CROSS TALK

RRRRR・・・・
「はい、陣館ですが。」
「・・・・・」
陣館諭は「取り上げてくれ」と自己主張を始めた受話器の要求を受け入れ、速やかに応対を開始したが、その耳には雑音が響くばかりだった。
「もしもし、もしもし・・・おかしいなあ、どこか故障でもしたかな?」
諭は受話器を置こうとしたが、かすかに何か聞こえたような気がして再び受話器を耳に押し当てた。よく聞くと雑音に混じってかすかに泣き声のようなものが聞こえる。
「もしもし、一体何が・・・」
「・・・ごめんなさい。」
諭が何とか事情を確かめようとした矢先、か細い声が聞こえてきた。どうやら幼い女の子らしいその声の主は涙声で何度も繰り返し謝っていたが、その声は次第に雑音の中に埋もれていき、聞こえなくなるとほぼ同時に回線が切断された。
「・・・何だったんだ、今のは?」
諭は受話器を置きながらつぶやいた。女の子が泣きながら謝り続けるという通話内容も異常だが、それを聞くはめになったのはどこか不自然さを感じさせる混線のせいだった。そしてもう一つ諭にとって気になることがあった。電話が切れる直前に本来の通話相手が何か話していたようなのだが雑音がひどくて何を言っているのかよく分からなかった。
「あれが聞き取れたら少しは事情も分かったかもしれないんだけど・・・ま、子供とはいえ人のプライバシーに首を突っ込むのは良くないか。」
諭は何とか自分自身を納得させて今回の事を忘れようとしたが、あの声は当分耳から離れそうになかった。

 その少女はパジャマ姿で椅子に掛けてガラス戸越しに外の風景を眺めていた。おそらくまだ五、六歳くらいと思われたがその無表情な顔から年相応の生気は感じられなかった。部屋の外に広がる自然豊かな景色は少女の瞳に映っていたが、その心に映し出されてはいなかった。もっとはっきり言えば少女の心はそれらを受け入れることを拒絶していた。自分と外の世界を隔てる物は一枚のガラスだけでは無いという事実が彼女の心にも強固な障壁を造り上げていた。
「・・・・・」
少女はただ静かに流れる時を眺め続けていたが、視界の隅に何かうごめく物があるのに気付いた。どこから来たのか自分と同い年くらいの少年がガラス戸の向こうからこちらの様子を窺っていた。少女は珍しい侵入者に対しても全く関心を示さなかったが、少年が戸を開けようとして音を立て始めるに及んで煩わしさから逃れるためにロックを解除した。
「おー、あいたあいた。」
戸が開いて歓声を上げる少年に対して少女はその表情同様感情のこもっていない声で問いかけた。
「・・・ようは、なに?」
「え?いや、とくにこれといってねーぞ。」
少年にしてみれば暇を持て余していたところにちょうど同年代の子供を見かけたので立ち寄っただけであり、何か意図があって訪問したわけではなかった。
「そう。じゃあさよなら。」
そう言ってあっさり戸を閉めようとする少女を慌てて押しとどめる少年。
「ちょ、ちょっとまてって。えーと、そうだ、こんなてんきがいいのになんでそとにでねーんだ?」
そう聞かれた瞬間少女の瞳にかすかに感情の動きが見られたが、はっきり表に出る事は無かった。
「・・・びょうきなの。」
「あ、そ、そうか。じゃあしかたねーよな。まあ、はやいことなおして・・・」
何とか気まずい雰囲気に陥るのを回避しようと懸命な少年の努力をあざ笑うかのように少女の言葉が追い打ちをかけた。
「だめなの。なおってもすぐわるくなるの。」
その言葉の持つ重みは子供心にも理解できた。少年は何か言おうと思ったが、どんな言葉を掛けて良いのかさっぱり思いつかなかった。
「そうか。たいへんだな。」
結局そんな事位しか言えず、その後は重苦しい沈黙が続いた。
「もう、いい?」
そろそろ陽も傾き始め、少女は形ばかりの問いかけの後返答を待たず戸を閉めようとした。
「あ・・・」
それに反応して何か言いかけた少年を無表情の少女が手を止めて見つめる。
「あ、あのさ。いちにちずーっとひとりでそとながめてんのもひまだろ?だからさ、おれ、あしたもくるからさ。いいだろ?」
「・・・」
表面上は何の反応も示さなかった少女だが、こんな状況は今まで経験した事が無いため内心ではどう答えたらいいのか分からずとまどっていた。
「じゃあな、またな!」
とりあえず拒絶の意志が無いと見なした少年はそう言って駆けだし、ある程度離れたところで一端立ち止まり、振り返って上げた腕を思い切りぶんぶん振り回すと走り去って行った。少年の姿がすっかり視界から消え失せた後もしばらくの間少女は動きを止めてそちらの方を眺めていた。

