探し物
 「ふう。すっかり遅くなっちゃったわ。」
買い物袋を満載した自転車を漕いで鏡魅羅は家路を急いでいた。遠方のスーパーの特売情報をキャッチして買い出しに出た帰りだった。何しろ魅羅の家は大家族なのでこういったチャンスは最大限に生かす必要がある。
「でもまあ行った甲斐があったわ。今月はこれで大助かりね。」
魅羅はそうつぶやきながらついついにやけ顔になっている自分に気付いてあわてて表情を引き締めた。鏡家において言わば「二人目の主婦」として八面六臂の活躍を繰り広げている魅羅だが、それ故にいささか所帯じみた面が顔を出す事があった。
「誰も見てなかった・・・みたいね。危なかったわ。気を付けなくちゃ。」
魅羅にとって家事をこなす事は別に苦痛では無く、むしろ大変な中にも楽しさを見出す事もあったが、知り合いに「現場」を見られる事に対しては抵抗があった。
「このまま行くと学校の前を通るわね。どうしようかしら・・・。」
少し躊躇した魅羅だったが、わざわざ遠回りするのも面倒だし、通るのは裏側だから大丈夫だろうと結論を出してそのまま突っ切ることにした。

 学校の裏手の塀の前を進む魅羅の前方にぼうっとした何かの影が見えた。近付くと幼い女の子が道ばたにしゃがみ込んでいるのだと分かる。
「どうしたのかしら?あんな小さい子が一人でこんな時間に・・・」
気になった魅羅は自転車を止めて少女に話しかけた。
「どうしたの?もう遅いわよ。早くお家に帰らなくちゃ。」
しかし少女は魅羅の声が耳に入らない様子で一心に辺りを見回している。その様子を見て事情を察した魅羅は自転車を離れ少女の隣にしゃがみ込む。
「そうか、落とし物しちゃったのね。でもこんなに暗くなっちゃったら見つからないわよ。だから今日はもう帰って明日探しなさい。ね?」
「だめなの・・・」
ようやく口を開いた少女の声を聞いて魅羅は妙な胸騒ぎを覚えた。普通に聞く話し声とは何かが違う。
「まいにちさがしてるのにみつからないの。ずっと、ずっとさがしてるのに・・・」
間もなく魅羅は違和感の正体に気付いた。少女の声は音として耳に入ってくるのではなく、直接頭の中に響いてくる。早くこの場を離れなくてはと言う衝動に駆られた魅羅が立ち上がろうとした時、少女が顔を上げて魅羅の方を見た。その顔の半分は何かに叩き付けたように潰れて血塗れで、眼球が飛び出していた。少女はゆっくり立ち上がると魅羅の方に向かってじりじりと歩み寄る。立ち上がるどころかその場に座り込んでしまった魅羅はそのまま後ずさるのが精一杯だった。
「みつからない、みつからないよお・・・」
耐え難い恐怖の為錯乱状態に陥っていた魅羅の頭の中で少女の声がこだまする。その悲しげな響きに魅羅の中の何かが刺激され、わずかながら正気を取り戻した魅羅は原形をとどめている側の少女の目からぽろぽろとこぼれ落ちる涙に気付いた。
(そうか。この子、ここで死んだ時とても大切な物を無くしたのね。だから・・・)
そういう結論に達したとき、魅羅の口からごく自然に言葉が出てきた。
「そうなの。分かったわ。私が代わりに探してあげるから待っていて。それでいいでしょ?」
それを聞いた少女の表情はぱっと明るくなるとまでは行かないものの、かなり和らいだ。
「ほんとう?みつけてくれる?」
「ええ。必ず探し出してみせるわ。」
魅羅の言葉に安心したのか少女の姿は次第に薄れていく。
「きっとみつけてね。やくそくだよ・・・」
少女の姿が完全に消えるのを見届けた魅羅は自転車に向かった。
「さあ、明日から忙しくなるわね。あの子の為にも少しでも早く見つけてあげなくちゃ。」
なにを探したらいいのか全然分かっていないことに魅羅が気付いたのは自宅のすぐ近くまで来てからだった。
「あ・・・。」

