初めてのデート・最後のデート
 陣館諭は遊園地の前で古式ゆかりを待っていた。約束の時間を少々
過ぎていたが、諭は気に留めていなかった。
「さて、そろそろかな。あの角を曲がって歩いて来る古式さんが見える
はずだけど・・・え?は、走ってる。古式さんが走ってるよ。」
あまりに意外な展開に唖然としている諭の所に駆け寄ったゆかりは前
屈みになって膝に手を当てしばらく息を整えていたが、呼吸が落ち着く
と顔を上げ、ウインクしながらちょっぴり舌を出した。
「へへ、遅れちゃったね。待った?」
「あ?い、いや。俺も今来たばっかだから。」
「良かった。あんまり待たせちゃうと悪いもんね。さ、行こ!」
走るゆかりに続いてまるで別人のようなゆかりの言動を目の当たりに
して呆気にとられた諭は混乱した状態から立ち直る余裕も与えられず
ゆかりに手を引かれて遊園地に入場した。
 ジェットコースター、ゴーストハウス、絶叫マシーン・・・今日のゆかりは
どこに行ってもよくはしゃいだ。諭は何気なくゆかりに話しかけた。
「なんだか今日の古式さん、すごく楽しそうだね。まるで初めて来たみた
いな喜び方だよ。」
「うん、私は初めてだもん。」
「え?」
「あ、いや、何でもないの。次行こ、次。」
何かをごまかすように慌てて先を急ぐゆかり。当然ながらその行為は
かえって諭の注意を引くことになった。

 (うーん、どう見ても古式さんだよなあ。)
観覧車の窓から外の景色を眺めてにこにこしている少女の横顔を
見つめて諭は悩んでいた。さっきの口振りだと自分の目の前にいるの
は古式ゆかりではないらしい。しかしここまで似ている他人が居るとは
とても考えられないし、彼女に双子の姉妹が居るわけでもない。
(一体誰なんだ、この娘は?)
そのうち一周した観覧車から降りてすぐに少女は諭に話しかけてきた。
「きれいな眺めだったね。」
「え、そうだっけ?古式さんの顔ばかり見てたから。」
思わず正直に答える諭。それを聞いた少女は顔を真っ赤にしてうろた
える。
「えっ?や、やだなあ、もう。」
 (やっぱり違う。でもこういう反応もいいよなあ。)
などとのんきに考えていた諭だったが、
「何かついてるんなら早く言ってよ。」
「いや、そうじゃなくて・・・何でもないです。はあ・・・」
結局根っこは同じようだ。

