「こ、古式さん。これって・・・」
「はい、しょうしょうつくりすぎてしまいました。」
陣館諭が昼休みに約束通り中庭へ行くと、うずたかく積み上げられた
重箱の前にちょこんと座った古式ゆかりがにこにこしながら出迎えて
くれた。

ゆかりとランチ・その後

 「うー、さすがに二人で食べるには多すぎるよ。」
あまりにも圧倒的な物量を前に諭は思わず弱音を吐く。
「そうですねぇ。わたくしもそうおもいます。」
何を考えているのか妙に嬉しそうに同意するゆかり。
「余った分はどうするの?捨てるのはもったいないし。」
「いえ、そんなしんぱいはいりませんよ。」
ゆかりは何か名案があるらしい。
「あさひなさん、それにさおとめさんもごいっしよにいかがですか?」
ゆかりの呼びかけに答えるように少し離れた茂みから顔を出した二人は
照れ笑いを浮かべながら近付いてきた。

 「へえ、古式さんって結構料理上手いんだ。」
「次はマカロニサラダ。チェックだチェック。」
「あ、あたしも。うん、いけるよ、これ。」
四人で料理をつついている最中、ふと思い出したように夕子がゆかりに
問いかけた。
「それにしても、なんであたしらが張ってる事ばれたんだろ?」
「それはぞんじませんでしたが、こえのとどくところにおふたりがおられる
のではないかとおもいまして。」
ゆかりの発言を聞いた途端料理を喉に詰まらせてむせ始めた者、三名。
内二人は動揺がストレートに表に出たものだが、もう一人は笑いをこらえ
ようとした結果だった。
「あたしらの行動パターン、バレバレって感じ。」
ゆかりが手際よく差し出したお茶のお陰で何とか持ち直した後、夕子は
お手上げと言った様子でつぶやいた。

 その頃、校舎内では虹野沙希と早乙女優美がランチボックスを
小脇に抱えてデッドヒートを繰り広げていた。
「虹野先輩、今日は絶対優美が勝って見せますからね!」
一方的にライバル心を燃え上がらせる優美に対して沙希はどう対応
したものか迷っていた。
(出来れば優美ちゃんの闘志を正面から受け止めてあげたいけど、
今の優美ちゃんを相手に全力を出すのはちょっと・・・、あーん、
どうしよう。)
しかし結局沙希は心を鬼にしようと決意した。きっと優美の為にもそれが
正しい選択だと信じて。歩みを止めた沙希は優美を威嚇するように
指を突きつけた。
「優美ちゃん、私と張り合うには、あなたはまだ未熟!」
その一声で優美の動きを止めた沙希は自分なりのアドバイスに敢えて
ガラス片をまぶして優美に投げつけた。
「まず基礎がなってないわ。身近な人に一からしっかりたたき込んで
もらいなさい。それが出来ないなら料理なんか止める事ね。」
沙希のアプローチに対する優美の返答はやっぱりと言うか何と言うか
おなじみのアレだった。
「ううっ、ひどいよ。優美だって、精一杯頑張ってるのにぃ。・・・うっ、
ぐすっ、ふぇぇーん!」
泣き出した優美に固い決意もどこかへ吹き飛んだ沙希は慌てて優美を
なだめ始めた。
「わ、分かったわ。取りあえず陣館君の所へ行きましょう。だから
泣かないで。ね?」
沙希の言葉であっさり機嫌が直る優美。そして急ぎ足の二人が中庭を
突っ切ろうとすると、そこでは二人にとって非常にショッキングな光景が
繰り広げられていた。
「陣館君、そんな・・・」
「あら、にじのさんにさおとめ・・・いもうとさん。よろしければごいっしょ
にどうぞ。」
魂の抜け殻状態の二人に気付いたゆかりが勝ち誇った笑み(もちろん
本人にそんなつもりは無い)を浮かべて座に招く。
「いらないもん!優美には・・・」
喧嘩腰で断りかけた優美を制して沙希が招待に応じた。
「うん、ありがとう。」
(これは私に対する挑戦ね。受けて立つわ!)
少し別人の思考パターンが入り交じった沙希は期待と不安の相半ば
した感情を抱いてゆかりの料理を口にした。
(おいしいわ。まだまだ荒削りだけど、素直で伸びやかな所は将来性を
感じさせる。古式さん、あなたとならライバルとして競い合っていけそう。)
「こうしちゃいられないわ!」
沙希はいきなりそう叫んで立ち上がると料理を口一杯にほおばった
優美の襟首を掴んで走り去った。
「ごめんね、急用を思い出したの。ごちそうさま!」