 翌日から魅羅は放課後になると大急ぎで帰宅するのが日課となり、そしてきらめき高校の裏の塀の前を何かを探してうろうろする不審な女性が見かけられるようになった。もちろんそれは魅羅だったが、意識的に野暮ったく見せた服装と髪型、そして見事なメイクアップのおかげでたまたまその姿を見かけた親衛隊員でさえその正体に気付くことはなかった。
「なかなか見つからないわね。この辺にあるはずなんだけど・・・」
周囲に聞こえないほどの小声でそうつぶやき、行き詰まりを感じつつ黙々と日課をこなす魅羅の背後から声が掛けられた。
「そこの君、少しいいかね?」
「はい?」
反射的に魅羅が振り返るとそこには伊集院レイが立っていた。レイは何かを言いかけてしばらく躊躇していたようだが、やがて考えがまとまったらしく言葉を続けた。
「鏡君、そんな格好で何をしているんだね?」
「ええっ?何で分かるの?」
自分の変装に自信があった魅羅はそれをあっさり見破られた動揺から思わずレイに詰め寄っていた。
「いや、確かに見ただけでは分からないだろうね。しかし声を聞いたら他に考えようがなかったよ。」
「あ・・・。」
レイの返答を聞いて口元を押さえる魅羅。咄嗟のことだったのでそこまで考えが回らなかった。
「最近このあたりで不審人物を見かけると聞いて来てみたのだがまさか君だったとはな。とりあえず事情を聞かせてもらいたいのだが。」
それを聞いた魅羅は思わず頭を抱え込みそうになったがかろうじて持ちこたえた。下手に本当の事を話したらかえってごまかしていると取られかねない。亡霊に頼まれて(実際は魅羅の方から申し出たのだが)それが一体どんな物かも知らずに探し回っているなどと聞かされて誰が納得するというのか。それだけは何としても避けようと決めた魅羅は無難な口実でその場を切り抜けることにした。
「実は二、三日前に落とし物をしたの。そのまま放って置くにはちょっと惜しい物だったから探してみることにしたんだけど、落とし物を探しててうろうろするなんて私のイメージに合わないでしょ?だから変装して探すことにしたのよ。」
「なるほど。しかし一人で探すのは大変そうだね。」
「それは心配無いわ。多分このあたりだと思うから。」
妙に自信ありげな魅羅の様子に疑問を感じたレイだったが、ここはあえてそれに触れないで置くことにした。
「そろそろ暗くなってきたわね。今日はここまでにしようかしら。」
「ん、どうやら邪魔をしてしまったようだね。申し訳ない。」
「いいのよ。またね。」
そう言って去っていく魅羅の後ろ姿を厳しい表情で見送ったレイは何か決意した様子でその場を立ち去った。

 「ゆかりちゃん、鏡さんって知ってるよね?」
「はい、存じておりますよ。伊集院さんと一番親しいお友達ですね。」
レイは幼なじみの古式ゆかりの所へ魅羅の事に関する相談のために来ていた。レイの推測が当たっているかどうか確かめるためにはゆかりの力が必要だった。
「実は鏡さんが数日前から探し物をしているの。それだけなら別に問題ないんだけど、その場所がきらめき高校裏手のあの場所なの。」
「まあ、そうなんですか。それは気になりますねえ。」
言葉とは裏腹にのんびりした口調で相づちを打つゆかり。真剣に聞いていないように聞こえなくもないが、つきあいの長いレイはそのような疑念を一切抱かずに話を進める。
「十年ほど前に死亡事故があってから何度も幽霊が目撃されているし、もしかしたら何か関係があるかも知れないから念のため確かめて欲しいの。お願いしてもいい?」
「はい、かまいませんよ。それでは早速明日お会いしてみましょう。」
ゆかりの快諾を得たレイはほっとした様子で立ち上がった。
「ありがとう。手筈は私の方で整えるね。それじゃ、また明日。」

