霧の童話
 「ひどい霧だなあ、いきなりどうしたんだろう。」
「おとうさまたちと、はぐれてしまいましたねぇ。」
霧の中を連れ立って歩いていた陣館諭と古式ゆかりはその歩みを
止めて自分達を取り囲む白い壁を見回した。
「えんにちをけんぶつしていた時はきれいな月夜でしたのに、
ふしぎですねぇ。」
「幸い宿までは一本道だし、帰って待っていよう。ひょっとしたら
朝日奈さん達が先に着いているかもしれないよ。」
諭の提案で二人は再び進み始めた。
(こういう雰囲気結構好きだけど、おかしいなあ。今の気象条件じゃ
霧なんか出る訳無いのに。)
諭はそんな疑問を抱えながら歩き続けていたが、気が付くと
前方から近づいて来る人影があった。
「あら、おとうさまたちでしょうか。」
「いや、違うと思うよ。地元の人かなんかじゃないかな。」
やがて人影の正体がはっきり見えた時、あまりの異様さに諭の足は
止まった。

 鎧をまとった戦国武将のような男が一人。配下の足軽と言った
感じの男が二人。全身血塗れでうめき声を上げながらゆっくり
迫って来る。その形相は苦しみと憎しみを混ぜ合わせて顔面に
塗りたくったらこうなるという見本そのものだった。
諭はこの状況に恐怖を感じなかった。あまりにも異常な展開に
そう言った感覚が麻痺してしまったらしい。とにかく本能的に
ゆかりを守ろうとして足を踏み出しかけた。しかし守るべき相手は
とっくに亡者達の目前へ歩み寄っていた。
「まぁ、たいへんなおけがですねぇ。だいじょうぶですか?」
(いや、そう言う問題じゃ・・)
諭の全身から一気に力が抜けた。だが、以外にも亡霊達に
変化が見られた。わずかながら動揺しているようだ。
「娘よ。我等が恐ろしくはないのか?」
武将が地の底から響いて来るような声で問いかけてきた。
「そうですねぇ。おそろしいとはおもいませんよ。」
ゆかりはそう言って屈託の無い笑みを浮かべた。
「くっ・・・くくく・・・はあーっはははは!」
豪快な笑い声とともに突風が襲ってきた。風が止んだ後、霧は
さっぱりと消え去り、月明かりに照らされて立派な風貌の騎馬武者と
足軽二人が立っていた。三人とも傷一つ無く、先程とは見違える
ような晴れやかな表情をしていた。
「いや、愉快愉快。こんな気分は久しぶりじゃ。昔の事などどうでも
よくなったわ。」
「まあ、おけがは直ってしまわれたのですか?すごいですねぇ。」
ゆかりの問いかけに武将は鷹揚に頷いた。
「うむ。わしらの怪我は言ってみれば恨み辛みの念が己の魂を
傷付けて出来た物。怨念を消し去ればあっさり直るのだ。どうやら
そなたの笑顔には癒やしの力があるようだな。」
武将の言葉を聞いて諭は一人納得していた。
(確かに落ち込んだりイライラしてたりしても古式さんの笑顔を
見てると落ち着くもんな。)
「そなたに褒美を取らせたいところだが、今のわしらには何も無い。
弱ったのう。」
「いいえ、そのおきもちだけでじゅうぶんです。どうぞおかまいなく。」
「そうか、すまんな。・・・ではそろそろ行くとするか。」
武将はそう言ってゆかり達に背を向けて馬を進ませ始めた。足軽達
もそれに続く。その姿が消える時声が響いた。
「世話になったな。達者で暮らせよ。」

 諭は暫く亡霊の消え去った後を見つめていたが、気を取り直した
ようにゆかりに歩み寄りながら声をかけた。
「なんだかすごい事になったね・・・!」
ゆかりは泣いていた。尽きる事無くあふれ出る涙を拭おうともせず、
ただ呆然とその場に立ち尽くしていた。
「どうしたの?一体何が・・・」
ゆかりは諭の方へ向き直り、そのまま諭にすがりつきそうになるのを
こらえて口を開いた。
「あのかたがたが、なんびゃくねんああやってくるしんでこられたか、
それをかんがえるとむねがいたむのです。いつおわるともしれない
つらいひびをえんえんとすごされたのでしょう。それをおもうと
わたくしは、わたくしは・・・あ・・・」
いきなり諭に抱きしめられたゆかりは言葉を失った。目は大きく
見開かれ、頬は瞬く間に赤く染まる。
「今まではそうだったかもしれない。でももう彼等は古式さんに
救われたんだ。そうだろ?」
「はい、そうですね。」
落ち着きを取り戻したゆかりはそう答えながらゆっくり瞳を閉じた。
(おさむらいさま、たしかにごほうびいただきました。ありがとう
ございます。)

後書き
今回は「古式さんなら一つ目小僧どころか本物の幽霊に出くわしても
平気なんじゃないか?」という思い付きで作りました。ただいつもの
縁日の帰りに幽霊を出すのは不自然なので旅先という事にしました。
作者はオカルト関係の知識があるわけではないので武将のうんちくは
信じないで下さい。話は変わりますが、今回のタイトルとコンセプトは
ある古いテレビ番組の1エピソードが元ネタです。但しあちらの
「亡霊」はニセモノでしたが。