妙な電話から数日たって、代わり映えのしない日々を過ごしていた諭だったが、あの日の出来事はまだ多少気にかかっていた。しかし当事者との接点を一切持たないのだからどうしようもないというのが現状だった。関わりようがない物をいつまでも気に掛けても仕方ないと割り切った諭は気分転換も兼ねて古式ゆかりに電話を掛けることにした。
「はい、こしきですけど。」
都合良くゆかり本人が応対に出たため、諭は早速用件を切り出した。
「あ、もしもし。陣館ですけど、今度の日曜日、暇かな?」
「あいにくそのひはほかのかたとおやくそくしておりますので。」
ゆかりは申し訳なさそうに答えたが、いつもと違い予定を調べもしないでの即答だった。
「もうしわけございません。ぜひごいっしょしたかったのですけど。」
「いや、先約があるなら仕方ないね。それによほど大事な約束みたいだし。」
それに答えるゆかりの声は諭の推測を裏付けるように弾んでいた。
「はい、わたくしにとってそれはそれはたいせつなかたとのやくそくです。」
「ふーん、そうなんだ。よかったね。」
ゆかりの様子や「大切な方」と言う言い回しに何か引っかかる物を感じた諭は適当に相づちを打ちながらそのことについて詳しく聞いてみようかどうか考えていた。思い切って色々尋ねてみようかとも思ったが、いくらなんでもさすがにそれは問題があると思い直し、軽くふれる程度でとどめることにした。
「じゃあ、日曜日が待ち遠しくて仕方ないね。」
「はあ・・・そうですねえ。」
諭の予想に反し、今度のゆかりの声は一転して元気の無いものだった。どちらかと言えばむしろ何か不安を抱えていると言った感じで、とても楽しみにしている予定があるとは思えなかった。
「・・・?あの、古式さん、どうかしたの?いきなり落ち込んじゃったみたいだけど。」
「は?いえ、そのようなことは・・・。ではそろそろしつれいいたします。」
諭はゆかりのあまりに不自然な態度に釈然としない物を感じていたが、今日の所は一旦ここまでにする事にして受話器を置いた。