 翌日、レイは学校の廊下で偶然を装い魅羅に声を掛けた。
「やあ、鏡君。久しぶりだね。」
「え?あ、そ、そうね。」
実際には昨日会っているので久しぶりでもなんでもないのだが、事情が事情だけに無かったことにした方がいいだろうとレイが気を利かせた事に気付くのに少し時間を要した魅羅は少し詰まりながら返事を返した。そしてレイはさりげなくあたりに注意を払って声をひそめる。
「今日も探し物を続けるんだね?もし何か手助けが必要なら遠慮なく言ってくれたまえ。」
正直なところ魅羅にとってレイの申し出はありがたい物だったが、まさか何を探したらいいのか分からないが手伝ってくれなどと言うわけにもいかなかった。
「昨日も言ったけど大丈夫だから。それほど急ぐ必要もないし、多分その内見つかるわ。」
「そうか。それならいいんだ。でももし気が変わったらいつでもかまわないよ。」
「そうね。そのときはお願いするわ。」
「ああ、任せてくれたまえ。それでは・・・」
「あのー・・・」
話を終えてその場から立ち去ろうとするレイの背後から声が掛けられた。
「どわっ!だ、誰だ?いや、こんな現れ方をするのは一人しか居ない。」
そう言いながら振り返ったレイは自分に話しかけた人物の姿を確認した。
「古式ゆかり。やっぱりか。精神衛生に悪いからこう言うのは止めたまえ。で、一体何の用だね?」
「はい、たまたまここを通りかかりましたら伊集院さんをお見かけしましたのでご挨拶をと思いまして。」
ゆかりの返答を聞いて右手で顔を覆った状態で固まるレイ。呆気にとられてやりとりを眺めていた魅羅はしばらくしてやっとで我に返った。
「あ、それじゃ、私はもう行くから。」
そそくさと立ち去る魅羅を見送りながらレイはゆかりにささやいた。
「どう、何か感じた?」
「いいえ、何もおかしな所はございません。ただ・・・」
「?」
「何か隠しておいでのようですね。」
「・・・私もそう思う。」
二人は魅羅が視界から消えた後もしばらくその場にたたずんでいた。

捜索を始めて既に一週間以上過ぎていたが未だに何の手がかりもつかめないでいた。行き詰まりを感じた魅羅は動きを止めて周囲を見渡す。
「ふう。なかなか見つからないわね。本当にこのあたりにあるのかしら。」
もしかしたらとっくに何者かに持ち去られているのではないか?あるいは踏みつけられ、腐食して持ち主同様この世から消え去っているのではないか?等と言った疑念が次々と浮かんでくる。ついつい悪い方に考えが行ってあきらめそうになるのを必死になってうち消す。
「駄目駄目、こんな事じゃ。絶対見つけるってあの子と約束したんだから。」
そうつぶやいてから魅羅は不思議な事に気付いた。少女の顔がどうしても思い出せない。潰れた方の印象が強烈だったからだろうと思ったが、何か釈然としない物が残った。
「いつまでも考えていたって探し物は見つからないわね。さあ、始めましょう。」
自らに言い聞かせるようにして行動を再開しようとした魅羅は明らかに自分をめざして歩いてくる二つの人影に気付いた。
「伊集院君。それに古式さん・・・だったわね?一体何の用かしら?」
「いや、約束を破って悪いとは思っているが役に立てるかも知れないのでね。」
いささか憮然とした面持ちで棘のある言葉を吐く魅羅をなだめるようにレイが話を切り出す。
「この近辺で落としたはずの物がいくら探しても見つからない。これは一体どういうことだろうね?」
「さあ・・・?」
レイの真意を測りかねて何と答えたらいいか分からない魅羅。それを予想していたかのようにレイの話は続く。
「考えられる事態は二つ。目的の物は既にこの場に無いか、あるいはまだ探していない場所にあるか。」
話し終えたレイの視線の先には塀がそびえ立っていた。
「塀の内側・・・そう言いたいの?」
「おそらく現時点では最も可能性が高い。」
確かにこのまま延々と同じ場所を探し続けるよりは目がありそうだった。早速該当する場所に移動して捜索を開始する。しばらくしてそれは発見された。ウサギの顔をかたどった髪飾り。十年の歳月を経てすっかり色あせていたが、特に目立った破損は無かった。
「見つかったようですねえ。」
「ああ。おそらくはね飛ばされた衝撃で体を離れて、これだけが塀を越えたんだろうね。」
こういう結果になる可能性も十分考えられたため、見つかった物に対してはそれほど意外に思わなかったが、それに続く魅羅の反応はレイとゆかりの予想外だった。魅羅は呆然と髪飾りを眺めていたが、瞳から糸を引くように涙が流れ出した。それをきっかけに感情を制御できなくなった魅羅は髪飾りを包み込むように握りしめた両手を胸元に引き寄せて泣きじゃくり始めた。何事が起こったのか分からず駆け寄った二人の耳に魅羅の声が届いた。
「美佳ちゃん・・・美佳ちゃん・・・」

