もしも美樹原愛に勇気がなかったら・・・?

 伝説の樹の根元に佇む美樹原愛の表情には不安げな様子が見て取れた。
「大丈夫かな?分かりやすい所に置いたと思うけど、気付いてくれるかな?来て・・・くれるかな?」
愛の不安を打ち消すように校舎からこちらを目指して走ってくる人影が見えた。それを見た愛は顔を輝かせたが、すぐに新たな不安に襲われとっさに樹の裏に隠れた。
「来てくれたけど、待ってるのは誰だと思ってるんだろう?私じゃだめかも・・・もし、そうなら・・・ああ、どうしよう。」
愛がわき上がる不安を押さえきれないでいる間にこちらに近づく足音は次第に大きくなり、樹の根元で止まった。そしてまるでなにかに誘われるようにふらふらした足取りで愛が樹の裏から歩み出る。
「あの、来て・・・くれたんですね?」
「美樹原さん・・・」
「あの、わ、私・・・あの、その・・・」
何とか諭に自分の想いを伝えようと焦れば焦るほど言葉が出ない。愛の緊張が極限まで高まったとき異変が起きた。
「きゃっ!」
短い悲鳴とともに諭の目の前から愛の姿がかき消されるように消え去った。
「えっ?美、美樹原さんが・・・消えた?」
事態の異常さに呆然とその場に立ちつくす諭。
「・・・はっ!」
背後から聞こえた声に振り向くとそこに愛が立ち尽くしていた。それは僅かな時間で移動できる距離ではない。
「美樹・・・」
「きゃっ!」
諭が声をかけようとするとそれに反応するかのようにまた愛の姿が消え、その後は消えては現れる愛を諭が捜し求める奇妙なモグラ叩き状態が始まった。
「・・・はっ!」
「正面?いや、左か!」
「きゃっ!」
初めの内は出現位置の予測が上手くいかなかったが、次第に的中率が上がってきた。
「・・・はっ!」
「・・・見える!」
「きゃっ!」
そして何度目かの愛の消失の直後、諭の直感はただ一点を示していた。
「そこかあーっ!」
自分の真上を見上げる諭。その指し示した指先の延長上に確かに愛は居た。
「・・・」
自分と諭との位置関係に気付いて放心状態に陥る愛。フォローのしようが無くて困り果てる諭。辺りに気まずい空気が漂う。
「きゃああーっ!」
突然悲鳴を上げてスカートを押さえる愛。途端に再び重力の支配下に置かれ落ちてくる。逃げるわけにもいかず、受け止めようと待ちかまえる諭。
どす。
愛が小柄で位置もそんなに高くなかったのは幸いだったが、それでも結構強い衝撃を和らげるために、最終的に地面に転がる諭の上に愛がへたり込む形となった。
「いてて・・・美樹原さん、大丈夫?」
諭に声をかけられて我に返った愛は、諭の上に乗っかっているのに気付いてあわてて立ち上がった。
「あ、あの、大丈夫です。すみません。」
「そう?見たところ異常無さそうだし、よかったよ。」
諭はそういって立ち上がると服に付いた土埃を払いながら愛の言葉を待った。
「あの、わたし・・・その・・・」
愛はなんとか話をしようと試みたが、突然表情を崩して涙を溢れさせながら走り去ろうとした。すかさず愛の手首をつかんで引き留める諭。愛がパニックを引き起こす前に素早く正面に回り、愛の両肩に軽く手を置いて穏やかに話しかける。
「逃げなくてもいいよ。別に美樹原さんのこと悪く思ったりしないから。だから落ち着いて。」
諭はうつむいて泣きじゃくる愛が落ち着きを取り戻すまでそのまま待ち続けた。なんとか話が出来るようになった愛がぽつりぽつりと自分の過去をうち明け始める。小さい頃から時間を止めたり空中に浮かんだり出来た事、能力が周囲にばれることを恐れた両親により小学校入学まで軟禁状態にされていた事、たまたま能力が発動したところを見られた同級生に化け物呼ばわりされた事・・・。それらの幼時体験が愛の性格形成に多大な影響を与えたと見てほぼ間違いないだろう。
「なるほどね、そんなことがあったんだ。まあ、人によってはそういうの嫌ったりするかもね。」
愛の話が大したこと無いような口振りでそう言うと諭は話を続けた。
「詩織はどうかなあ。割と大雑把な所があるから大丈夫なような気もするけど・・・」
「詩織ちゃんは知っています。」
愛の話では車にひかれそうになった子猫を助けるために能力を使った所を詩織に目撃されたらしい。
「詩織ちゃん、その時私にすごいなあ、うらやましいなあ・・・って。それがきっかけでお友達になったんです。」
「ま、そんなもんだろうな。あいつらしいよ、脳天気で。」
諭はいかにも面白そうにそう言った。一呼吸置いて愛は話を再開した。
「私、詩織ちゃんには本当に感謝してるんです。今日ここに来ることが出来たのも詩織ちゃんが励ましてくれたおかげなんです。」
「へえ、そうだったんだ。」
意外な真相に軽い驚きを見せる諭。
「はい。諭は超が3つ位つく鈍感だから秘密がばれるわけがない、大丈夫だって・・・あ、あの、その、ご、ごめんなさい!」
自分がとんでもないことを言っていたのに気付いてうろたえながら平謝りする愛。なんとかそれに笑顔で答えようとする諭だがひきつったそれはかえって歯をむき出して怒っているように見えた。
「気にしなくてもいいって。詩織がそう言ったんだろ?美樹原さんは悪くないよ。」
そう言いながら諭は心中ひそかに詩織に対する復讐の誓いを立てていた。

 「あーっ!」
ばしゃっ。
「た、大変。こぼしちゃった。拭かなくちゃ。えーと、雑巾、雑巾・・・」
がたがた・・・ばたん。
「あ!お、落ちちゃう。おさえ・・・あ、あ・・・きゃーっ!」
ばたーん。がちゃん、ごろごろ・・・
「ああっ、手遅れか・・・。」
最初の一声を聞いて諭が駆けつけた時、既に破滅の嵐は過ぎ去っていた。残骸の中に座り込んだ愛が申し訳なさそうにしている。
「はあ・・・後片付けは俺がやるからメグは向こうで休んでな。」
諭にそう言われて愛はすごすごと隣の部屋へ向かった。愛は結構そそっかしくてよく失敗をする。もっともそれ程ひどい失敗は滅多にしないのだが、一端始まると歯止めが利かなくなる。簡単に片付けを済ませて諭が部屋へ向かうと愛は膝を抱えてしゅんとしていた。諭はゆっくり歩み寄ると愛の頭に手を伸ばして髪をくしゃくしゃにする。
「ほら、落ち込んでないで。元気にいこうよ。」
「でも、私がドジだから迷惑かけてばっかりで・・・。」
愛の言葉の途中に諭が強引に割り込む。
「迷惑かどうかは俺が決める。」
一息ついて諭は言葉を続けた。
「俺は迷惑だなんて思っちゃいない。メグと一緒に居られるならこの位全然気になりゃしないよ。」
愛の隣に腰を下ろす諭。しばらく沈黙が続いた後諭がぼそっとつぶやく。
「これからもさ・・・ずっと一緒に居たいな・・・」
「・・・はい・・・」
そう答える愛の声は心なしか震えているようだった。