9:15  エェェェェェックス・・・!


「空の無い国が作った戦闘機 〜ドップ開発史〜」

(あのナレーション)

0079 1月15日。
ジオン公国と地球連邦軍はサイド5ルウムに於いて、戦端を開いた。

俗に言う、ルウム戦役。
地球連邦軍宇宙艦隊はジオン公国に敗北を喫する事になった。

戦力差、1対3というジオン不利な状況下に於いて、
「ザク」呼ばれたジオンの新兵器は、圧倒的な威力を見せつけ、
ジオンを勝利へと導く原動力となった。
「ザク」は、ミノフスキー粒子下での運用を前提とした機動兵器であり、
歩兵であり、戦車であり、戦闘機だった。

連邦軍総司令官レビル将軍を捕虜にしたルウムでの勝利で、
ジオン有利の下、停戦条約が締結されるはずだった。
戦争はこれで終わる。
誰もがそう思っていた。

しかし、レビル将軍はジオンを脱出。
戦争は継続される事になる。

ジオン公国総帥ギレン・ザビは、地球への降下作戦を計画。
「ザク」を主力とした降下部隊を編成し、地球各主要地域の制圧を決行
する事になった。
ジオンは「ザク」に全幅の信頼を置いていた。
「ザク」は地上に於いても、ジオンに圧倒的なイニシアチブを
もたらしてくれる筈だった。

程なく行われた、第一次降下作戦。
ジオンは東ヨーロッパの資源地帯一帯を制圧する事に成功した。
しかし、全幅の信頼を置いていた「ザク」は、その能力を十分発揮したとは言えなかった。
宇宙空間に比べ、地上での「ザク」への損害は激増した。
原因はすぐに判明した。

「ザク」に空中戦は出来ない。

点から線、線から面、そして面から高さと言う概念を持った空間単位での戦闘へと、
近代戦闘は、進化していった。

制空権を奪う事。

戦闘に勝利する為の、必須条件だった。
元々「ザク」は宇宙空間での運用を目的として開発された兵器だ。
「ザク」では地上での制空権を奪う事は不可能に近い。
高高度から飛来する戦闘機や爆撃機と互角に渡り合う能力は、「ザク」には無かった。

MSを支援する為の、制空権を確保する為の、戦闘機が必要だった。

ジオン首脳陣は、ジオニック社に大気圏内に於いて使用する
航空戦闘機の開発を依頼した。
期日は、第2次降下作戦開始まで。
殆ど不可能とも思える条件だった。
まず、時間の問題があった。
開発期間が短過ぎた。

しかし最大の問題は、コロニーという、作られた環境の中で暮らすジオンには、
航空機のノウハウという物が存在しない事だった。

「我々のコロニーに航空機の技術が存在しない事は、私も重々承知している。
 しかし、地球での我々ジオンの勝利に航空戦力は必要不可欠である。「ザク」を
 作り上げた諸君ならば、必ずやこの困難な条件を克服してくれると切望して止まない」

ジオニック社への開発依頼と同時に贈られた、ギレン・ザビの訓辞だった。

「そうだ。我々はゼロのノウハウから「ザク」でさえ作り出せたではないか」

ジオニック技術陣による大気圏内航空戦闘機の開発は、何もないゼロからの出発だった。
これは、空の無い国に生まれた技術者達が、大空へと飛び出すまでの、戦いの記録である。

(あの音楽)

「フライマンタの脅威!」
「空の無い国の戦闘機」
「発想の転換、バーニアで機動しろ!」
「至上命令、制空権を確保せよ!」
「素晴らしき名誉,ガルマ専用機」

ジオニック技術陣の戦闘機の開発は、スタートした。


地球という、広大な世界を移動する為の手段として、航空機は発達していった。
しかし、直径6キロ、長さ30キロ足らずの円筒形のコロニーの中では、
航空機は必要無かった。
宇宙移民が始まって80年が経とうとしている現在、スペースノイドの技術者で
航空技術のノウハウを知っている者は、あまりに少なく、
ましてや、戦闘機のノウハウとなると、皆無に近かった。
彼等は、まず航空機の仕組みという物を理解し、その構造によって機体にどの様な
影響があるのかを学ばなければならなかった。