 魅羅は美佳と大の仲良しだった。字は全然違うが名前の読みがよく似ていると言うのが理由の一つだった。その日、いつものように遊び場所に出かけた魅羅は途中で人だかりができているのを見かけた。何気なくそちらを見ると大きな塀に黒ずんだしみが広がっている。何か見てはいけない物を見たような気がして慌てて視線をそらす。やがて目的の場所に着いたがいくら待っても美佳は現れなかった。家の方へ行ってみようかとも思ったがもう遅くなったので帰ることにした。翌朝朝礼があったが内容は覚えていない。気が付いたら保健室に寝かされていた。こんな事はこの時が初めてで、その後も一度もなかった。それ以来美佳の姿を見かけることはなかった。家の都合で連絡する間もなく引っ越したのだろう。魅羅はそう思うことにした。そしてウサギの髪飾りを付けた少女の記憶は不自然なほど急速に魅羅から消え去っていった。

 一向に泣きやむ様子がない魅羅から少し離れてレイとゆかりは事件の真相について話し合っていた。
「あそこで死んだ女の子は鏡さんの友達だったみたいね。」
「そうですねえ。幸い私はそう言う立場になったことはございませんが、とてもつらい事だと思います。」
少しの間何か考えていたレイは魅羅に歩み寄ると声を掛けた。
「鏡君、君はよくやった。もうこれ以上つらい目にあう必要はない。後は僕に任せて・・・」
そこまで言ったところで腕を軽く掴まれ、そちらを見るとゆかりがゆっくり首を左右に振って見せた。ゆかりはそのまま魅羅のそばに寄って両肩に手を置くと言い聞かせるように話し始めた。
「美佳さんが待っていますよ。落とし物を届けてあげましょう。」
「・・・」
魅羅はゆかりの言葉に反応を見せず肩を震わせ続ける。しかしゆかりはそれを気にすることなく話し続ける。
「美佳さんもこれでゆっくり休めますね。早く渡してあげましょう・・・あなたの手で。」
それを聞いて魅羅は顔を上げ、ゆかりの方へ向き直る。
「では、まいりましょう。」
「うん・・・うん。」
ゆかりに促されてうなずいた魅羅は立ち上がるとその場を後にした。

