1998.3.25 宇多 弘
多賀氏宅に伺った際、棚の上に五球スーパーがあり、「あれ見せて」と要求したら、 多賀氏が暫くの間手が着かなかった、要修理品であるとの由。
そこで氏から「修理やって見る?」との打診があり、腕に覚えが無い訳でもないので、「ホナやって見るわいな」と引受けました。 現物は、昭和 30年代 (1955年頃) の製品であり、その銘板によれば、 Matsuda Radio MODEL 513E、 受信周波数 540〜1600 KC、出力 2W、東京芝浦製 という BC 帯専用機です。BC 帯が 550〜1600 KC の時代に対応しています。
使用球は 6WC5−UZ6D6−6ZDH3A−UZ42−KX12F、球はすべてマツダ (東芝のブランド) であり、部品の一部を除き約 40 年間完全動作していたことになり、まさに驚異的な寿命です。
早速家に持って帰り、キャビネットの外側、シャーシ内を雑巾がけで掃除しました。 取り敢えずの点検で判明した故障箇所および欠落品・改善箇所等は下記14 項目です。
火を入れる前に、とにかく一番厄介なダイアル紐掛けを修理して置かないと肝心の同調ができません。すこし手間取ったけれど木綿糸四本撚りを使ってつないだ上、CRC5-56 をドライブ・シャフト、バリコンおよびプーリーのベアリングに注いで往復しました。これで何とかドラムが回り、指針が動かせる様になりました。
次に、整流管 12F を抜き、電源を入れて残る四球の点火を確認し、すべて OK でした。
続いて整流管を挿して、電源を入れて電源電圧の確認・・・ここで凄いハムです。 ブロック電解コンの容量抜けと判定、手持ち品のブロック電解コンに交換し、電源を入れたら、正常に動作を開始したのでホッとしました。
各部の電圧は、ほぼ一般的な値であり、(五球スーパーの各部電圧は暗記していましたので)C/R 類は焼けたりゴミまみれにも拘わらず、正常に動作し、ブロック電解コン以外の回路部品には問題なしと判定しました。
スピーカから聞こえる程の整流ハムが残っているので、リップル・フィルタの構成を、3kΩのπ型一段から10μF+10μF〜1kΩ 〜30μF (42 plate)〜 3kΩ 〜150μF (42 sg,その他回路) のπ型二段に変更しました。これで整流ハムは大幅に減りましたが、まだ誘導ハムが残っています。
高周波、中間周波まわりを簡単に調整しました。大幅なズレはありませんでした。
前記の(未処置**)スピーカ誘導ハムは、
と原因切り分け、特定が容易でした。 シャーシをキャビネットに着装した状態では、スピーカのマグネットの直下にパワートランスが位置しているため、パワートランスの漏洩フラックスがスピーカの磁気回路に直接回って出る磁気誘導であると判定されます。
これは故障ではなく、部品配置設計の不良に分類されますが、トランスの巻線方向〜コアの方向がスピーカと直角に取り付ければ出ないはずなので、本機ではパワートランスを焼いたか何かの故障にて、誰かが修理の際に少し大型の物に交換し、この点に注意しなかったか、事後の点検不足か、またはそのまま対策を講じなかった可能性が大です。
対処療法としては、音声信号回路の何処かに逆相の交流電源電圧を加えて、スピーカの動作時の打ち消し信号とするしかありません。 対処工事としては、可変抵抗器を取りつけたり、片側を接地したヒーター配線の位相反転が必要だったりするので、第一日目はここまでとしました。
ダイアルの紐はラジオセンターの二階に売っているとの情報を、鎌ヶ谷の方から教えて戴きました。もうあのナイロン紐は売っていないので、それこそ楽器屋で三味線糸を探すしかないかなと思っていました。取り敢えず木綿糸で処置しましたが。 更に、下記二点の改善を加え、修理・改善箇所は 16項目になりました。