飛行機が、何故飛ぶのか。
元々技術者の集団である彼等は、それをすぐに理解はした。
すぐに、実践してみようと思った。
程無く、試作機は完成した。
揚力の状態を調査する為の、グライダーの様な物だった。

試作機は、コロニーの中の風を受けて、飛んだ。
コロニーには空は無い。だが、空を飛んだと彼等は思った。
地球の大空に、彼等の作った戦闘機が颯爽と飛んでゆく様を思い描いた。
ゼロから航空機を作る事に、手ごたえを感じていた彼等のやる気は、
嫌が上にも高まった。

すぐに動力の試作に、取りかかった。

スタートした途端、いきなり暗礁に乗り上げた。

一般的な戦闘機の動力は、噴射式推進機、いわゆるジェットエンジンが主流だった。
ジオンの戦闘機も、ジェットエンジンを搭載すべく、ジェットエンジンの開発が
進められた。
しかし、ジェットエンジンは、圧縮した空気に燃料を噴霧して点火して、推進力を得る
構造のエンジンだった。
実験には、大量の空気を必要とする。
地球ならば、無尽蔵にある空気を使って幾らでも実験は続けられるに違い無い。
しかし、コロニーという密閉空間の中で、大量の空気を消費するという事は
自殺行為に等しかった。

それでも、開発自体は続けなければならなかった。
第2次地球降下作戦までの時間を考えると、ここで開発をストップさせる訳にはいかなかった。
仕方なく、彼等は動力部以外の所から手を付ける事になった。
ミノフスキー粒子下で、連邦軍の既存の戦闘機を上回る戦闘力を持った構造の
戦闘機を作り出す為、日夜プランが練られて提出された。

問題はここでも起きた。

動力の無い機体の稼動実験は出来ない。
コンピューターでのシミュレーションで、稼動実験が行われるようになった。
プランは、自然と机上の空論となった。
技術者達は、シミュレーション上ですら満足な結果が出ない自分達の試作機に落胆した。
実際に、飛んでいる飛行機というものを、眼で見た事のない技術者達は、自分達の
想像力を働かせて、プランを練らなければならない。
飛行機がどういうものか知っている事と、それが実際にどういう飛び方をするのかは、
別の問題だった。
「こうだ」と思った想像と現実のギャップに、技術者達は苦しめられていた。
まるで、それは出口の場所を知っていても、そこにたどり着けない迷路、
答えは知っているが解法の分からない問題の様な感さえあった。
しかし、開発が袋小路に差し掛かりつつあった時、ある発想の転換が彼等を救った。


ある技術者が出した試作機のプラン。

それは、彼等が学んだ航空力学の見地から考えれば、著しく逸脱していた。
短い主翼と、申し訳程度の尾翼。そして、前面に大きく突き出た
ドーム型の形状をしたコックピット。
全てに於いて、それは変わった形をしていた。

「こんなものが飛ぶ訳無いじゃないか」
他の技術者達は、口々にそう言った。しかし、彼は言った。
「ジェットエンジンならば、そうかも知れない。だが、ロケットエンジンならばどうだ?」

一同、ハッとなった。眼から鱗が落ちた思いだった。

不馴れな技術でジェット機を作ったところで、地球と言う気候風土を知り尽くした
連邦軍のジェット戦闘機には、恐らく勝てないだろう。
ならば、我々の得意分野である宇宙戦闘機の技術を盛り込んだ、全く別のコンセプトで
大気圏内でも活動出来る戦闘機を作り出せば良いじゃないか。

