食と医の関わり

講演より要約


 食と医の関わりという事ですが、まず初めに考えてほしいのは、医療の目的とは何なのかと言うことです。治療する事ですか?命を救う事ですか?
 実は医療の最終的な目的はそこにはありません。
 皆さんよく考えてみてください。人の死亡率は100%なのですから。皆さんの周りで死なないでいる人を見たことがありますか?

 では医療本来の目的とはなんでしょうか。
 人の命を救う事が最終的には不可能であるならば、その人の人生にとって、健康に関して起こりうる不安を解決ないし減ずるか、病を持っていてもそれを生きるバネに変える事で命の質を向上すること、すなわち「豊かに生き、満足して死ぬ」事を援助することが役目ではないでしょうか。
 そう考えるとその人が満足して生きる事に結びつかない医療は意義が無いのでは無いでしょうか。

 さてそれでは、食の目的とは何でしょうか?生きるためですか?
 それでは何のために生きるのでしょうか?生きている事だけが目的ならばベットの上で動けず胃に直接流動食を送られる食事でかまいませんか?おいしくないのをがまんして健康食品ばかり食べていて満足ですか?

 よく診察中に健康食品の事を聞かれますが、「お金があまって仕方がないか、裏庭に金の生る木があるのならどうぞ」と答えています。
 酢に漬けた大豆、クロレラ、高麗人参、ニンニク、卵油etc出てきますが、確実なのはどんな食品であっても1品だけで健康によい食品はないという点です。
 これはアメリカで統計調査を行っており根拠があります。ただし、毎日の食によって健康を守るのに役立つ事がこの調査から発見されています。
 それは一日に30品目以上の食品を食べている人は病気になりにくい。ということです。実行するのはなかなか大変な事ですが。

 実はおもしろい事に普段から漢方薬を飲んでいる人は、風邪がはやっている時期にもケロリとしているか、罹っても軽く済んでしまいます。
 これは先ほどの1日30品目以上の食品を取る事と関係しています。漢方薬は元々、医食同源に基づいた薬効を持つ食品のスープ等が原型です。それも数10種類の組み合わせで作られているので、漢方薬を飲んでいるだけでかなりの食品を摂取している事になってしまうからです。

 どうも、食品に含まれている微量元素が問題のようで、その摂取した種類が体の持つ抵抗力・治癒力を最大限に引き出す事の出来る目安が、1日30品目の食品という事のようです。

 ところで、薬効を持った食品という事が出ましたが、では普段私たちが主食にしているのは白米です。何故玄米では無いか分かりますか?おいしくないからですか?炊くのが大変だからですか?実は白米には私たちにとって邪魔になる薬効が含まれていないからなのです。そして玄米はというと体の熱を下げて通じを良くする薬効があります。だから、これを冷え性の方が食べると下痢を起こします。

 漢方薬に関してよく言われるのが副作用が少ないという事です。これは間違いで漢方薬にも副作用はあります。ただし、西洋薬に比べると長期投薬しても突発的な副作用が出にくいのは事実です。

 西洋薬にもいい薬はたくさんあります。短期間の投与であれば問題のない薬がたくさんあります。
 ただ、新薬で副作用が問題になったのは長期大量投与を行った場合です。皆さんが普段飲んでいる薬は動物実験から人体治験を経て販売されています。実はこの人体治験の期間が8週間程度しかないのです。
 長期投薬の治験は動物実験を置き換えているのですが、実は動物実験で正しいとされた事を人間に置き換えるのは無理があります。

 先ほど玄米が主食になりにくい理由を説明しましたが、同じ稲科の笹を主食にするパンダを取り上げて見ましょう。人間が笹から受ける薬効は熱冷ましです。一方パンダにとっては薬効がない食物が笹です。もしパンダに玄米を食べさせるとどうなるでしょうか?体温が上がって便秘をおこすのです。
 動物実験を人間に置き換えるのに問題がある理由は分かりましたね?