まず、前から残っている誘導ハムを退治しないと、スピーカ誘導打ち消し効果がよく判りません。その発生場所は限られています。それは、すぐに見つけました。 終段の grid に入る音質調整回路の接地場所が、シャーシ内の終段の grid leak を接地すべき、自己バイアス抵抗の接地場所ではなく、離れた別の接地場所に落してあり、「誘導ハムを出してくれ」という配線です。アンプの配線等の常識では考えられない、明らかに配線設計または配線のミスです。
鉄製のシャーシでは、パワートランスからの磁気誘導が広がりやすく、配線にループができると、必ず磁気誘導ハムを発生するので、接地点の設定には注意が必要です。しかも配線図からは判定できず、現物の配線を点検するしか方法がないので大変厄介です。
元の接地線を外して、終段の接地点に迂回の接地線を引き直すだけでOKです。 これで、シャーシをキャビネットの外に出した状態では、スピーカから聞こえる雑音には誘導ハムが無くなり、わずかなリップル・ハムと球が出す「シー」ノイズだけです。
パワートランスからスピーカへの磁気誘導(音)を打ち消す回路は、出力段の grid leak の下からヒーターの交流弾圧を降圧してポテンショメータ加減して grid に加え、キャビネット収容時に最小にするように調整できるべく配線を引き回したのですが、その引き回しから誘導ハムが盛大に発生してしまい、失敗でした。今度は私が配線ミスです。
事後に行なった検討では、誘導ハム回避のためには打ち消し回路のインピーダンスを下げる必要があると判定しました。そのためには、終段の grid leak の下に打ち消し電圧を直接入れず、10kΩ程度の R で一旦接地します。 その分岐点に打ち消し交流のレベル調整ポテンショの摺動端を接続し、ポテンショの接地側は所定の接地点にキチンと接続すれば、少し位線を伸ばしても誘導ハムの発生は少ないと考えられます。そこでまた挑戦です。
再検討した、打ち消し回路の誘導ハム回避策は成功だったのですが。 スピーカへの磁気誘導打ち消し信号の定義が誤っており、見事失敗でした。 ヒーター交流を grid に加えて判ったのは、スピーカへの磁気誘導音とヒーター交流音とは、まったく別の音だったのです。これでは打ち消し所ではなく、別々に加算されてしまう状態です。また音が違いすぎるので位相を反転しても余り変化がありません。
そこで、パワートランスの漏洩磁束を直接キャッチして、打ち消し回路に入力することにしました。漏洩磁束のセンサーには、 RF 用のインダクターなどを試みてもラチが開きません。そこで真空管用の出力トランスの一次側を使い、トランス同士を腹合わせにしたら、うまくキャッチして、思惑通りかなりの打ち消しができることが判りました。でも、更にスピーカの反応とセンサー用トランスの特性は完全に一致しないためか、誘導音をゼロにする打ち消しは出来ませんが、実用的には支障のない程度になりました。
さて、処置に使うセンサーには、試験に使用した出力トランスでは大きすぎるので、宝箱からトランジスタ用のトランスを探したのですが、以前に一括廃棄してしまい、何も見つかりません。フト思いついたのが小型の 6V0.1A 位のヒータートランスです。これの一次側をセンサーとして、パワートランスに太い銅線で括り付けて、コア同士を接近させ、シャーシをキャビネット内に固定して、誘導音を確認し、それが最小になるところにレベル調整ポテンショを設定して、三日掛かりで難題が一件落着です。
これで、紐掛けダイアル糸の全交換だけ残して修理・改善対策は終了しました。ダイアル糸の全交換の手引きとして、巻きつけの方向と回数等を所有者の方宛のお手紙に記して、修理の終った五球スーパーを、多賀さんのお宅に納品しました。
五球スーパー、それも純粋の国産 ST 管構成によるものです。暫く振りで接しました。 単に懐かしいだけでなく、私の高校時代から大学時代にかけて、ラジオ製作と修理に多忙だった頃の主対象機種はやはり五球スーパーでしたから、感激ひとしおでした。 納入先とか、修理依頼元とか、製作依頼の友人などの思い出、回路の面では高一からの改造のポイント、微小雑音除去法、短波付きなど、当時の諸々の記憶が一緒に蘇り、幾分感傷的になった三日間でした。
以上