 こんこん。
いつもの訪問客が合図を送るのに応じて少女はガラス戸を開けた。
「よー、まったか?」
ここ数日ですっかりおなじみになった少年の挨拶に対して無言で首を横に振って答える少女。その態度は一見この来客を快く思っていないかのようだったが、それが楽しみになりかけているのを悟られまいとして意図的に頑なな態度をとっていると言うのが実際の所だった。そのあたりの事情を知らない少年は何とか少女を喜ばせようと知恵を絞り、少女は感情を表に出すことに対する抵抗感のためなかなか無表情の仮面を脱ぎ捨てようとしない。そんな奇妙な意地の張り合いがさらに何日か続いたある日、状況が劇的に変化を見せた。少年がいつものように挨拶を済ませて少女の方を見ると、少女の様子が普段とはあからさまに違っていた。何とかいつもと同じ態度を保とうと、何か言いたくてうずうずしているのを必死でこらえているのが少年にも一目で分かった。それが一体何なのか気になって尋ねてみようと思った少年だったが、ふといたずら心が頭をもたげて、少女の方がこらえきれなくなるまでじらすことにした。
「さいきんあついよなー。」
「・・・」
「こんなひはさ、よくひやしたすいかなんかがうまいんだよな。」
時間をできるだけ稼ごうと天気の話から始めてありったけの話題を持ち出したが、思ったほど間が持たなかった。
「えーと、あとなにかなかったかな?うーんと・・・」
次のネタをひねり出そうと考え込みながら少年がさりげなく様子を窺うと、少女はまっすぐこちらを見ていたが、その瞳に涙がたまり始め、瞬く間にあふれ出した。
「わっ!どうした、だいじょうぶか?どっかいたいのか?」
突然の事態にあわてふためいた少年はうろたえながら少女に声を掛ける。少女はそこで我に返ったように涙を拭ってしゃくり上げながら話し始めた。
「ううん、な、なんでもないの。た、ただ・・・おいしゃさまが、だいぶんよくなったって・・・もしかしたらげんきになれるかも・・・だから・・・」
少女は少年に早くそのことを伝えたかったのだがきっかけが掴めず、なかなか話し出せない歯がゆさが涙となって表に出たらしい。
「ほんとか?よかったな!」
少女の話を聞いて大喜びの少年。それを見た少女はさらに涙をあふれさせる。
「なんだよ、なんでそんなになくんだ?うれしくないのか?」
少女の様子を見て不思議そうに尋ねる少年。少女は泣きじゃくりながらとぎれとぎれに答える。
「わからない・・・わからないの。とてもうれしい・・・うれしいのに・・・」
少女が落ち着きを取り戻した頃、夕日はすでにその姿をほとんど隠していた。
「そろそろやべーな・・・おまえ、だいじょうぶか?」
「うん、もうへいき。」
「ならいいけどな。じゃ、おれもうかえるぞ。」
まだ少し心配なのかちらちらと少女の方を振り返りながら帰ろうとした少年だったが、突然少女の所に駆け戻ってきた。
「なあ、もしげんきになったさ。」
「・・・?」
「ほたるでもみにいかねーか?いいばしょしってんだ。」
それを聞いた少女の目から再び大粒の涙があふれ出す。
「・・・うん・・・うん・・・」
泣きながら何度もうなずく少女を前にして、少年はどうしたらいいか分からず途方に暮れる他無かった。

 「・・・と言うわけで、何か聞いてないかな?」
「何で私に聞くのかな。ゆかりのプライベートの事なら朝日奈さんの方が知ってそうだと思うけど?」
当てが外れた日曜日。どうもゆかりの「大切な方」の事が気になって仕方がなかった諭は思い切って部活でのゆかりのパートナーの星野翔子を呼び出して話を聞くことにした。
「いや、朝日奈さんにはちょっと聞きづらいんだよね。こういった相談できる程には仲良くなってないし。」
「まあ、そう言うこともあるかもね。とにかく私は何も知らないからあきらめたら?」
翔子の返答を聞いてがっくり肩を落とす諭。これで終わりにするか、勝負に出て朝日奈夕子に話を聞いてみるか・・・。決めかねている諭の耳に聞き慣れた声が飛び込んできた。
「見つけたぞ。」
諭が声の方へ振り向くと友人の渡雲丞がゆっくりこちらに歩いて来ていた。その表情は明らかに渡雲がかなり怒っていることを示していた。
「わあっ、ご、ごめんなさい!」
渡雲の放つ殺気に気圧されて訳も分からず謝る諭。それを無視して翔子の方へ向かった渡雲は翔子の目の前にぐいっと手のひらを上に向けた右腕を突き出す。
「この前貸した昼飯代、きっちり返せ。」
「はあ?」
高まった緊張感を一気に逆落としさせる一言。それを聞いて思わず間抜けな一声を上げる諭を後目に押し問答が始まった。
「え、な、何の事かな?」
「とぼけるな。あの日財布を忘れたから昼飯食えないって泣きついてきたのはどこのどいつだ?」
「えーと、そ、そうね。そんなこともあったかな。」
しばらくそんな感じでやりとりが続いたが、このままではきりがないと見切りを付けた渡雲は強硬手段に訴えることにした。
「いいからさっさとよこせ。」
「え?い、いや、やめてえ!」
「どこに隠した。ここか?」
「あ、やだ、そんなとこ、だめええ!」
めき。
何か声だけ聞いているとすごい展開が始まってすぐに翔子の怒りの一撃が炸裂した。
「もう、勝手に人のカバンの中引っかき回さないでよ!」
「だからって・・・腰の入った・・・正拳突きを・・・」
息も絶え絶えに床に横たわる渡雲を見てさすがに悪いと思ったのか翔子の口調がしおらしくなる。
「ん、ちょっとやりすぎちゃったかな。でもやっぱりこういう事されるとつい・・・ね?」
「ね?じゃないだろ。だいたい7月中には返すって話じゃなかったのか?もう8月になってるんだけどな。」
「それは、その・・・あ、あれはね、今年の、って訳じゃなかったの。」
「あのなあ・・・」
翔子の苦し紛れの言い訳を聞いてあきれ果てる渡雲。その時諭の脳裏にあの夜の電話の中で雑音に紛れて聞き取れなかった言葉が鮮明に浮かび上がってきた。
「きにすんなよ。べつにことしだとはだれもいってねーんだから。」
それが決め手となって、諭の前に今回の出来事の全貌がはっきりと姿を現した。
「分かったあ!」
いきなり絶叫して走り出した諭を唖然として見送る二人。何が起こったのか分かるはずもなく、顔を見合わせるしかなかった。
「どうしたんだ?あいつ。」
「さあ・・・」

