宇治巡り

【解題】

 宇治茶の産地として有名な山城宇治と京都近郊の名所・歌枕を次々と訪れるように描写する詩句の中に、宇治茶の銘柄の名前を読み込んでいる。多くの銘柄を歌い上げるのが主たる狙いで、風景描写はそれらを繋ぐためであり、必ずしも語句が首尾一貫しない。茶の銘の美しさ、面白さを味わい、風景から連想される言葉のイメージを楽しむのがこの歌詞の主旨である。

析】

(前唄・春)万代を、  |  つむや  |茶園の春風に、 寿    |添えて|    佐保姫の、
       万代の年月を|  積み重ねて|
             |茶を摘む!  |茶園の春風に、長寿の喜びを|加えて|春の女神佐保姫の|

○     賑はふ|袖の       |若緑    。人目を |なに   と|はつ昔。霞を分けて|青山の、
                                      |恥づ | 
 春の訪れに賑わう|袖のような、野山の|若緑の美しさ!人目 は|どう見るかと|恥じる|
                                      | 初 昔。霞を分けて|青山の|

小松の城綾の森|   、千歳 障りもなき   村に、齢ひ老い   | せ | ぬ |姥(ばば)昔  。

 小松の城や綾の森|を抜け、千年支障 もない平和な村に、年 老いる事を|知ら|ない|姥の   昔語り。

○誰に も 年 を|譲り葉の     、  千代    の緑|の|松の尾|  |の、
 誰にでも長寿を|譲ってくれるという|
        |譲り葉の     、  千年も変わらぬ緑、
                  |その千年も変わらぬ緑|の|松の
                               |松 尾|神社|の|

○神代の末 の|後 昔(のちむかし)。     光を添えて     園の梅、なお 白梅の色香にも   、
 神代の末流の|跡に昔を偲ぶ。   |その境内に光を添えて白く浮かぶ園の梅、やはり白梅の色香にも劣らず、

○深くぞ|    映る|川柳(かはやなぎ)。        湖水  越すだに    宇治 の波     。
 深く!|水に影が映る|川柳       。水の上を行くと、琵琶湖を越すだけですぐ、宇治川の波が岸を洗う。

(中唄・夏)初花 |見する山吹の   、花橘の匂ふ| て ふ|   、
       初花を|見せる山吹のそばに、花橘が匂う|という|ような、美しい|

○夢を結ぶ  |    の|折鷹 |  や、  |小  鷹の爪に枝   しめて、木蔭も多き一森の、
 夢が実現する|と言われる| 鷹の|
 夢を見る  |         |ことよ、その|小さな鷹が爪で枝を握りしめて、木陰も多い一森の、

○ 喜撰  の庵(いほ)    の夏の峯 、滝の音をも(後唄・秋) 菊 水の、朝日山の端 、薄紅葉    、
 昔喜撰法師が庵を結んだ宇治山の夏の峯の、滝の音をも     |聞く  、
                               | 菊 水の、朝日山の  |
                                    |  山の端は|薄紅葉に染まり、

○高雄の峰に|   雁がね   |の、  |あさる|声々     笠取 の 、
 高雄の峰に|   雁の声が響き、
      |また、雁     |が 餌を| 漁 る|声々が聞こえる笠取山など、

○数   |万   | 所(かずまんどころ)              |面白 や。心を澄ます   |
 数えれば|沢山ある|名所       |の景物を取り込んだお茶の銘の|面白さよ。心 静かに味わう|

老  楽(おいらく)は、            | 祝ひの|代(しろ)に歌ふ|舞   鶴     。
                                       |舞ひ  ずる   |
 老年の楽しみ    は|宇治のお茶巡りと、長寿の|お祝いの|しるし  に歌い、舞うのでございます。

【背景】

 佐保姫

 古来、奈良の都の東方の山を佐保山と呼び、佐保川が流れを発し、春の女神の佐保姫が住み、また、桜の名所であると
された。それと対照されるのが、奈良の西方の竜(立)田山・竜田川で、秋の女神の竜田姫が住み、紅葉の名所である。


