極限への挑戦
はじめに。
ゲーム雑誌への投稿や、ゲームのレビューなどで、「ゲームをクリアして感動して泣いた」という人をたまに見かける。
生まれてこのかた、僕は、ゲームをクリアしても、「やった!」という達成感は感じるものの、感動して泣くという事は
無かった。「たかがゲームごときで」という思いが心のどこかにあったという事は否定しない。僕の中では、ゲームという
ものは、あくまで暇つぶしやコミュニケーションを他人と取る遊び道具の手段の一つの選択肢であって、その時点では
映画や、演劇の様な、エンターテイメント的なものとしては捕らえていなかったのだから。
しかし、高校時代にある一台のゲームに出会った時、「それは間違いであった、ゲームは人を感動させ、それも涙を流す
程に心を揺り動かすに充分足り得るエンターテイメント性を持ち、かつ、生み出せるのだ」ということを知った。
しかもそれを、物語性の強いRPGではなく、3Dのシューティングゲームに教えてもらったのである。そのゲームとは、
1989年に発売されたタイトーの珠玉の名作…ナイトストライカー。僕のベストゲームといっても過言ではないゲームだ。
なぜこのゲームが好きなのか?ある人は「世界観」と言い、またある人は「サウンド」と言う。確かに、ナイトストライカー
(以下、ナイスト)は、世界観・サウンド共に名作の名に恥じない出色の出来であり、正に傑作であると言えよう。
しかし、ナイストは…「彼」は私に「極限への挑戦」をさせ続けてくれたからこそ、一番の愛すべきゲームとして、発売から
10年以上たった今でも僕の中でなお色褪せずに輝く存在でありつづけているのだ。「極限への挑戦」それについて、今から
ここで語っていきたいと思う。どうか、少しおつき合い頂きたい。
出会い
僕がまだ高校生で、地元のゲーセンの常連をやっていた頃、「彼」は冬の寒い最中に入荷した。「彼」は県外にまでわざわざ
遠征して、「彼」をやり込みに行っていた程の熱狂的な常連達のたっての希望で入荷したゲームだったのだが、僕は「彼」に
初めはそんなに興味があった訳ではなかった。しかし、他の常連達が、徐々にこのゲームにのめり込んでいくのを目の当たりに
して、僕もいつしか「彼」の座席に座っていた。そして、記念すべき初プレイ。
夜という独特の世界観、耳をつんざくゴキゲンなZUNTATAサウンド。僕はこのゲームの虜になった。が、結果はBゾーンで
ゲームオーバー。惨々たる結果に天をあおいだものの、「このままでは終われない何か」を感じた僕が、次に「彼」の座席に
座るのに時間はかからなかった。
苦悩
半月後。僕はAゾーン、Bゾーンはクリア出来る様になっていたが、Dゾーンのホーミングミサイルに苦戦していた。
元々ゲームがそんなに得意ではなかった僕は大いに悩んだ。幾日も他の常連達のすばらしいプレイを見ては溜め息を尽き、
称賛し、そして研究し、実践を続けた。ゲーセンでのこのひとときは、ある意味高校生活の中で、最も充実した時間であった
事は間違いない。大学に合格した時、「ゲームばっかりしていないで、ちゃんと受験勉強をしていれば、もっと上の大学へ
行けたのに」と母は言ったものだ。勉強をして、自分のプラスにする事は、確かに大事かも知れない。しかし、勉強以外にも
自分にプラスになる事は、高校時代には必ずある筈であり、だから「彼」に出会えた事、「彼」の入荷したゲーセンで
ゲームをプレイ出来た事、そして、そのゲーセンと言う場所を共有していた仲間達と出会えた事は、僕にとって、大いなる
プラスだったし、僕はこれで良かったと思っている。
…それから何日かが過ぎ、ついに僕はホーミングミサイルのよけ方のコツを掴んだ。コツさえ掴めば、あとは簡単だった。
僕のプレイのレベルは格段にアップし、Hゾーン、Mゾーンとみるみるステージをクリアしていった。
終わり、そして始まり
更に半月が経った。目の前ではRゾーンのボスが火だるまになってその骸をさらしていた。初クリア。一緒に見ていた常連の
皆は、拍手という最高の讃辞を僕に送ってくれた。しかし、僕の戦いはこれで終わった訳ではなかった。パシフィストボーナス。
ナイストは弾を1発も撃たず、1発のダメージも受けないで各ゾーンをクリアすると、莫大なボーナスがもらえるシステムに
なっている。敵のパターンを解析し、煮詰め、避けのパターンを構築し、実践。失敗すれば、また最初からパターンを考え直し、
たとえ成功したとしても、更に点を稼ぐ為の効率のいい方法を求めてパターンを改良していく。
より高い次元へ達しようとするストイックなその行為の虜になった僕は、このパシフィストボーナスを全てのゾーンで取る事を
次の目標に据えて、ふたたび「彼」の座席に座る事となった。
極限への挑戦
取り敢えず、Rゾーンでのオールパシフィストを取る為に、比較的ヌルいA→B→D→H→M→Rのルートを選択。しかし、