「主翼や尾翼に頼っていた機体の制御を、全てバーニアで行う」

早速この案をシミュレーションにかける事になった。
結果は、彼等の予想を大きく超える物になった。

従来の航空機が翼に頼っていた動作をバーニアで代用する事によって、
シミュレーション上の試作機は、考えられない程の運動性能と、
旋回能力を持つに至った。
視界範囲を大きくとった独特のコックピットは、ミノフスキー粒子下での
有視界戦闘で、大きく影響を及ぼす事が予想出来た。
一見、特異な形の機体ではあったが、
これほど利に適った形の戦闘機も無かった。
しかも、ロケットエンジンが動力であるこの機体ならば、
コロニー内での稼動実験も可能だった。

早速、試作機が作られ、実験が行われた。
実験の結果は上々だった。ロケットエンジンの欠点である航続距離の問題は
残ってしまったが、試作機はコロニーの中を、素晴らしい速さで
自由自在に飛び回った。


大空へ飛び出す為の追い風が、技術者達に吹き始めていた。

第2次降下作戦直前に、ジオンの大気圏内主力戦闘機は完成した。
戦闘機は「ドップ」と名付けられた。
「ドップ」は従来の宇宙戦闘機の生産ラインが流用され、
「ザク」と共に次々と北アメリカ大陸へと降下して行った。
第2次降下作戦が、始まった。

技術者達は、その様子を固唾を飲んで見守っていた。
自分達の作った戦闘機が、はたして実際に連邦軍の航空戦力を
圧倒出来るのかどうか。

ここからが正念場だった。

ジオンは連邦軍北米基地、キャリフォルニアベースを急襲。
コロニー落としによる津波の被害復旧に戦力を割いてしまっていた連邦軍には、
反撃の余地は無かった。
ジオンは、キャリフォルニアベースの無血占領に成功した。
次の目標は、東海岸のニューヤーク。
既に攻略していた東ヨーロッパとの連絡や、大西洋への戦線拡大には
どうしても攻略しなければならない拠点だった。
しかし、連邦軍にとってもニューヤークが落ちる様な事になれば、
北米での戦略拠点を失い、南米にまで
その戦線を後退せざるを得なくなってしまう。
ニューヤークへと迫るジオン軍に対して、連邦軍は航空戦力を中心とした
対MS包囲網を完成させ、万全の布陣でこれを迎え撃った。

ニューヤーク攻略戦は熾烈を極める事になった。

連邦軍は第1次降下作戦時に戦果を上げた
61式戦車で砲撃戦を展開、同時に高高度からフライマンタを接近させ、
「ザク」に対して爆撃を行う二元同時攻撃で、陸上から迫る「ザク」を苦しめた。
物量に勝り、組織的に展開する連邦軍の地上部隊と航空兵力に「ザク」の
進軍は止まった。「ザク」は次々と戦車を撃破したが、戦局は連邦軍有利に
傾き始めていた。
弾薬や、燃料が切れる部隊が出始めていた。
持久戦になれば、HLVで降下を続けていた
補給や兵站の無いジオンがジリ貧になるのは、火を見るより
明らかだった。

その時だった。

西から空を覆わんばかりの機影が現われた。
キャリフォルニアベースからの援軍だった。
ガウ攻撃空母に搭載されてきたドップの編隊は、次々とフライマンタの
編隊へと襲い掛かった。
ドップは、戦闘力の圧倒的な違いを見せつけた。
ドップの機動力に、連邦軍の航空機は付いて行く事が出来ずに、
次々と後ろを取られて撃墜された。

ニューヤークの空を、空を持たない国の戦闘機が席巻した。
勝敗は決した。

開戦から3ヶ月。
電撃戦による、迅速な部隊の展開と、コロニー落としで混乱する
連邦軍の虚を上手く突いたジオンは、地球の3分の2を支配地域に収めていた。
勝利の原動力となったのは、無論MSだったが、
MSのポテンシャルを最大限に引き出す為に制空権を
連邦から奪い取ったドップの力も大きかった。
ドップは、1年戦争の大空の覇者の名を欲しいままにしていた。

その頃、地球にひとりの男が降り立った。

ガルマ・ザビ。

ジオン公国公王デギン・ザビの四男であると同時に、
地球攻撃軍指令の肩書きを持った男だった。
彼は自ら志願して、この戦争の最前線である地球攻撃軍指令という
任務に就いていた。

