好意の空回り
「あのね、ゆかりちゃん。」
「はい、なんでしょう。」
伊集院レイは固い決意と共に自分の部屋で古式ゆかりと
向き合っていた。
「伊集院家と古式家の付き合いは古いんだし、ゆかりちゃんも
私の所の家訓は知ってるよね?」
「はい、ぞんじておりますよ。」
ゆかりは小首を傾げてにこにこしながら答える。
「だからね、私が実は女の子だって事卒業するまで知られちゃ
いけないのよ。」
「はい、そうですねぇ。」
当然といった感じでにこやかに頷くゆかり。レイは額に手を当てて
暫く沈黙していたが、気力を振り絞って話を再開した。
「ゆかりちゃん、たまに私の秘密をみんなに話しそうになるでしょ?
いつも冷や冷やしてるんだから。」
「もうしわけございません。うそはいけないとおとうさまにいわれて
いるものですから、つい。」
ゆかりもそのあたりの事情は十分分かってはいるのだが、隠し事の
出来ない性格がこの場合仇になっていた。
「卒業まで上手くごまかしてくれればいいの。お願いね。」
レイも幼い頃から付き合いなのでゆかりのことはよく分かっている。
それだけにあまりきついことは言えなかった。

 帰宅して自分の部屋の床に正座したゆかりは全力をもって
今回の問題の解決策を考え始めた。
「どうしたものでしょう。いじゅういんさんのしんらいをうらぎるわけには
まいりません。しかしながらそつぎょうはまださきのはなし。それまで
どうやってしのげばいいのでしょうか。よわりましたねぇ。」
ゆかりは暫く一心不乱に考え込んでいたが、やがて名案が浮かんだ
らしく会心の笑みを浮かべた。
「なぜこんなかんたんなことにいままできづかなかったのでしょう。
これでもうあんしんです。」

 その翌日のきらめき高校。ゆかりの所へ友人の朝日奈夕子が
一人の女生徒と連れ立ってやって来た。
「ねえねえ、ゆかりって伊集院君と幼なじみっしょ?この子が
聞きたいことあるんだって。」
早速訪れた好機に対してゆかりは迷うことなく行動を起こした。
「それはかまいませんが、いじゅういんさんのことをしたっておられる
のなら、おやめになったほうがよろしいですよ。」
妙に自信たっぷりなゆかりの発言に引っかかる物を感じた夕子が
探りを入れてきた。
「なによぉ、いやに自信ありそうじゃん。実はやっぱり許嫁ってのは
無しだかんね。」
「いいえ、そんなことはございませんよ。なぜなら」
いつも邪魔が入る所で一拍おいてゆかりは得意気に宣言した。
「いじゅういんさんはとのがたにしかきょうみはございませんから。」
そして時が凍った。

 放課後。ゆかりが帰宅しようと校門にさしかかると伊集院が立って
いるのが見えた。何気なく声をかけようとしたゆかりはその時になって
伊集院の様子がどことなくおかしいのに気付いた。
「・・・」
怒っているような、泣き出しそうな表情でゆかりを見つめていた
伊集院は結局一言も発することなく走り去っていった。
「いったいどうなされたのでしょう。きになりますねぇ。」
ゆかりは困惑した様子でその場に佇んだ。

 rrrrrr・・・・
「はい、こしきですけど。」
「あ、古式さん?早乙女だけど。」
「あら、さおとめさん。なんのごようでしょう?」
「伊集院の奴、結構傷ついているみたいだぜ。今の内に何か手を
打っといた方がいいな。」
「そうですか。ごちゅうこくありがとうございます。」
「いいって事よ。じゃあな。」
好雄からの電話の後、ゆかりは気落ちした様子で頬杖をつきながら
窓越しの空に視線を漂わせた。
「これですべてまるくおさまるとおもったのですが、うまくいかないもの
ですね。ふぅ・・・。」

後書き
 今回は「伊集院さん」も必要無い時はああいうキャラクターじゃ
ないだろうと言う想定でいきました。あと「古式ゆかりに振り回される
不幸な伊集院レイ」と言う図式が結構好きなのでこういう形に落ち
着きました。