その考えが甘かった事を僕は思い知った。弾を撃たない事がこれほど辛い事とはハッキリ言って思っていなかったのだ。
Dゾーンで手が止まってしまう日が何日も続き、昼夜を問わず、それこそ家だろうが学校だろうがパターンを考えつづけた。
他の常連達に恥を忍んでアドバイスも受けた。だが、その甲斐あってDゾーンをクリア。Hゾーンはその日の内にクリア。しかし、
ここでまた僕を悩ませたのは、Mゾーンの地形だった。ホーミングミサイルをよけるスペースがDゾーンと比べると圧倒的に狭い。
また手が止まる。
なかなかクリアのペースが進まない僕を見兼ねてか、当時、そのゲーセンでナイスト第一人者だった常連がアドバイスをくれた。
彼と僕は、その後「ギャラクティックストーム」のスコアアタックで、1日にお互いの記録を何度も塗り替える様な、壮絶な争いを
繰り広げる事になるのだが、それはまた、別の話だ。彼がくれたアドバイスは、僕にとっての一筋の光明になった。仲間と言う
存在を強く認識した時でもあった。Mゾーンクリア。
その後も常連達や店員の協力もあって、少しずつパターンの完成度やスコアが上がっていく。七千万、八千万。毎日が自分の
限界への挑戦、そう、まさに「極限への挑戦」だった。
栄光の瞬間…そして新たなる挑戦
そして一ヶ月経った12月の寒い夜、僕はRゾーンで遂にオールパシフィストを達成した。一緒に居た友達は我が事の様に喜んで
くれたし、匡体を囲んでいた常連達からは、初めてナイストをクリアした時と同じ様に拍手が起こった。自分の努力の全てが報わ
れた瞬間だった。今までゲームをやっていて良かったと、ここの常連で良かったと、心の底から思った瞬間だった。感動と達成感で
打ち震えながらエンディングを見た。エンディングの画面は…何故か滲んでいた。ゲームで「泣く」というのは、こういうこと
なのだと思った。
だが、オールパシフィストを取った事で、僕は他の常連達とナイストのハイスコアでしのぎを削る資格を得た。「彼」への
新たなる挑戦に加え、次は僕の遥か先を走っていた他の常連達への挑戦という目標が出来たのだ。僕の野望は、Sゾーンのクリア。
他の常連がまだ手を付けていなかったSゾーンをクリアする事に決まった。ナイストをやっていた常連は、僕を含めて6人。
自然と最終面の6つは分業制になっていったので、当然といえば当然の成りゆきだった。しかし、Sゾーンにまだ誰も手を着けて
いない理由と言うのは、ナイストをやった方ならお分かりになると思うが、ナイスト最終面の中でも、Sゾーンの難易度は、
半端じゃ無いくらい高いからだった。誰もパシフィストを取った事のない未知の領域。手探りでパターンを作成する日々。
他の地域のナイストプレイヤーとの情報交換もままならず、クリアのメドもつかない。他の常連が手を着けない訳を、改めて思い
知る事になった僕は、ボスのグレートデストロイヤーの圧倒的な火力によって、ことごとく弾き返される毎日をくり返した。
季節は、いつの間にか、夏を迎えようとしていた。
意外な結末
Sゾーンのクリア。それは意外な結末だった。ナイストのビデオの発売により、パターンが確立。他の常連が、あっという間に
パシフィストを取ってしまったのだ。悔しくないといえば嘘になる。しかしそれよりも、僕は誰も出来なかった事をやってのけた
常連に先ず拍手を贈った。そう、以前僕がクリアを達成した時の様に。だが、必然的に僕のスコアネームはナイストのSゾーンの
欄から消えた。…そして、そこに僕の名が再び刻まれる事はなかった。
別れ、そして再会
それから何ヶ月か経って、「彼」はレバーが壊れ、必死のメンテも空しく他に売却された。僕や、僕以外の常連達は、しばらくは
生きがいを失ったようで寂しかった。「彼」は既に僕達と同じ時間を共有してきたかけがえのない友であり、好敵手だったから、
それはひとしおだった。技術、情熱、金額、そして時間…各々が、各々の持てる限りの全てを注ぎ込んできた「彼」の売却によって、
僕らの「極限への挑戦」は、一時の間、幕を閉じる事となった。
そして今現在。「彼」と出会ってから10年以上が経った。僕の住むこの街で僕はナイストに…「彼」に再び出会った。そして僕は
「彼」の座席に再び座っている。あの頃のレバーの感触は、もう手に残っていないけれど…あの頃の腕は、見る影もなく落ちてしまった
けれど…。そして、あの頃の仲間達は、バラバラになってしまっているけれど…。
それでも僕は「彼」に会いに出かける。なぜならば、「彼」は、再び僕に「極限」を「あの頃の充実感」を見せてくれるから…。まだ、
僕の「彼」に注ぎ込んだ情熱だけは、今も変わらずに持ち続けているから。だから、もっと…もっと高く、もっと美しく。あの頃の
「極限」に先ず追い付かなきゃ。そして、いつか、いつかきっと…今度こそは…。
僕の「極限への挑戦」は今も続いている。