 「ゲホゲホ・・・いきなりどうしたんです?」
せき込みながら口をとがらせた優美は、沙希の後ろ姿にただならぬもの
を感じた。
「優美ちゃん。古式さんの料理、食べたでしょ?彼女はその内強大な
ライバルとして私達の前に立ちはだかるわ。それに備えて私達に出来る
ことはただ一つ・・・」
ごくり。優美が生唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる。
「特訓よ!」
「ひっ!」
優美の方を振り向いた沙希の両の目がまばゆい光を放っている。怯え
きって後ずさりする優美にずかずかと歩み寄り両肩を鷲掴みにする沙希。
「まずは受け身2000回、続いてヒンズースクワット3000回よ、優美
ちゃん!」
「そ、そんなにしたら優美死んじゃうよぉ。」
「大丈夫、根性で乗り切るのよ!」
生き残りを賭けた優美の苛烈な戦いが今始まった。

 一方中庭ではゆかりの招きに応じる客(?)も増え、まさに宴たけなわ
と言った感があった。
「ねえ、ゆかり。ほんとにいいの?」
一度夕子がこっそり問いかけたが、
「はい。おおぜいのほうがたのしいですから。」
と本気で楽しげな返事が返ってきた。
「あーあ、ちょっと同情しちゃうね。」
とつぶやきながら諭の方を見た夕子だったが、ゆかりの隣で幸せそう
に料理を口に運ぶ様を見て納得した。
「はあ、うちらがいようと関係なしって訳ね。好きにすれば。」

 ゆかりは木々が小さな花を咲かせているのに気付いて声をあげた。
「まあ、きれいですねぇ。」
しかしすっかり幸福感に浸りきっている諭は生返事を返すばかりだった。
「うん、そうだね。」
「もう、はるですねぇ。」
「うん、そうだね。」
「・・・」
ゆかりが黙り込んでしまったので、ひょっとして機嫌を損ねたかと
不安になった諭だったが、すぐにゆかりが腕に寄りかかってきたので
今度はその大胆さに度肝を抜かれた。しかし何か様子がおかしい。
「あらら、眠ってるよ。」
その様子を見た好雄が今更のように疑問を口にした。
「なあ、これ全部古式さんが作ったとしたら・・・」
「徹夜だねぇ。」
結論が出た所で好雄が立ち上がって参加者一同と打ち合わせを
始めた。そしてそれぞれ重箱を持って移動を始める。
「料理は俺達が片付けるから心配すんな。昼休みが終わるまで古式さん
を寝かしといてやれよ。じゃあな。」
みんなが立ち去った後、諭は一つだけ残された重箱の中身を摘んだ。
「たこさんウインナーに厚焼き卵・・・か。うん、うまい。」
その時ゆかりは諭の独り言を知ってか知らずか、笑みを浮かべて夢の中。

昼食時(ひるどき)に 花に見とれて夢心地 君の腕にてしばし眠らん
                        ゆかり

後書き
 「ゆかりとランチ」。おちゃらけかと思わせておいて実はほのぼのした
雰囲気に満ちた独特の暖かみのあるいい歌です。何とかあの雰囲気
そのままの後日談を作ろうと思ったのですが、どんなもんでしょうか。
 虹野さんを暴走させてしまいました。ファンの方見ていたらすみません。
ウチの虹野さんも基本的には「さわやかさん」でいい娘なのですが、
本物より熱血度が異常に高い様です。伊集院さんに続く不幸キャラ
その2の優美ちゃんとのコンビは再登場するかもしれません。