2SD864(K) SEPP/OTL 兼シングル/OTL アンプの試作実験
2005/09-2006/03 宇多 弘
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1 いきさつ

 別項に記載の、以前試作したシングル/ PP アンプに使用したダーリントン構成のパワー Tr 2SD864(K) (以下、パワー Tr) を使って、今回は簡易型の SEPP/OTL アンプを試作しました。 このパワー Tr は、無調整で PP が簡単にできるほどよく揃っているので SEPP にも適する筈、併せて低電圧大電流モードの OTL にして様子をみよう、ついでにシングル OTL もやって見よう、という発想です。 簡単な回路で容易に動作 OK となりましたが、終段の温度ドリフトには悩みました。(2005/09)
 シングルモードでのスピーカの保護に少し手を焼きました。(2005/10)
 電源、インディケータおよびリレー周りを改良した最近の回路図は下記の通りです。(2005/11) 

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2 回路構成

 前段はドライバのみとし、終段入力には入力トランスを使ってドライブし、位相反転を兼ねました。 終段構成は一電源としてパワー Tr の若干のバラツキを許容、固定バイアスの微調整は省略しました。 初期の終段はゲインのあるエミッタ共通回路としましたが、音質が気に入らずコレクタ共通回路(エミッタ・フォロワ)に変更しました。 また SEPP 終段の一方への信号入力を止めると(A級動作ならば)シングル OTL アンプになる?と考えて「モード変更スイッチ」を設けました。(2005/09)

3 入力トランスと回路との整合性ほか

● 入力トランスの制約など:
 入力トランスには二次巻線を二組持つものが好適ですが、手持ちの関係から山水 ST-75 (10kΩ-600Ω CT) を一次二次逆接続とし二個並列にして代用しました。 通常のパワー Tr をトランス・ドライブにてエミッタ共通としたプッシュプルまたは SEPP では、B 級動作とするためステップダウン・トランスを使いますが、本アンプの場合は入力トランスの制約を考慮して A 級動作をねらいました。
 ST-75 を逆接続とすれば約四倍のステップアップ、接続上の二次インピーダンスが 10kΩと大きく、更にパワー Tr を同時に二発ドライブするのは厳しいかなと心配してシャント抵抗も省きました。 しかし入力インピーダンスが高いダーリントン構成 Tr が相手だから何とかなりそう、もし NG なら入力トランスとドライバを強力なものに変更すればすむ、とにかくやってみよう・・・です。
 またドライバの力が十分でも入力トランスが小型であれば、ハンドリング・パワーに限界があり、終段ドライブはあまり無理が効かない、とも想定してドライバ段は控え目の 2SK117 のソースフォロワにて様子を見ることにました。(2005/09)

● ダーリントン構成 Tr のメリット:
 初期の終段はエミッタ共通回路とし、入力トランスの二次巻線はコレクタ〜接地間に設定したブリーダによるバイアス回路の引き出し点、およびベースとの間に挿入して信号入力しました。 一旦完成後の試聴では音質が気に入らず、前掲の回路図のとおりコレクタ共通回路(エミッタ・フォロワ)に変更して OK となりました。
 この変更に際しては、さしたるゲイン低下がない・・・ドライブ振幅が確保されていて、ダーリントン構成 Tr のメリットを認識しました。 また上記の変更にてバイアス回路が丁度 10kΩのシャント抵抗を兼ねて音質改善にも寄与したようです。
 結果的には 2SK117 のソースフォロワおよび ST-75 逆接続による 2SD864(K) のトランス・ドライブはエミッタ・フォロワもこなせる好適な組み合わせであり、ほぼ正解らしいと感じました。(2005/09)

4 動作点、電源、ヒートシンク、シングル動作等

● 動作点設定:
 各パワー Tr の動作点が概ね 12V500mA となるよう、電流帰還型バイアス回路による電圧配分を調整して設定しました。

● 電源まわり:(2005/11 改良)
 ◇ アンプ部電源トランス:(2005/11)
   24V の L/R 独立電源。 二次側 20V(10V中点)1A 二巻き線のトランスを二個使用、
   20V 二巻き線並列としたブリッジ整流から、直列とした両波整流に変更。(2005/11)
 ◇ 冷却ファン電源:
   アンプ部電源と同時に「メイン・スイッチ」にてパワー on 操作。
   24V0.3A トランスの 18V-24V 端子をブリッジ整流して約 8V を供給、
 ◇ タイムディレー・リレー駆動電源:(2005/10)
   上記トランスの 0-18V 端子をブリッジ整流、47uF35V を並列にて供給。
 ◇ スピーカ保護用のタイムディレー・リレー等の仕様と動作:(2005/11)
  ◇◇タイムディレー・リレー:
    オムロン MY2V DC 24V 仕様、二回路、設定可能動作開始時間10〜60秒 (30 秒に設定)
  ◇◇追加の通常型リレー:
    オムロン MY4N DC 24V 仕様、四回路
  ◇◇動作:  
   アンプ部電源 on 状態の下に「スピーカ・スイッチ」on によりタイムディレー・リレーを動作開始させる。 
   スピーカ on インディケータの LED をスピーカ接続状態のみに点灯させて、動作状態を明示するには
   タイムディレー・リレーの接点二回路では足りず、連動する通常型リレーを追加して駆動し、スピーカを接続した。