  譲り葉

 ユズリハ科の常緑高木。高さ6メートル内外。大きな葉が枝の先に放射状につく。新しい葉が出て古い葉と入れ替わる
ので、子どもが成長して大人になり、親がその代を譲ることに喩えられ、新年を迎える縁起のよい木とされる。(広辞苑


 折鷹

 鷹を初夢に見ると縁起が良いということは「一富士(いちふじ)、二鷹(にたか)、三茄子(さんなすび)」ということわざによる。このことわざは江戸時代初期にはすでにあったが、その起源については次のような諸説がある。

徳川家の出身地である駿河国での高いものの順。富士山、愛(あし)鷹山、初物のなすの値段。
徳川家康が、富士山、鷹狩り、初物のなすを好んだということから。
富士は日本一の山、鷹は賢くて強い鳥、なすは事を「成す」。
富士は「無事」、鷹は「高い」、なすは事を「成す」という掛け言葉。
日本三大仇討から。富士は曽我兄弟の仇討ち(富士山の裾野)、鷹は赤穂義士(主君浅野家の紋所が鷹の羽)、茄子は鍵屋の辻の決闘(伊賀の名産品が茄子)。

 喜撰

○わが庵(いほ)は 都の辰巳      しか  |ぞ|   |住む
 私の庵    は、都の東南の宇治で、このように|!|気楽に|住んでいます。

○世を|うじ山|         |と   人は|     |言ふ   |なり
   |憂し |

 世を|厭だ |と思って     |
   |宇治山|に暮らしているのだ|と世間の人は|私のことを|言っている|ようですが。

                              (古今集・巻第十八・雑下・983・喜撰法師

 「喜撰」は煎茶の銘柄としても有名で、特に、「正喜撰(じょうきせん)」の名は、黒船来航の際に江戸庶民が、

○泰平の眠りをさます|正喜撰|たった|四杯|で夜も眠れず
          |蒸気船|


と幕府の狼狽ぶりを風刺したことで歴史にも残っている。

作詞:田中幸次(京都)
作曲:松浦検校
箏手付け:八重崎検校




【語注】


万代 
茶の銘柄。以下、下線部は茶の銘柄や種類。銘柄名の多くは現代でも使われている。
佐保姫⇒背景
初昔 
宇治茶の抹茶の高級銘柄。という字は「廿一日」と分解されるので、八十八夜から数えて二十一日目に摘んだものなので初昔と言うなど、諸説がある。
障りもなき村 「なき村」は「なしむし」とする楽譜もあるが、意味は不明。「なし村」とする説もある。
譲り葉⇒背景
松の尾 松尾神社。京都市右京区嵐山宮前 京阪電鉄松尾駅前。



川柳 茶の種類。番茶の上等なものを「川柳」と言う。煎茶園の新芽が大きくなり、硬化した葉を蒸して乾燥したもので、茎などが混ざることがある。

折鷹⇒背景



喜撰⇒背景
朝日山 宇治川を挟んで平等院の対岸1kmほどにある山。


高雄
 桂川の支流清滝川の右岸にある高雄山の奥がが紅葉の名所として有名だが、ここは宇治橋の南南東約7キロにある高雄山(京都府井出町)を指す。
雁がね 「雁の声」という意味だが、「雁」そのものも表す。また、お茶の種類としては、荒茶を加工する過程で撰別された茎が「雁ケ音」と呼ばれる。昔は、玉露の茎を「雁ケ音」と呼び、お茶通の人に好まれた。現在では、煎茶の茎も「雁ケ音」と呼ばれ、玉露の茎とは又ちがった味がある。
笠取 宇治橋の北東約6kmほどにある山。紅葉の名所。
舞鶴 正しくは「舞ひづる」だが、「舞ひずる」と音が同じなので、「舞ひず」(サ変複合動詞)の連体形と解せる。


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