやるから待っておれ。」
老人は手際よく埴輪を白木の箱に収めると帯状の紙を巻いて紅白の
水引を結びつけた。
「よーし、出来たぞ。ほれ、持って行け。おお、そうだ。代金は大負けに負けて千円でいいぞ。」
諭はうなだれて千円を差し出し、箱を担いで立ち去ろうとした。その
後ろ姿に向けて老人は思いだしたように付け加えた。
「明日は箱が重く感じるかもしれんが、人の力を借りたりしてはいかんぞ。その途端に全てはパアじゃ。己の力のみで相手の元へたどり着いたとき願いは叶う。努々忘れるなよ。」

 その朝、きらめき高校へ向かうとある道路で異様な光景が繰り広げ
られていた。巨大な箱が学校へ向かってじわじわと進んでいく。箱の
下には腰を90度近く折り曲げてよたよた歩く諭の姿があった。
「あのー、なんかめちゃめちゃ重いんですけど、もうちょっと何とかなりません?これ。」
苦しげに息をつきながら誰にともなく哀願する諭。もちろんその願いを
聞き届けるものなどいない。諭は次第に自分の行為が非常に馬鹿
らしいものに思えてきた。
(俺、何やってんだろ。馬鹿でかい箱抱えてふらふらして。どうせこんな埴輪何の意味もないんだ。ペテン師の爺さんに騙されて踊らされてるだけだ。・・・もう止めちまおう。)
諭が荷物を下ろそうと決心したとき、誰かが声をかけてきた。
「なぁんだ、誰かと思ったら諭じゃない。何やってんの?」
横から藤崎詩織がのぞき込む。口を利く気力もない諭は横目で詩織を見ながら黙ってうなずく。
「情け無いわねえ。ばてばてじゃない。何だったら手伝ってあげてもいいんだけどなあ。」
そう言いながら詩織は箱に手をかけようとする。途端に昨日の老人の
言葉が諭の脳裏に浮かぶ。
「さわるなあ!」
詩織は慌てて手を引っ込め、驚いた様子で諭を見つめる。
「な、何よ。そんなに怒らなくたっていいじゃない。」
「あ、いや、いいんだ。ごめん。これ、割れ物だから危ないかな・・・って、そう思ったんだ。だからつい。」
それを聞いて詩織は思わず目を丸くする。
「わ、割れ物お?こんな大っきい割れ物って、あんた一体何持って来たのよ?」
いかにもあきれかえったような口振りだったが、このまま見捨てていくのも忍びないのか詩織は諭と連れだって学校へ向かった。

 諭は休み時間にゆかりを呼び出した。さりげなくその様子をうかがう
詩織。
「つらだてさん、ほんじつはなんのごようでしょう?」
「誕生日おめでとう。はいプレゼント。」
ふつうは後ろ手に隠し持ったプレゼントを差し出すものだが、この
サイズではそうもいかず、箱の前に立っていた諭が横にずれるという
形になる。
「ふーん、古式さんの誕生日のプレゼントか。結構気合い入ってるわね。」
詩織は感想を述べつつゆかりの反応に注意を向けた。
「あら、そういえばきょうはわたくしのおたんじょうびでしたねぇ。あけてもよろしいでしょうか?」
ゆかりらしいリアクションにちょっと体勢を崩しつつうなずく諭。向こう
では詩織も思わずつんのめっている。ゆかりは水引をほどいて紙を
丁寧に巻き取ると蓋を開けた。
「・・・・・」
箱の中身を前にしてゆかりは沈黙を続け、微動だにしない。心配に
なった諭がゆかりの顔の前で手を振ってみたが、全く反応が無かった。
頭を抱えてふらふら歩き回る諭。
(あああ、だめだああ。やっぱやめときゃよかった。)
詩織は髪に巨大な水滴を乗っけて片手で顔を覆っていた。
「本っ当、何考えてんのよ、あのバカ・・・」
そしてゆかりがようやく動きを見せ始めた。
「あらあら、もうしわけございません。ついついみとれてしまいまして。」
「へ?」
ゆかりの意外な言葉に諭と詩織がそろって間抜けな声を上げる。
「これはまたけっこうなものをちょうだいいたしまして。わがやのかほうにいたします。」
ゆかりはそう言って箱を持ち帰ろうとした。
「あ、古式さんじゃ無理だよ。」
しかし箱は先程までと比べて驚くほど軽くなっていた。
「あれ、こんな軽かったっけ?まあいいか、楽だし。」
詩織は箱を担いで去っていく二人を見送った。
「なんか良く分かんないけど、とりあえず丸く収まったみたいね。はあーあ、諭につきあってると胃が痛くなっちゃうなあ。」