● ヒートシンクと冷却ファン:
 50x110x30 程度のサイズのヒートシンク一個に、L/R 各チャネルのパワー Tr 二個を取り付けました。 放熱する電力は 12V0.5A x 2 =12W となり、エミッタ電流= Ie の抑制措置が不十分で自然空冷では不足、小型ファン (仕様概要:W/D=80mm/80mm, H=25mm, 12V0.18A) にて向かい合わせてチムニー状にした L/R のヒートシンクの上から吸い上げました。 ファン電源はアンプ本体側にて full (8V)− low (通常位置=抵抗を挿入 5V)− off のスイッチ切り替えとし、温度上昇、冷却効果等を確認しました。

● シングル OTL 動作:
 モード変更スイッチをシングル側に切り替えてみたら、SEPP モードの最大出力と音質には及びませんが、一定の入力振幅の範囲内ならば殆ど同じ音量と音質で問題なく動作し「これで十分」とさえ感じました。 それは下記の効果によるものと思われます。 

 (1) 動作点が概ねA級に設定されたこと、
 (2) SEPP 下半分のユニットが定電流性の出力信号に対する負荷、兼直流バイパス抵抗となったこと、
 (3) ドライバは上半分のユニットのドライブに全力投入、SEPP では若干ドライブ力が不足かも→改善しました。

 但し SEPP モードでは殆ど感じなかったリップル・ハムが盛大に現われ、アンプ部電源のCを倍増、小抵抗による二段π型フィルタに変更して対処しました。

5 二電源との比較

 SEPP モードにて、試みに電源トランス二次側の10V タップおよびキャパシタ二個を使い、+12V/中点/-12V からなる簡易型二電源に変更して、アンプ部分の出力C中点 (スピーカ端子のコールド側) との電位差〜オフセット電圧を当たってみると、L/R とも二桁 mV オーダにて良好でした。 一方のバイアス回路に VR を挿入してゼロ調整し、L/R ともに出力C中点と電源中点とをショートさせても聴感では差は判別できず、本アンプの規模・品質では一電源で十分と判定しました。

6 エミッタ電流の温度ドリフト

 不安は的中しました。 パワー on 直後は Ie が少なく短時間に増加して一旦平衡し、ヒートシンクの温度上昇時間との交互関係からか、その後ゆっくりと微増、更にやや下がって平衡します。 上下の二素子は温度上昇時または降下時に軽いシーソーを起しながらも、DC バランスは常時かなり良好に保たれ、平衡時 Ie 値は安定しています。
 極端な温度ドリフトを抑えるべくエミッタ挿入抵抗= Re を 4.7Ωに設定し、Ie 変動を抑制して不足補償ながらもまずまず安定になりました。 Re には並列に大容量パスコンを抱かせて音質を保ちました。 Re を更に増やせばより安定になるも、電源電圧が不足一方で現状に止めました。
 Ie 値は室温に相当影響されます。 室温が 35度C位では更に Ie が増加、冷却ファンをフル回転に上げても余り下がりません。 また寒いシーズンでは冷却ファンを止め積極的に動作発熱にて暖める必要があるかもしれません。 室温変化による聴感上の音質変化は少ないけれど、Ie 値は安定化するに越したことはなく、今後の課題とします。

7 シングル動作時の回路改善、スピーカ保護等

 蝦名さんに回路図を見ていただき「シングル OTL 動作時には下のパワー Tr のベースをキャパシタにて信号的に接地させて、定電流性を確保してみたら?」「初段のソースフォロワを強化してみたら?」とのサジェッションを頂き、上記の回路図に示すように変更しました。(2005/10) さらに、電源を強化しました。(2005/11) 

