その後、90年ころだったでしょうか。後楽園球場から東京ドームになった頃、社会人になった少年は年に数試合、東京ドームへ行くようになりました。しかし、チケットはもっぱら新聞屋でもらった招待券です。一緒に行く友達もなく弟や野球を見たこともない彼女を誘って…
久しぶりに後楽園に来て生のファイターズと触れ合って…ファンクラブも昔とは様子が変わりました。女性のためのファンクラブがあったのには驚きましたね。当時は、SSコンビ(芝草&島田直)やトレンディ男(西崎)、監督も若くて全国区の監督を(高田監督)など女性をターゲットにしたのは正解でした。そのころからのファンの方も多いんじゃないかな?
「営業部、頑張っているじゃん!」
そう思ったものです。
93年、大沢親分が現場復帰した頃から少年のファイターズ熱が再燃し始めました。
なんてったってあの親分が現場に復帰したのです!!
昔の栄冠を取るべく必死に闘ってくれた93年の130試合。試合後のコメントも世の中にファイターズを知らしめた年でした。
翌年、親分は最下位の責任を取って辞任されましたがファン感謝デーの土下座…パフォーマンスとしても最高でした。
あのようなエンターテイナーである指導者にはもう恵まれないのでしょうか…
そのころより再びファンクラブに入会しているのですが特典は毎年寂しくなるばかり。
対応は遅いし、ポイント溜めて交換できるはずの特典はうやむやになっているし…
ただ唯一救われるのは"営業部の人柄の温かさ"です。これに25年前のファンサービスをプラスされればファン拡大は間違いないと思います。
今年から始まる「ハムエッグ計画」地域密着型の素晴らしい企画だと思いませんか?
このような営業努力をしてもらえればファイターズの未来は明るいはずです!!
札幌移転なんかを考える前に"やらなければいけないこと"があるはずです。そんなに簡単に出来ることじゃないだろうけど、あの頃のような純粋な心を持った少年ファンの誘致、そして少年ファイターズ会に入会していた当時のファンの心を呼び戻すようなそんな営業活動をしていただきたいと切に願っている今日この頃です。
そして今、あの日の少年は
「この無機質な都会で生活している現代の少年にあの頃のようなファイターズを見てもらいたい…」
「あのころのような素晴らしいサービスをしていた頃を思い出してほしい…」
札幌に移転しても地元ファンへのサービスを初心に戻って、また、在京のファンもいることを忘れないで強くてファンを大切にする球団を作り上げて欲しいと思っています。
おしまい…
父との思いで編
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