 少女の体調は順調に回復を続け、それに伴い感情表現が豊かになるなど精神面でも好転が見られた。逆に少年との交流によって精神面の改善がなされたからこそ体調が良くなったと見た方が正しいと思われるが、とにかく少女の健康状態はほぼ問題ない所まで来ていた。
「それにしても、おまえ、ずいぶんよくなったなー。」
「うん。」
二人で庭を散歩している途中で少年がしみじみと話し始めた。どことなく嬉しそうにうなずく少女。木陰に座って休憩しながら話は続く。
「はじめてあったときはげんきがないっていうか、たってあるくのもたいへんそうだったもんな。」
「うん。あのころはずーっとこのままだとおもってた。」
二人はまるで遠い昔のことのように話していたが、実際にはまだ二週間ほどの話だった。しかしそれはその間に起こった変化の激しさを示しているとも言えた。そのまま景色を眺めながらとりとめのない話を続ける内に長かった夏の一日も終わりを告げる時が来た。
「そろそろかな。じゃ、またな。」
少年はそう言って立ち去ろうとしたが、引っ張られる感じがして振り返ると少女が服の裾を掴んで訴えかけるような目つきでこちらを見上げている。
「なんだ、どうかしたか?」
「・・・あのね・・・ほたる・・・」
それを聞いて先日の事を思い出した少年は頭を掻きながら答えた。
「ああ、そういやそうだっけ。もうに、さんにちでみごろだから、あさってにいってみるか?」
「・・・うん!」
少女はぱっと顔を輝かせて返事をすると笑顔でつぶやいた。
「はやくあさってにならないかな。うふふ・・・」
その様子を見た少年が意外そうに話しかける。
「へえ、はじめてみるけど、おまえ、わらってたほうがずっとかんじいいな。」
「・・・そうなの?」
「ああ。だから、いつもそうやってわらってたほうがいいとおもう。」
「うん、そうする。」
一旦きょとんとした表情になった少女はそう言って再び笑顔に戻った。

 列車の座席に座っている諭は明らかに落ち着きのない様子で進行方向と時計を見比べていた。
「大丈夫、間に合うはずだ。」
自らの焦りを鎮めるためか、言い聞かせるようにつぶやく諭。あの電話と諭がどう関わっているのか、今回の件にゆかりは関係があるのか・・・。全ての答えがある場所目指して列車は進んでいった。

 約束の日を明日に控えて浮かれていたからかもしれない。少女は階段で足を踏み外して転落した。幸い命に別状は無かったものの、入院して治療を受ける必要があった。痛々しい包帯姿でベッドに横たわった少女は真剣な面持ちで母親に何か頼み事をしていた。娘の頼みを聞き入れた母親は少女を車椅子に乗せると電話のある場所まで連れて行き、どこかに電話を掛けると少女に受話器をそっと当てた。相手の声を聞いた途端にこらえきれなくなってあふれ出た涙が絶え間なく少女の頬を濡らし続ける。何を言えばいいのか分からずひたすら謝り続けていた少女は受話器から声が流れ出すと口をつぐんで相手の言葉に聞き入った。時折小さくうなずく。やがて通話が終わったことを母親に告げたとき、少女の涙は止まっていた。心配そうな母親に少女は力強く答える。
「わたしね、もうなかないの。だって、やくそくしたもの。」
先程まで泣いていた痕跡は残っているものの、少女は晴れやかな笑顔を浮かべていた。

