9:15  エェェェェェックス・・・!

「次世代MS戦争〜孤高の決闘機 ギャン開発史」

(あのナレーション)

1年戦争末期。ジオン公国は連邦の物量作戦に次第に押され始め、
その制圧範囲を縮小して行く事になった。
連邦の量産MS「GM」は、性能でジオンの傑作機「ザク」を上回り、
「GM」より性能の良い「リックドム」でさえも、集団戦闘時では、
「GM」の組織力と物量の前に思う様に戦果をあげる事が
出来なくなりつつあった。

「ザク」「リックドム」に代わる汎用量産機が必要だ。
しかも、物量をはね返せる高性能機が。

ジオン首脳部は次期主力MSの選定条件として、

1.リックドム・ザク06R以上の運動性
2.ビーム兵器の標準搭載
3.安定した生産性

の3つをジオンMS企業に向けて提示した。

とてもでは無いが、ジオン首脳部でさえ、この条件をクリア出来る
企業があるとは思えなかった。無茶は承知だった。
無茶が出来なければ、ジオンは確実に負ける。
それを見越しての、この条件提示だった。
しかし、この、無茶な命題に、ジオンの2つの技術者集団が立ち向かった。


「ジオニック」と「ツィマッド」共に「ザク」そして「ドム」
1年戦争のターニングポイントとなる傑作機を生み出した企業だった。
2つの企業は、お互いに影響を受けながら、MS史上に残る傑作機を
生み出す事になった。
しかし、それは予想以上に険しい道のりだった・・・

(あの音楽)

「高性能機の開発〜1機のMSで物量をはね返せ!」
「生き物のように動く機体を〜フィールドモーターの威力」
「白兵戦用としての特化〜ジオン初のビームサーベル」
「ビームが撃てない?〜実弾系武器への転換へのユニークなアイディア」
「コンペティション〜MS-14との競合・・・そして」

ツィマッド社技術主任、K。
ジオン首脳部からの条件提示に、ほくそ笑んだ。

「今度も、ジオニックを出し抜いてみせる」

地上用重MS「ドム」の成功以来、ツィマッドの業績はうなぎ上りだった。
ザク06Fに代わる主力MSの選定に於いて、宇宙用に換装を施したリックドムは
生産性の高さでジオニックのザク06Rを抑えて勝利していた。
しかも、ツィマッドはジオニックに対して決定的なイニシアチブを持っていた。

ジオン首脳部の統合整備計画プロジェクトの一環により、
ジオニックからザクの技術提供を受けていたツィマッドは、独自にミノフスキー
理論によるビームCAPの小型化に成功していた。
更に従来のジオンMSの動力機構として採用されていた流体パルスシステムとは
一線を画した、画期的なシステムの開発に成功していた。
連邦のMSにも採用されていたフィールドモーターとマグネット・コーティングである。
この技術をザクに盛り込んだ。
完成した機体は、従来のザクの性能を大幅に凌駕していた。

MS-11 アクトザクである。

しかし、ビーム兵器を装備し、抜群の運動性能を持っていたザクの完成系と言っても
過言では無いアクトザクだが正式採用を見送られていた。

理由があった。連邦の白い悪魔、ガンダムの出現。

当時ツィマッドは次期主力MSの選定に、このアクトザクを提出する予定だった。
しかしガンダムの出現によって大きく事態は一変した。戦艦並みの火力を持った
ビームライフルの脅威。ザクを一撃で撃破するこの兵器の出現は、ジオンの技術者を驚愕させた。
そして、ツィマッドの技術陣のMS開発構想を根底から覆すことになった。
リックドムのジェネレーターを流用していたアクトザクのビーム兵器は、明らかに出力不足だった。
自然と、ジオン首脳部の提示した内容の「ビーム兵器」はガンダムに準ずるものでなければ
ならないことは暗黙の了解になった。
しかしそれでもツィマッドが、一歩ジオニックを
リードしていることは、明らかな事実だった。

アクトザクで培った技術を、どう次世代機に反映させていくか。
これがツィマッドとKの懸案事項だった。同時に、
リックドムに続き、このコンペティションに勝利出来れば、MSの生産主導権は
完全にツィマッドにシフトする。