理由があった。
ザビ家に対する、コンプレックスだった。


士官学校を主席で卒業後、大した軍功を挙げないまま、彼は大佐になった。
しかし、士官学校では常にガルマの次席だったシャア・アズナブルは
ルウムで戦艦を5隻も沈めたにもかかわらず、未だに少佐だった。
確かに、主席卒業の将校といえども、ガルマの大佐への抜擢は異例とも言えた。

「親の七光り」

陰口を叩く者も居た。
彼がそれを否定すればする程、ザビ家の影は色濃くなった。
彼のプライドは、今の地位を家の名前で買ったと言われる事に、
耐えられなかった。

「実力で勝負するしかない」

誰が、どこからどう見ても、一言の文句も挟む余地のない、実績を作る
必要があった。
彼は自ら、地球行きを志願した。
しかし、指令という地位に胡座をかき、前線から遠く離れた指令部で
指示を出していては、実力を万人に認めさせることは、不可能だった。

だが彼は、既に「ザク」のカスタム機を所有していたが、これに乗って
前線に出る事は拒否した。
「ザク」の出番と言うのは、制空権を確保した後の地上制圧が主な任務だった。
連邦軍の地球上の陸上兵器で、「ザク」に単体で対抗出来る兵器は、その時点で
存在しなかった。
それは、危険度の低い戦闘を行いつつ、進軍して行くと言えない事もなかった。
最前線で、矢面に立ち、兵士の士気を高く保ち、攻撃に参加する。
つまり、

「ドップで先陣を切り、制空権を確保する」

リスクは高いが、彼にとって、これが実力を見せる唯一の方法だった。
しかし、それで死んでしまっては話にならなかった。
死の危険性を少しでも下げる為に、彼は一計を案じ、ジオニック社に打診した。

ドップのカスタマイズ化。

ただでさえ優秀な性能を持つドップに、更に改造を施し、専用機を作れないか
連絡をとった。

ジオニック社の解答は、すぐに出た。

飛躍的に伸びた運動性、強化された防弾装甲、航続距離のアップ。
ガルマのプライベートカラーであるカーキ色に塗られたドップは、
地球にいるガルマに引き渡される事になった。

そして、ガルマはこのドップを駆り、中米戦線に於いて、
数々の戦果を挙げる事になった。

久保「1年戦争の空の覇者として君臨したドップは、その後どうなったのでしょうか。
   それでは、エンディングです」

ドップは、1年戦争末期まで、活躍を続けた。
大空を自由に飛び回り、連邦軍の量産戦闘機の追随を許す事は、無かった。

しかし、MSを開発した連邦軍との、オデッサ作戦での敗北を契機に、
ジオンは兵站に深刻な打撃を受けていた。
伸び切った戦線、戦場が地上から宇宙へと移る背景。
宇宙が騒がしくなった時、ジオンの地上軍は、半ば忘れ去られた状態になった。
地上軍の末端の部隊に補給は届かず、MSを動かす事すら
ままならない部隊さえあった。

ドップも同様だった。
「老いた麒麟は駄馬にも劣る」
飛べない空の王者に、制空権を取り戻す術は残っていなかった。

ジオンは…戦争に負けた。

終戦後、元ジオニックの技術者達は、バラバラになり、それぞれが
それぞれの道を歩んでいた。
ある者は孫に囲まれ余生を送り、ある者は技術者の道を歩み続け、
またある者は全く別の道を歩んでいた。
しかし、ドップを作ったジオニックの技術者達は口々にこう言った。

「ジオンは確かに負けました。失った物も大きい。しかし我々は手に入れたのです。
 大空と言う、ジオンに無い物を。それは我々の誇りです」

無から有を作り出した技術者達。決して彼等は負けたのでは無い。
彼等は勝利したのだ。
晴れやかな各々の顔が、それを物語っていた。

終。


BACK

Journalメイン