 沈みかける夕日に追いつこうとしているかのように諭は走り続けた。限界まで酷使された筋肉や肺が悲鳴を上げ、心臓は抗議するように鼓膜に激しい鼓動を響かせる。
(うるさい、あと少しだ、もうすぐ好きなだけ休ませてやる。)
気ばかり焦って体は進まない現実に苛立つ諭の視界に夕日を背にした建物のシルエットが入ってきた。諭は残された力を振り絞って速度を上げる。次第に大きくなる建物の前に人影が見える。それが浴衣姿のゆかりだとはっきり分かる距離まで来たところで諭の足が止まる。
「つらだてさん・・・」
力尽きて立ちつくす諭を見つめるゆかりの瞳に感情の動きが見え隠れしている。
「ごめん。遅れちまった・・・」
あえぐようにやっとの思いでそう言った諭は、意識を失ってその場に倒れた。

 気がつくと少年は屋敷の庭に立っていた。ここはどこかの社長の別荘らしい。近くにある親戚の家に遊びに来ていた少年は何の気なしにここを見物に来て一人の少女と知り合った。ある日二人は蛍を見に行く約束をしたが少女が怪我をしたため行けなくなり、翌年の夏休み前に親戚が引っ越してしまったため少年がここへ来ることは二度と無かった。そんなことを思い出していたとき人の気配を感じた少年がそちらを見ると少女がこちらを見て微笑んでいた。しかしその姿は見る見るうちにぼやけていく。
「ごめんよ。おれ、おれ・・・!」
少女は泣きじゃくる少年に歩み寄ると包み込むように抱きしめた。
「ううん、いいの。またこうやってあえたんだもの。」

 「きがつかれたようですね。おかげんはいかがでしょう?」
諭が意識を取り戻したのを見てゆかりはほっとしたように声を掛けた。
「ああ、もう大丈夫。」
どうやら適切な処置を受けたおかげか気分爽快とまでは行かないもののそれほど調子は悪くなかった。諭は念のためゆっくり立ち上がるとゆかりに向かって手を差し出す。
「こちらはいつでもOK。そろそろ行こうか。」
「うふふ・・・。そうですねえ。では、まいりましょう。」
目的地に向かう途中に聞いた話では、ゆかりは初対面の時に諭があのときの少年ではないかと思ったのだが確信は持てないため確認するのは控えていたらしい。
「確かそろそろのはずだけど・・・」
ここで諭は不安におそわれた。十年以上前の自然が今も保たれているのか?殺風景なコンクリートの護岸になっているのでは?等と悪い事ばかり頭に浮かんでいたたまれない気分になった諭の眼前に広がった風景は・・・
「わあ・・・」
幸いこの辺りは開発の手が伸びておらず、水辺に集う光の粒が二人を出迎えた。
「きれいですねえ・・・」
無邪気に喜ぶゆかりの姿を見て今度は罪の意識におそわれる諭。いつ来るか分からない相手を何年も待ち続けたゆかり。それは自分が軽い気持ちで言った言葉に原因がある。
「古式さん、ごめん。俺があんな事・・・」
ゆかりの人差し指がすうっ、と伸びて諭の口に当てられる。
「わたくしはあやまっていただくようなことをされたおぼえはございませんよ。それより・・・」
ゆかりはそこでいつもの笑顔に戻る。
「せっかくですからもっとたのしみましょう。」
そして二人は静かに繰り広げられる光の宴を眺め続けた。

 後書き
 随分遅くなってしまいましたが、その分ボリュームは今までで最高の一本となりました。今回は意外な展開を狙ってみましたがどうだったでしょうか。渡雲と翔子の「どつき漫才」は入れない方がいいような気もしましたが、勢いで入れてしまいました。ちなみに今回の題名には元ネタがあります。もろそのままなので分かる人にはすぐ分かるでしょう。