7.1 接地キャパシタの効果
 シングル・モード時のベース接地キャパシタを on/off して、on 時にはクリップ開始の信号振幅が、接地キャパシタがない場合に比較して大きい、すなわち無歪出力より大きいことを確認しました。 
 但し、SEPP→/←シングルへのモード切り替えでは、チャージされていないキャパシタがベースに直接接続されたり離れたりします。 そのような場合、電圧配分〜動作点がどのように遷移して影響するか、が気掛かりでしたが「案ずるより生むが易し」、若干のトライ&エラーにて下記のようにフィックスしました。

7.2 動作中のモード変更スイッチ操作による動作点浮動およびスピーカへの影響と対策

(1) SEPP→シングル
  下のエレメントのベースに接続したCへのチャージ開始によりバイアス電圧が深くなり、一旦
  上下エレメントのエミッタ電流が減少し、チャージが進んで SEPP 時の状態に戻ります。
(2) シングル→SEPP
 エミッタ挿入抵抗に並列Cが接続されてチャージする一瞬、わずかにエミッタ電流が増加して直ちに安定します。

 いずれのモード変更時にもスピーカが接続された状態にて出力端子に 1.5V/0.5V 程度の短時間の上下エレメントのアンバランス電圧が出力端子に発生しスピーカから音が出たりコーンがフワッと動きます。 そこで動作中のモード変更は諦め、アンプ停止時または後述のスピーカ・スイッチ off 状態にのみに限定することにしました。

7.3 モード設定位置によるメイン・パワー on/off 時のスピーカへの影響と対策
 SEPP モードにてメイン・パワー on/off の際には、立ち上がり/停止ともにスムースで対策は不要です。
 一方、シングルモードにてメイン・パワー on/off の際には、出力端子に上記の動作中のモード変更スイッチ操作と同様の短時間のアンバランス電圧が発生します。 そこで、タイムディレー・リレーおよび駆動電源を用意し、タイムディレー・リレーの共通端子および解放接点端子接点を出力端子ホット側に挿入して、リレーが動作した場合のみスピーカが接続されるようにして、接点動作の遅延を 30秒程度に設定しました。 

 ● メイン・パワー on
  同時にタイムディレー・リレーを起動させると、動作点が落ち着いた頃に
  接点が閉じてスピーカが接続され、全く問題ありません。

 ● メイン・パワー off
  同時にタイムディレー・リレー駆動電源を切ってスピーカを外そうとしても、リレー電源の
  チャージが残って間に合わず、50mV 程度の短時間のアンバランス電圧による「ポツン」音がでます。

 そこで若干煩雑になることを覚悟で、パワー on/off 操作は「メイン・スイッチ」および「スピーカ・スイッチ」の二段操作にてスピーカ保護機能を実現しました。

◇操作手順、但し () 内は操作、[] 内は状態遷移
◇◇動作立ち上げ手順 
 (1) メイン・スイッチ on によりアンプを動作開始させる。
 (2) スピーカ・スイッチ on によりタイムディレー・リレーを起動させる。
 [3] 約 30秒の設定遅延時間に達し、接点が「入」に転じてスピーカが接続される。

◇◇動作終了手順
 (1) スピーカ・スイッチ off によりタイムディレー・リレー動作を止める。
 [2] タイムディレー・リレーの接点が「切」となりスピーカが切り放される。
 (3) メイン・スイッチ off によりアンプを動作終了させる。

 上記の二段操作化により、下記各項のモード変更スイッチ操作が可能になりました。
 (1) アンプ停止時。
 (2) メイン・スイッチ on 後、スピーカ・スイッチ on 前。
 (3) メイン・スイッチ on 状態にて、一旦スピーカ・スイッチを off、
   モード変更スイッチ操作、スピーカ・スイッチ on にて運転続行。 

7.4 初段ドライバの強化、その他
 前掲の回路図に示す通り、ドライバ段の 2SK117 をダブルに強化し、併せてカップリング・キャパシタ類を増量して不足気味の低域を強化しました。(2005/10)

7.5 電源回路の改良
 電源回路のブリッジ整流に用いた 200V4A 仕様のダイオード・ブリッジが若干暖まるのが気に入らず、バラのシリコン・ダイオード 1N4007 による両波整流に変更したら、低域がより力強くなりました。(2005/11)

8 最後に

 諸性能は不十分、特にドリフト抑制が不完全、スピーカ保護操作が煩雑など完成度が低いながらも、SEPP では石アンプらしい音質を得、また予想外な音質のシングル OTL を実現し、兼用アンプ実験としては一応の結果を得ました。  
以上

改訂記録
2005/09:初版
2005/10:改訂第一版:シングル動作時の回路改善等追加、回路図更新
2005/11:改訂第二版:電源回路の変更改善、回路図更新
2006/03:改訂第三版:分解・転用