 誕生日の一件以来諭とゆかりの仲は順調に伸展していった。そんな
ある日大祭があるというので諭はゆかりを誘ってみたが生憎その日は
用事があるとの事だった。
「仕方無い、一人で行くか。」
大祭当日、神社は結構な人出だった。人混みから脱出して参道脇で
一息つく諭の耳に聞き慣れた声が響いた。
「まあ、さとしさん、きていらしたのですね。」
「え、古式さん、用事だったんじゃ・・・」
振り返った諭は言葉を失った。その目の前には巫女姿のゆかりが立っ
ていた。そのシンプルで清楚な印象を与える服装はゆかりの可憐さを
より一層引き立てていた。
「どうかなされたのですか?」
放心して突っ立っている諭に小首を傾げて話しかけるゆかり。
「あ、いや、なんでも。綺麗だね、よく似合ってるよ。」
「そうですか?きょうはとくべつなおまつりなのであたらしいふくなんですよ。」
ゆかりの得意技が決まった。この辺りは未だに代わり映えしない。そして
何か思いついたらしくぽん、と手を打つゆかり。
「さとしさん、きょうはおじいさまにあっていただけますか?」
「え、いいけど。古式さんのおじいさんって、ここの関係者なの?」
「はい。ではこちらへ。」
ゆかりの話によるとこの町の宮司は代々古式家の当主が務めるらしい。
ゆかりと共に社務所に入ると、神主が近づいてきた。
「いらっしゃい、君が陣館君かね?ゆかりから話は聞いているよ。」
そう言ってゆかりの祖父は諭の顔を眺めていたが、なにやら感心した
ようにつぶやいた。
「ふむ、婿殿の若い頃に雰囲気が似ているな。古式の家の娘は同じような男に惚れると言うことか。いや、親子で好みが似ているだけかもしれんな。」
諭はそれを聞いて意外に思った。まだそれほど顔を合わせたわけでは
ないがゆかりの父親の強面ぶりは良く知っている。年を食ってそうなった
のか、それとも変わったのは外面だけなのか。どちらにしても若い頃は
今の自分のようだったというゆかりの父に対して諭はわずかながら親近
感を覚えた。

 大祭では普段門外不出の御神体が一般公開される。諭はゆかりの隣
で宮司が祝詞を読み上げうやうやしく扉を開けるのを眺めていたが、
御神体が視界に飛び込んできたとき驚きの声を上げるのを禁じ得なかった。
「え、ええーっ?あれが御神体?」
扉の中にはかつて諭がゆかりに送ったものと寸分違わぬ埴輪が納め
られていた。ただしこちらの方がその歴史を感じさせる古びた雰囲気を
まとっている。
「ほんとうにそっくりですねえ。わたくしもおどろいてしまいました。」
「ああ、不思議な事もあるもんだ。」
諭の脳裏にあの老人はゆかりの祖父だったのではないかという疑念が
浮かんだが、どんなに上手く変装したとしても到底同一人物とは思え
ないほど外見の違いは大きかった。第一そんなことをしなければなら
ない理由がない。
「まあいいか。いくら考えても分からないものはしょうがないや。」
とりあえず御利益があったと言うことで諭は奮発して千円札を賽銭箱に
放り込んだ。ところが千円札は賽銭箱の中から吹き上げられるように諭
の手の中に戻ってきた。
(代金の二度取りはせんよ、若いの。)
「あ・・・」
声の主を捜して辺りを見回す諭。視界の片隅で埴輪がニヤリと笑った
ように見えたが、注意深く観察してもそこには無表情な古びた埴輪が
あるだけだった。諭は照れくさそうに笑いながら頭を掻いて隣にいる
ゆかりに顔を向けた。視線が合うとゆかりは嬉しそうに微笑む。
(縁結びは任せておけ、か。いやまったく、見事なもんだね。)
二人の鳴らす柏手が境内の空高く響きわたった。

後書き
 と言うわけで古式さんの誕生日記念のSSです。もっと全体的にほの
ぼのした感じでまとめたかったのですが、露店の場面からドタバタ調に
なってしまいました。こういうノリは外すと痛いのでなるべく避けたいの
ですが、止まりませんでしたね。
 後半作ってて思ったのですが、「古式さんの巫女さん姿」って、非常に
魅力的なんじゃないでしょうか。オフィシャルでやってくれないですかね。