社運をかけた開発が始まった。

新型MSのコンセプト。
これはすぐに結論が出た。
ジオン製のガンダムを作ろう。

当時、伝説的な戦果を挙げつつあったガンダムの設計コンセプトは、
近距離、対MS白兵戦用の格闘能力に秀でたものだった。
新型機は、このコンセプトを突き詰めた、究極の白兵戦用MSという事に決まった。

連邦とジオンのミリタリーバランスを一変させたガンダムの性能を量産機にブチ込む。
成功出来れば、ジオンの勝利は間違い無い。新型機達が絶望的な戦力比を覆し、連邦のGMを
次々と蹴散らしていく、そんな場面さえ夢では無い。
図面を引く、Kの手には自然と力が入った。

新型機には、引き続きアクトザクに採用していたフィールドモーターを採用した。
白兵戦での最重要課題である、MSの滑らかな動きを再現する為の物だった。
事実、新型機は従来のジオン製のどのMSよりも、滑らかに、まるで生き物のように
動くことが出来た。ジオンが初めて対MS格闘戦用に生産したグフとのテストマッチにも、
圧倒的な運動能力で完勝した。
更に新型機にはマグネットコーティングも施され、同社のドムとの比較テストでも
予想以上の成果を見せた。

一部の技術者は言った。

「これに蒼い巨星や、黒い三連星が乗っていれば…」

戦争に「もしも」は禁物だが、そう考えたくなるような性能を新型機は持ち合わせていた。

「いける…これなら、ジオニックの新型など、物の数では無い」

しかし、ある日Kの耳にある情報が入った。
ジオニックがとうとう「あの武器」を完成させたらしい。
Kは耳を疑った。


ジオニックが、ツィマッドとは別の技術開発によって独自にエネルギーCAPの
小型化に成功。同時に「あの武器」ビームライフルの実用化に成功したと言うのだ。

しかも、そのエネルギーCAPのスペックは、ツィマッドの物を上回っていた。

ツィマッドの新型機は、抜群の運動能力を得た代わりに、ジェネレーターの出力を
そちらに取られることになった。結果、エネルギーCAPへの出力は低下。
ビームライフルの携帯は無理と言うことが分かっていた。

運動性を取るか、ビームライフルを取るか。

K達の答えは既に出ていた。

我々は、究極の白兵戦用MSを作るのだ。運動性を犠牲にしてまで
ビームライフルは必要無い。

その代わり、新型機にはビームライフルよりも出力を必要としない
ビームサーベルが採用されることになった。
あちらがジオン初のビームライフルならば、こちらはジオン初のビームサーベルだ。
格闘戦に性能が突出した新型機には、ビームサーベルの方が装備には適していた。
火力は、リックドムのジャイアントバズで補う事が決定した。

しかし、ビーム兵器の搭載と、抜群の運動性、そしてアクトザクの生産ラインを
流用出来ると言う、安定した生産性。この3つの課題をツィマッド社が既にクリアして
いたとしても、ビームライフルを携帯出来るジオニックの新型機に火力の面で明らかに
劣ってしまうことは、いくら格闘用に特化したMSとは言え、選定に負ける要素を孕むことになる。

しかし、K達には自信があった。
我々の新型機が、ジオニックの新型などに負ける筈が無い。
我々の新型機の運動性能は、ジオニックの新型など、全く問題にしないのだから。
フィールドモーターと、マグネットコーティングのメリットは、それによって生じた
デメリットを補って余りあるものだと、K達は信じていた。

そして、ジオニックとのコンペティションの日がやってきた。
月面都市グラナダ。ここで、ジオニックのYMS-14とツィマッドのYMS-15。
双方の技術力を賭けた決戦が行われようとしていた。

YMS-15はコンペでも良好な結果を示し、特にその人間的な動きを活かした格闘性能は
驚異的ですらあった。ジオン首脳陣はYMS-15の運動性に感嘆の声を漏らした。
またアクトザクシリーズ以来の操作性の良さも引き継がれ、パイロット経験の少ない者でも
ベテランパイロットのように扱うことが出来た。
学徒兵が多くなりつつあったこの時期に於いて、操作性の利便さは、重要視されていた。