 あの日それとは知らずに再会を果たした場所、そして十年前に一人の命と引き替えに一つの伝説が生まれた場所。今夜伝説が幕を閉じる場所にするために魅羅はここを訪れた。ちょうど美佳に出会った場所に立った魅羅は緊張のため震える声で呼びかける。
「美佳ちゃん、見つかったよ。見つかったんだよ・・・探し物。」
程なく前方に人影が現れ歩み寄ってくる。その顔を一目見て思わず息をのむレイ。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。大事なところで雰囲気をぶちこわすわけにも行かないからね。」
レイは顔面蒼白になりつつも心配そうなゆかりの問いに気丈に答えてみせる。そして二人は眼前で始まった「儀式」に注目した。
「はい、これ。」
魅羅が差し出した物を一目見てぱっと表情を輝かせた美佳は魅羅のそばに駆け寄ってそれを受け取りうれしそうに握りしめる。同時に美佳の怪我が見る見るうちに治り始め、数秒後には外見上の異常は消え失せていた。魅羅の記憶に鮮やかによみがえった美佳の顔と目の前の顔は寸分違わず同じ物だった。
「あれは・・・?」
「生前から引きずった物が大きいと死後の姿に色々な形で現れることがよくあります。美佳さんは突然の事故でお亡くなりになって、大切な物をなくされたのがよほど心残りだったのでしょう。」
やがて美佳は魅羅の顔を見上げて微笑んだ。
「ありがとう。」
その時魅羅の中に一つの衝動がわき起こった。ー自分は告白しなくてはならない、十年間の罪を。
「美佳ちゃん、あのね、私・・・私、魅羅なんだよ。」
「うん、分かってるよ。友達だもん。」
その言葉が魅羅の中の罪の意識を一層責め立てた。美佳の死という事実を何とか否定しようと逃げ回ったあげく、美佳の存在自体を強引に記憶から消し去った罪。自分の事をきれいさっぱり忘れて平然と日々を過ごす魅羅を見て美佳はどう思っただろうか。
「わ、私、美佳ちゃんのこと・・・」
「魅羅ちゃん。」
魅羅の告白を遮るように美佳が話しかけてきた。
「私ね、うれしかったよ。魅羅ちゃんが毎日必死で探してくれて、そして今日これを見つけてきてくれて。私、魅羅ちゃんと友達で本当によかった。」
そう言って髪飾りを見つめていた美佳はそれをあるべき場所に付けるとおどけてポーズを取って見せた。
「どう、似合う?」
「もちろん。とっても似合ってるよ。」
「ま、モデルがいいと何でも似合って見えるよね。」
美佳の軽口を聞いて思わず吹き出す三人。途端に口をとがらせる美佳。
「なによぉ、すっごく失礼じゃない?その態度。」
「ごめんね。でもあんまり自信たっぷりだからなんだかおかしくなっちゃって・・・うふふ・・・」
美佳は弁解しながら必死で笑いをこらえる魅羅を見て安心したような笑顔を浮かべた。
「まあいいか。・・・さあ、そろそろ行かなくちゃ。」
魅羅はそれを聞いて一瞬悲しそうな表情を浮かべたが、美佳の心遣いを無にしないために精一杯明るく振る舞った。
「そうね。長い間道草食ってたから急がないと。」
「うん。じゃ、またね。」
「またね。」
さようならは言わない、たとえこれが永遠の別れだとしても。二人は十年前に幾度となく繰り返された挨拶を交わし、美佳は夜の闇にとけ込むようにその姿を消した。
「終わりましたね。」
「ええ、そうね。」
美佳の消えた後を見つめたまま振り返ることなくゆかりの呼びかけに答える魅羅。
「では、私達はこれで失礼いたします。」
「・・・古式さん。」
魅羅はレイと共にその場を去ろうとしたゆかりを呼び止めた。
「あなたに言われてここに来て、美佳ちゃんと会えて本当によかった。もしあのまま逃げ出していたら一生後悔していたわ。伊集院君にも助けてもらったし、二人ともありがとう。」
「友人としての義務を果たしただけだ。礼には及ばんよ。では、そろそろ失礼するよ。」
魅羅は二人が去った後もしばらくその場にたたずんでいた。

 その日の夜、弟たちが寝静まってからこっそり起き出した魅羅は小物入れを持って家の外へ出た。月明かりの下で小物入れのふたを開けた魅羅が中から取り出したのは、美佳の物とそっくりの髪飾りだった。
「美佳ちゃん。自分のことで私が泣くの嫌なんだよね?明日からは大丈夫だから・・・だから・・・今夜・・・だけ・・・」
後はもう言葉にならなかった。魅羅は髪飾りを握りしめ、懸命に声を押し殺して肩を震わせ続けた。

   「みかちゃん、みかちゃん」
     「どうしたの、みらちゃん?」
                     「はい、これ。」
                       「わあ・・・かわいい・・・」
                                  「ふたつあるから、ひとつづつつけよう。」
                                    「うん、ありがとう。」

                      「ずうっと、たいせつにするね。」