◎ 「兄弟殺し」解答 平成元年十二月山戸朋盟

◎ ウエーゼとシュマール

問五 シュマールの生活信条(思想)を表す部分を一ヶ所抜き出せ。また、ウェーゼの生活信条を表す部分を一ヶ所抜き出せ。

 ○シュマール「すべてが実現するなんてことはない。幸せの夢がすべて実を結ぶなんてことはない。」
 ○ウェーゼ 「すべてが実現する」または「幸せの夢がすべて実を結ぶ」。

問六 ウェーゼの人柄や生活態度を表す部分を全て抜き出し、ウェーゼの人物像について解説せよ。

 ○「今日はいつもよりだいぶ帰りの遅い夫」とあり、それが「夜九時ごろ」だから、普段はきちんと同じ時間(七時頃?)に帰って来る規則正しい生活をしている。
 ○「ウェーゼ夫人は鈴音を聞いて安心し、…」ウェーゼの家庭は平安で、夫人は何の不安も感じていない。
 ○「遅くまで働いた」「おだやかな足音」こつこつと真面目に働く穏やかな性格である。

問七 シュマールの性格について簡単に解説せよ。

 興奮しやすく、衝動的な性格。シュマールとウェーゼは、すべての面において対照的である。二人の主人公が正反対の思想・性格・運命を持つというのは、小説一般にしばしば見られる設定である。予備校の現代文的な言い方をすれば、この小説で対立する二つのものは、「ウェーゼの思想」と「シュマールの思想」である。

問八 ウェーゼとシュマールは、最近、ビールを飲みながらどんな話をしていたか。再現または解説せよ。

 ウェーゼは、人間は目標を持って真面目に働き、努力すれば必ず報われるものであり、現に自分もささやかな希望を持ち、その夢を少しずつだが着実に実現しつつあることを話した。そして、シュマールの刹那的な生き方に忠告がましい事を言った。シュマールは、(例えば)自分が最近真面目に働いていないこと、努力することは馬鹿らしいと思うこと等を話した。彼の考えによれば、この世に神は存在せず、人間は偶然に支配されていて、どんなに真面目な生活をしていても、突然、何の理由もなく不幸のどん底に突き落とされることがあるのだ。彼は飛行機事故やガンで死んだ多くの人の例を挙げてその考えが正しいことを主張した。しかし、ウェーゼはもちろん賛成しなかった。そして、いつも「ユリアが待っているから」と言って先に帰った。

 シュマールは今でも独身だが、二人とも独身だった頃は、付き合いのよい「ビールの飲み仲間」だったのに、最近は少し様子が変わってきた。初めから赤の他人なら、そんなことは気にならないが、友達だと思っていた人間が自分から離れてゆくのは、心の中に憎悪を生むのだ。これをドイツ語で、Hassliebe (憎しみの愛)、日本語では、「可愛さ余って憎さ百倍」という。シュマールは心の中で、ウェーゼのような人間がこの世に存在することが憎らしく、許せないような気分になってきた。「この小心でくそ真面目で、そのくせしぶとく自分の世界だけは守ろうとする男に、一度まったく違う現実を突きつけてやりたい。」そんな気持ちがだんだん募ってきたのだ。

問九 ウェーゼとシュマールが一緒にビールを飲む時、いつもウェーゼの方が先に帰ると言い出した。しかもウェーゼは、自分が早く帰る理由として、きまってある一言を付け加えた。次の空欄に入るウェーゼの一言を答えよ。

 「シュマール、(ユリアが待っている)から、俺はもう帰るよ」

 シュマールがウェーゼを刺したときに思わず叫んだ、「ユリアが待っていても無駄だ。」という言葉は、「おまえはいつも『ユリアが待っているから』と言って帰るが、今日はユリアが待っていても無駄になるのだ。オレがそれを無駄にしてやるのだ」という意味。ウェーゼのこの小市民的な口癖は、シュマールの心の奥底にウェーゼへの無意識の憎悪と軽蔑を積もらせた。いつも言われてひっかかっていた言葉なので、思わず言い返したのだ。

問十 傍線部Dのウェーゼの「無言の問い」の内容を具体的に述べよ。

 「私は、何も悪いことはしていない。誰にも迷惑をかけたわけでもない。ただ、家庭を大切にし、ささやかな幸福の実現を夢みて真面目に努力してきただけだ。それなのに、その私が、なぜ殺されなくてはならないのか。なぜ、ささやかな幸福の夢が水の泡にならなければならないのか。この世には神はないのか。もし神が存在するなら、なぜ私を見殺しにされるのか。」自分は誠心誠意神に尽くしてきたのに、なぜ神に見放されなければならないのか、という問いは、キリスト教徒にとってはもっとも深刻な問いである。また、この問いに対して、神が人間に答えないことがある。これを神の沈黙という。神の沈黙も、キリスト教徒にとってはもっとも深刻な問題である。

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