しかし、YMS-15がビームサーベルを主武装とする純粋な白兵戦用MSであることが
ジオン首脳陣には不満となった。
使用する火器はリックドム用のものであり、ガンダム並みの威力を持つビームライフルを使用できる
YMS-14と比較すると、火力で劣っているのは火を見るよりも明らかだった。
また推進力などの機動性能が劣っている点も指摘された。
確かに運動性能はYMS-15の方が大きく上回っていた。しかし、こと空間運動性に於いては、
YMS-14がYMS-15を上回っていた。

更に駆動方式でフィールドモーターを採用している点も問題とされた。
就役しているジオンのMSはほとんどが流体パルスシステムを採用しており、前線での整備性や生産性で
混乱を起すのは確実であった。
既に各MSの操縦方式や部品の規格を統一する統合整備計画(第2期生産計画)の青写真が
出来上がっていた時期でもあり、これ以上の混乱は避けねばならなかった。


K達としてはそうしたデメリットを超える価値がフィールドモーターにあると考え、
ジオン首脳陣にそれを説いて回った。
YMS-15はYMS-14を能力的には上回っている筈だと。

しかし、テストでそれを十分に証明することはできなかった。

結局次期主力機は兵器としてのトータルバランスに優れたジオニックのYMS-14に決まり、
7機生産されたYMS-15は社内における開発・研究用として引き取られることになった。

K達の落胆は、大きかった。

コンペティションでの敗北。
ハンガーに並ぶ7体の新型MSは、このまま日の目に晒される事の無いまま、
実戦に出る事すら無いまま、その一生を終えようとしていた。

しかし、そんな折、Kの元に、ある男からの連絡があった。

「捨てる神あれば、拾う神有り」

こんな事をKは思い知る事になった。

グラナダに籍を置く、突撃機動軍のマ・クベ大佐。
大戦初期の大佐は地球攻撃軍に所属しており、地球最大の鉱物資源基地において
戦略物資の打ち上げを行っていた人物だった。
マ・クベは、グラナダにおいて行われた次期主力MS選定を視察した際に
YMS-15を高く評価し、キシリア少将を通してツィマッド社に対して問い合わせを
申し入れてきたのだった。

「私は、貴社の新型を高く評価している。確かにコンペではジオニックに遅れを
 取った事は事実ではあるが、必ずしも貴社の新型の性能が劣っていた訳では無い。
 適材適所。運用の方法さえ誤らなければ、ジオニックの新型以上に実力を発揮出来ると
 考えているのだ」

「量産化は難しいが、是非、ツィマッドの新型を突撃機動軍のMSとして採用したい」

マ・クベは、きらびやかな骨董品の並ぶ自身の応接室で、開発主任のKの手を取り、
この男らしからぬ熱っぽさで、蕩々と語った。

久保「今回はMS-15、ギャンの設計主任だったKさんにお越しいただいてます。
   コンペに敗れてしまった時は、どんなお気持ちだったのでしょうか?」

K 「信じられない気持ちで一杯でした…ギャンは、我々の自信作でしたから…
   でも、大佐のお陰で、我々の努力も無駄にはならずに済みました」

松平「マ・クベ大佐がギャンを拾い上げて下さった訳ですが、マ・クベ大佐と
   いえば、オデッサ作戦での核使用というエピソードが余りにも有名な方で、一般の
   皆さんには、良いイメージを持っていらっしゃらない方もいると思うのですが…」

K 「核の使用に関して言えば、私とて良くは思っておりません。が、大佐には皆さんが
   思っていらっしゃる程、私としては悪いイメージは持っておりません。大佐は、
   大佐なりにジオンの往く末を案じていらっしゃったのだと思います」

松平「成る程。大佐なりの愛国心の現れ…と言った所でしょうか」

久保「こちらが、ギャンの模型なんですが、中世の騎士を思わせるフォルムですねぇ」

K 「はい。白兵戦用に特化した機体と言うコンセプトでしたので、イメージ的に
   こういったフォルムの物が良いのではと設計してみたんです。大佐は、この
   フォルムを、いたく気に入っておいででしたね…」