 さて代わって漢方ですが、漢方という言葉の意味は分かりますか?
 実は「漢の時代の処方」というのが漢方の意味です。漢方の場合、長期投与による副作用が出にくい理由は漢の時代から数えても約2000年、試行錯誤の時代は伝説も含めればさらに約2000年あります。
 つまり約4000年に渡る投薬経験がある。すなわち人に対する治療経験が確立されていることになります。そして先ほど言いましたように元々人が持っている治癒力を高める働きを持っています。だから漢方薬は良く効いて副作用が少ないのです。

 ところで、よく漢方の名前をつけた健康食品を高いお金を出して買っている人を見ます。
 先ほども述べましたように、漢方とは漢の時代の処方の事です。ただの健康食品に漢方の名前を付け、しかも元値の数倍もの値段をつけているのは詐欺以外の何者でもありません。
 そうした物を選んで食べるよりも、1日30品目以上の食品を摂取するように心がける方がより健康的な食生活です。健康の為に健康にいい食品だけ選んで食べ、好きな物も食べれない食生活をおくって満足して生きていけますか

 健康にいい食事ということでは、アイヌの人達の行事に呼ばれて交流する機会がありました。
 その時、「昔はこんな物を食べていたんです」とアイヌのお婆さんが、料理を数品出してくれたのですが、始めそれらを口に入れたときは「あれ、何も味がしない?」と戸惑いました。
 たとえば鮭の身の味付けはわずかな塩味と野草の香りだけ。しかし食べ進むに従って少しずつ味が感じられてきて、それがおいしくなりやめられなくなりました。
 そのとき、「ああ、これが調味料に誤魔化されない食べ物本来の味なんだな。だからこんなにおいしいんだ」と感じました。結局一晩他の料理には手を着けず、それらの料理だけをつまみにしてお酒を飲んでいました。

 実は中国でも同じ経験をしています。
 日本と中国の国交が正常化した直後に、中国政府の招待で視察に行くことが出来ました。その時食べた料理も最初は「なんか変だな?」という感じでした。
 皆さんも目の前に並んでいる料理を見た時、味を想像しながら口に運ぶますよね?
その時食べた料理は、日本で食べる中華料理の味を思い浮かべながら食べると、「????これはなんだ?」という味がしました。それはカレーライスの見た目をしたものを口に入れたらラーメンの味がした。それぐらいの違和感でした。しかし、それが本当に美味しいのです。 砂糖も科学調味料も使われていない、食べ物本来の味のする料理。それが中華料理本来の姿でした。
 ところがガッカリしたことにその数年後、同じように中国政府の招待でもう一度行く機会があったのですが、その時にはすでに砂糖も化学調味料も浸透しており、日本で食べる中華料理と代わらなくなっていました。
 ちなみに漢方において白砂糖は麻薬と同じです。それには栄養価はないのに習慣性があることが理由になっています。

 ところで、こうした昔の中国料理やアイヌ料理は、実は縄文時代の頃我が国でも食べていた料理とほぼ同じ物ののようです。そしてこうした料理を食べていたと言うことは、縄文人の生活は割合豊かだったのではないかと考えられます。最近の歴史の研究でも縄文時代の生活の豊かさが言われています。それは、文化的、芸術的な発見が数多くあるからです。

 たとえば、土器を見ても火炎式土器のように、非常に華やかな一見無駄に見える装飾があります。
 ところがその後の弥生時代になると、こうした文化的、芸術的な発見は見つかっていません。それは、弥生時代の方が無駄をする余裕がない苦しい時代だったからのようで、その時期の土器はいまのお茶碗に上薬が掛かっていないだけの物ばかりです。文化的な大発見の話題も縄文時代の物ばかりです。
 また、すばらしいことに縄文人の集落を調べていくと、集落のど真ん中の一等地に障害者が生活していた形跡が発見されています。入り口や台所の造りを考えると体の不自由な人が生活するのに適した高さや形になっているからです。つまり集落全体で障害者を大切にし、養っていけるだけの余裕のある生活が出来ていた事になります。

 いま医療の面では昔は話題にならなかったような病気が増えています。それは先に述べた食生活に原因があるだけではなく、自分の事だけ考える人が増えたことにも原因があります。
 人の治癒力は自分の事だけ心配しているときよりも、他の人のために一所懸命になっているときの方が高くなります。また、そうして心配してくれる人が多いほど、病気の人の治癒力も高まります。
 これが現在は非常に稀薄になってきている事に問題があります。このことを先に述べた文化的な豊かさから考えると、もしかしたら縄文人の方が豊かな生活をしていたのかもしれません。

 最初に言いましたが「豊かに生き、満足して死ぬ」  それを健康に関して起こりうる不安を解決ないし減ずるか、病を持っていてもそれを生きるバネに変える事で命の質を向上する事が医療の意義です。  そして食生活の面で健康を支えるのが1日30品目の食品を食べることです。

大事なのは何を食べるかでは無く、

どう食べるかです。