悠久の微笑
 (何か変だなぁ。)
俺は何ともいえない違和感を感じていた。
下校時に校門で古式さんと会い、他愛もない会話の後
二人で家路につく。いつもと同じ行動の繰り返しの筈
なのにどこかが違っていた。
「あのぉ、じつはおはなしがあるのですが。」
俺が違和感の理由について考え込んでいる最中に
古式さんが話しかけてきた。その声を聞いた瞬間俺は
違和感の原因が他ならぬ古式さんである事に気付いた。

 古式さんを良く知る者に彼女の特徴を尋ねれば、
人並み外れてのんびりしている点が真っ先に
挙げられるに違いない。そして大抵こう続く。
「でも、慣れるとなんかこう落ち着くんだよね。」
確かに古式さんは周囲の人間に安らぎを与える
独特の雰囲気を持っている。しかし今は彼女の精神の
緊張がそれを打ち消しているのが声を通して伝わってきた。
「うん、いいけど。」
俺はできるだけさりげなく対応しながら内心では身構えた。
あの古式さんがここまで思い詰めているのだからかなり
重要な話に違いない。しかしその内容は俺に想像できる
範囲を遙かに超えていた。
「もうしわけありませんが、わたくしたちはおわかれしなくては
なりません。」
俺は簡潔な、そして衝撃的な宣言を平然と聞いていた。
いや、彼女の言葉は耳に入っていたが聞いてはいなかった。
暫くしてから聞き返してみた。
「今、何て言ったの?」
「おわかれです。わたくしたちは出会うべきではなかった
のです。」
「どうしたんだよ、いきなり?何か気に入らない事でも
あったの?俺に悪い事があるなら言ってくれれば
いいんだ。」
そう言いながらも俺には分かっていた。古式さんがそんな
つまらない理由でいきなりこんな話を持ち出す訳が無い事を。
「いいえ、あなたはわたくしにとても良くしてくださいました。
こころよりかんしゃしております。ただ、わたくしはそれに
おこたえできるたちばにありませんので・・・」
「社長令嬢だから?自分の意志で行動できないって事?」
「いえ、そうではなくてわたくしこの世のものではありませんので
・・・あら?」
古式さんは突拍子もないことを言いかけて思わず口を押さえた。
「え、それってどういう事?どっから見ても幽霊には見えないよ。」
俺が間抜けな受け答えをしている間になにやら考え込んでいた
古式さんはやがて覚悟を決めたらしく口を開いた。
「しかたありませんねぇ。ほんとうのことをおはなししましょう。
そつぎょうしきの日、そのしたでおんなのこからこくはくして
むすばれたふたりはえいえんにしあわせになれるといわれる
でんせつの樹・・・それがわたくしです。」

 俺が何と答えたらいいのかとまどっているのを見て、
古式さんはにっこり笑いながら
「じょうだんですよ・・・おどろきましたか?」
と言う・・・そんな展開を期待していた。しかし予想通りになったのは
残念ながら彼女の台詞の後半だけだった。
「いや、宇宙人だろうが伝説の樹だろうが古式さんは古式さんだ。
関係ないよ。」
「そういっていただけるとうれしいのですが、こまるのです。」
そう言った古式さんの表情は本当に困っていると言った感じだった。
「わたくしはいままでこうていのかたすみでこいびとたちを
みまもってまいりましたが、がっこうのそとまではわたくしの目は
とどきません。そこで人のすがたをかりてそとのせかいを
のぞいてみようとおもいたちまして、こしきゆかりとしてみなさまの
まえにあらわれたのです。」
一端言葉を切った古式さんが俺に視線を送ってきた。
俺が先を促すようにうなずくのを見て彼女は再び話し始めた。
「はじめのうちはもんだいありませんでした。しかしやがてこまった
ことがおこりました。あなたがわたくしのまえにあらわれたのです。」
そこで古式さんの声が途切れ、迷っているような表情が現れたが、
すぐに話が再開された。
「あなたにはわたくしのことをたいへん気にいっていただけました
ごようすで、いろいろなところへさそっていただいたり、けっこうな
ものをおくっていただいたりしました。ほんとうにたのしかったです。
じぶんのやくめをわすれてしまうほどに・・・」
これで突然の別れ話の理由が分かった。古式さんは伝説の樹に
戻るつもりだ。自分の使命を果たすために。
「でも、おかしいですねぇ。とのがたの目をひかないすがたに
したつもりなのですけど。あなたはわたくしのどこが気にいられた
のですか?」
突然話題が変わった。俺はいきなりの質問に面食らって、思わず
本音を口にしていた。
「そんなことないって。ぱっと見は地味かもしれないけど、
すごく可愛いよ。特に笑ってる時ははっきり言って他の誰にも
負けないと思う。」
「そうですか、ありがとうございます。」
そう言って古式さんは最高の笑顔を見せてくれた。そしてその姿が
次第に薄れてゆく。
「それではおわかれです。ごきげんよう・・・」
(いや、それは違うよ。だって古式さんにはいつでも会えるから。)
何か気が遠くなるような感覚の中で俺は古式さんにそう答えていた。

 「今日でいよいよここともお別れか。」
卒業式を終えて教室に向かいながら俺はそうつぶやいた。
「結構平凡な高校生活だったな。少し他人と変わった所が
あるとすれば・・・あれかな。」
視線の先には校庭の外れの伝説の樹があった。ある時を境に
急に何か失ったような気分にとりつかれたが、伝説の樹のそばに
行くと何故かそれが収まった。昼休みに樹の根本で眠っていると、
まるで恋人に膝枕をしてもらっているような幸せな気持ちになれた。

 教室について帰り支度をしようとすると机の中に手紙が入っていた。
文面は・・・
「伝説の樹の下で待っています。」
俺は猛然と教室を飛び出した。なくしたものを取り戻せるかもしれない、
そう考えるといてもたってもいられなかった。

 伝説の樹の下にたどり着いた時、そこに一人の女の子が待っていた。
生憎彼女は俺の期待に応えてくれそうにはなかった。彼女の告白を
聞きながら、俺は覚悟を決めた。
(断るしかないな。できれば彼女の気持ちに応えたい。でも今の
気持ちを引きずったままじゃ絶対彼女を傷つけてしまう。)
告白が終わってそれに答えようとした時、風が伝説の樹の枝葉の間
を吹き抜けていった。
(よかったですねぇ)
こんな事を言っても誰も信じないだろう。しかし、確かにあの時俺の
耳に何ともいえない懐かしさを感じさせる声が響いた。その瞬間
俺は自分がどうすればいいかはっきりと分かった。
「実は、俺も君の事が・・・」

 二人で連れ立ってそこから立ち去る時、俺は一度だけ振り返って
伝説の樹を見た。
(ありがとう)
(いいえ、どういたしまして)
記憶の中の誰かがそう言って優しく微笑んだ、そんな気がした。

後書き
 「実は古式さんって、伝説の樹の化身だったりして。」
そんなとんでもない思い付きを本気でストーリーにしてしまいました。
もしそうなら結構古風な所や、異常な程のんびりした所も納得できる
ような気が。ちなみに古式さんの台詞がほとんどひらがなばかり
なのはあの独特のしゃべりを自分流で表現してみた結果です。
 一応真面目な話なのに二カ所ほど遊んでしまいました。どちらの
元ネタも結構有名なので分かる人にはすぐ分かると思います。