久保「採用の基準に、機体のポテンシャルと共に外観のスマートさと言うのもあったのかも
   知れませんね」

K 「おそらく、それは多分にあったと思いますよ。御存じの通り、
   大佐はああいった性格の方でしたから」

久保「突撃機動軍のマ・クベ大佐の手に引き取られる事になった試作機は、その後
   どう言った経緯を辿る事になったのでしょうか?続きを御覧下さい」

マ・クベ大佐の問い合わせ以降、ツィマッド社にはジオンの著名な将校達の元から、
「是非カスタム機として、使ってみたい」
という旨のオファーが舞い込んでいた。
試作機は、火力の低さから、集団戦闘には向いていない機体だったが、一対一での戦闘力に秀でた
MS乗りである将校達の専用機には、もってこいの機体だった。
その後、7体の試作機には火力の強化の為、若干の兵装の変更が施されることになった。
しかし、ジェネレーターの出力の都合上、ビームライフルは持てない。


意外な方面から、それに対する突飛なアイデアが出る事になった。
マ・クベ大佐だった。

騎士を思わせる、試作機のフォルムに合わせて、円形のシールドを持たせる事を
マ・クベは提案した。
だが、シールドはニードルミサイルの発射機構に加え、ハイドボムの武装を施すと言う、
言うなれば「攻撃する盾」ともいえる物だった。

技術畑では無い場所からのこの案は、突拍子も無いものだった。
シールドと言う防御機構に爆発物を装備すると言う、前代未聞のアイデア。
普通の技術屋なら、一笑に付す様な内容だった。

しかし、相手の装甲をボロボロにするニードルミサイルと、
ミノフスキー粒子を遮蔽物として活用し、機雷としての効果を十二分に発揮する
ハイドボムを備えたこのシールドの案は採用される事になった。
汎用量産機と言う束縛から離れた、YMS-15の発想は、全てに於いて自由となっていた。
カスタム機として受注、生産をするYMS-15は、もうコストパフォーマンスや
生産性といった柵は無かった。

究極の白兵戦専用機を作り上げると言う、最初のコンセプトは、
意外な形で実を結びつつあった。
そして、全ての兵装が整った試作機は、MS-15ギャンとしてロールアウトした。


K達は敗北の中から、勝利をつかみ取った。
自分達の手で、自分達のイメージ通りのMSを作る。
戦時下と言う厳しい制約の中に於いて、これを実現出来た事は、
MSの選定に勝ち抜く事と同様に価値のある事だった。

久保「コンペに敗北したはずの試作機から、見事ギャンは正式採用機として
   返り咲く事になりました…それでは、エンディングです」

ギャンは、グラナダを拠点とする突撃機動軍の採用だった為、実戦に出る前に
その殆どが終戦を迎えた。
「3ヶ月遅かった名機」と言われたゲルググとは、こちらでも対照的な結果となった。

しかし、ギャンは必ずしも、ゲルググに劣る機体であったわけではない。
唯一残っているギャンの実戦記録。
マ・クベ大佐の手によるものだった。

ソロモン攻略戦の後、テキサスコロニーで行われたそれは、奇しくもK達の目指したMS、
ガンダムとのものだった。
MSのライセンスは持っているものの、エースと呼ぶには程遠い腕であったマ・クベ大佐が
何故ガンダムとの白兵戦に及んだのか、理由は定かでは無い。
結果、マ・クベ大佐はガンダムの前に敗れる結果となった。
しかしそれでも大佐はシールドの装備と、ギャン自身の性能を駆使し、ガンダムに対し
相当の善戦を繰り広げた。
事実パイロットがニュータイプの能力に開花しつつあったガンダムに手傷を負わせたのは、
ジオンのパイロットの中でも数える程だったと言う事を考えると、驚異的ですらあった。
ギャンの高い操作性と、その特化した格闘能力の証明だった。


その後、ギャンのコンセプトは、のちのガルバルディα・βに。
そして強襲MSの傑作機、「闘士」ケンプファーに受け継がれる事となった。

ギャンは時代の徒花となってしまった。しかし、その孤高なる一対一と言う
決闘機の血統は今も続いている。


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