 いつもならデートが終わったらその場で別れる。しかし今日は諭が家
まで送ると申し出た。なんとかして目の前の少女の正体を突き止める
つもりだった。彼女はあっさり申し出を受け入れる。二人は揃って歩き
始めたが、少女がまるで家に帰るのを嫌がっているかのようにゆっくり
歩くためそのペースは遅い。諭はいつも通りゆかりと歩いているような
感覚を覚える。
「今日は楽しかった。ありがとう。」
「そりゃ良かった。また誘うから楽しみにしててよ。」
「うーん、それは無理ね、残念だけど。今日は私の最初で最後の
デートだから。」
諭の足が止まる。少女の方を見ると微笑んではいたが何か寂しそうな
雰囲気をにじませている。
「すぐに分かったよね、私がゆかりじゃない事。」
「君は誰だ、古式さんはどこに居る?」
「ここにいるよ。諭くんの目の前にいるのは正真正銘の古式ゆかり。
でも私はゆかりじゃないの。」
諭はすっかり訳が分からなくなってきた。彼女が何を言いたいのか
全然理解できない。
「こんな言い方じゃ分かんないよね。分かりやすく話すと、今から
17年前の6月13日の事なんだけど・・・」
17年前の6月13日と言えばゆかりが生まれた日だ。一体そのとき
何が起こったのか。
「ある産院で星野という夫婦の子供が生まれたの。でも死産だった。
無事に生まれていれば翔子と名付けられるはずだったそうよ。そし
て同じ産院でほんの少し早く産まれた子が居たんだけど、かなり危険
な状態が続いていたのが奇跡的に持ち直したの。その子の名は・・・
古式ゆかり。」
わずかな沈黙の後、諭が念を押すように問いかけた。
「つまり、君は星野翔子。そういう事かい?」
「たぶんね。私も覚えている訳じゃないんだけど、ゆかりのお母さんが
ゆかりにこの話を聞かせてくれて、言ったの。あなたの命を翔子さんが
救ってくれたのですよ、って。」
翔子はそのまま思い出話を続けた。
「ゆかりはね、子供の頃は病気がちでよく寝込んでいたわ。ゆかりが
苦しんでるのに何もできないのが辛くって、しばらくの間代わってあげ
たいと思ったの。そしたら本当にそうなっちゃった。ゆかりが眠ったり
意識を失ったりしている時は私がこの体を動かせるみたい。」
「今までずっと古式さんのこと守ってきてくれたんだ。ありがとう。」
普通に考えたらとても信じられないような話だが、諭は自然に翔子の
話を受け入れた。そして翔子のおかげで自分とゆかりの出会いが
あったとすればいくら翔子に感謝しても足りないくらいだと思った。
「ううん、ゆかりには私の分まで幸せになって欲しい。それだけよ。
でもそれも今日まで。」
「え、それって一体どういう事?」
「決まってるでしょ。安心して後を任せられる人が居るから私はもう
お役御免って事。で、最後にちょっと幸せのお裾分けもらったって訳。」
翔子はそう言って軽くウインクして見せた。
「じゃあそろそろ行くわ。ゆかりの事お願いね。」
次の瞬間ゆかりの体はゆっくりと瞳を閉じて倒れそうになる。慌てて抱き
留める諭の腕の中で目覚めたゆかりはそのまま空を見上げながらつぶ
やいた。
「いってしまわれたのですね。」
「知ってたんだ。」
「はい。ほしのさんにはながいあいだおせわになりました。なにかむねに
ぽっかりあながあいたみたいでさみしいですねぇ。」
二人はしばらくぼんやりと空を眺めていた。

 「超眼力!」
「うわあっ!」
番長の圧倒的な力の前に為す術もなく倒れた諭が意識を取り戻した時、
すぐそばに一人の少女が立っていた。その顔に見覚えはなかったが、
誰なのか諭にはすぐに分かった。
「翔子ちゃん?て事は俺、死んだのか?」
「訳無いでしょ、馬鹿ねえ。気を失ってるだけよ。」
「そうか。でもどっちにしてもこんなんじゃ頼り無いよな。ごめん。」
「何言ってるの。君の力はこんな物じゃないでしょ。まだまだこれからよ。」
翔子はそう言って諭の手をそっと握る。
「そうだな。この位で弱音吐くわけには行かないか。」
「分かったらさっさと行った。頑張ってよ。」
「ああ。ありがとう。」
礼を言って立ち去る諭に翔子は声を掛けた。
「そうそう、私は元気にやってるから、ゆかりによろしく言っといて。」
「ああ、伝えとくよ。」
番長は起きあがってきた諭に再び超眼力をかけたが効果は無かった。
「ほう、超眼力を見切ったか。なかなかやるな。」
「背負ってる物の重みが違うんでね。この程度でやられるわけには
行かないんだ。さあ、今度はこっちの番だ!」
翔子の想いを乗せた諭の必殺技が番長めがけて打ち出された。

後書き
 PCエンジンでは扱えない漢字を名前に含むためゲームに登場
できなかった悲劇の没キャラ・星野翔子。でも彼女が没になったから
こそ古式ゆかりと言うキャラクターが世に出たわけです。でも現在では
ハードの問題は解消されたわけで、ひょっとしたら改めて登場する
かもしれませんね。