住吉

【解題】

 摂津一の宮の住吉神社を歌ったもの。神社の周辺の荘厳な景色から歌い起し、歌道の神としての神徳を述べ、源氏物語『澪標』の巻の内容にも触れ、境内の相生の松にことよせて、歌道の長久を祝う。

【解析】

○一千年の       色は雪のうちに 、 深きねがひも|    |今日こそは、はるばる|
          
   《雪》     《深き》              ≪張る≫
 一千年の寿命を保つ松の色は雪の 中 にも|緑深く、
                    | 深い 願 いも|かなって、今日こそは、 春   、
                                       |はるばる|

○        来ぬる旅衣  、日もうららかに四方(よも)の空 、   |霞み| に  |けり|な 、
        
≪着≫ ≪衣≫  ≪紐≫
 この住吉にやって来 た 旅衣の姿、日もうららかに四方    の空も|   |霞み、
                                 |今日は|霞ん|でしまっ|た |なあ!

○昨日まで、波間に見えし淡路島 。                 |あをきが原 も|思ひやる  、
 昨日まで 波間に見えた淡路島も。この神社の三祭神が出現した、筑紫の| 檍 が原をも|想像するほど、

○実(げ)に |広前(ひろまえ)の|すがすがし    。
 まこと に、|社前の庭    が|清らかであることだ。

○ 片削ぎ》の|   |ゆきあひの    |   霜 |の
 《片削ぎ》      ≪雪≫          ≪霜≫

  片削ぎ の|千木の|行き違いの隙間から|降りる霜と|の

  ┌────────────-┬───────────┐
○いく  返り |ちぎり| |や|結ぶ   |    ||  |住吉の   |松 の|
        
《千木》               |
        | 契 り|を|            ↓
 何度繰り返して|       |結んできた|のだろうか、  |住吉の境内の|松は 。
                            |その|住吉の境内の|松 が|私の拙い和歌を

○思は| む     |言の葉を|    |わが身に恥づる  |      敷島の|道     を|
   |どう     |
 思う|だろうか、その|言 葉を|想像して、わが身を恥じる私の|      和歌の|道であるよ。
                               |住吉の神は、和歌の|道     を|

○守りの   |神なれば、              |四季の詠(なが)めの    |その上に、
 守って下さる|神なので、さて、歌の修行となると、まず|四季の景色を詠むのが難しい、|その上に、

○恋   は|ことさら|難題   がちに、   |詠めたやうでも     |   詠みおほさ|れず、
 恋の題詠は| 更に |難題になりがちで、うまく|詠めたようでも、実はまだ|十分に詠み切  |れず、

○てに は違ひ|に心を尽くし、   高い も、低い も、       |歩みを運ぶ、
 てにをは違い|に頭を悩まし、身分が高い人も、低い人も、上達を祈願して|参詣する 、

○     |中おし   照る  や、  |難波女(め)の、|よし  あしと|なく |かりそめに、
                     《難波》      《葭》 《芦》     《刈り》

 海と平野の|中全体に日が照り輝く!|  |難波、
                  |その|難波女   の、|いい女悪い女も|なく皆|気 軽 に|

○歌ふ| ひと   ふし  | | 雅(みやび)| な る。
          《節》

 歌う|ちょっとした 節 回し|も|風雅なもの  |である。

○忘れ貝と の 名は|そらごと|  よ、  逢うて|別れて|その後は、又の花見     を楽しみに、
  《貝》               《合う》《分れ》

 忘れ 貝 という名は|  嘘  |ですよ。逢って|別れて、その後は、次の花見で出会うのを楽しみに、

○日数(ひかず)数へて    |思ひ出す     。
 日数を    数えてあの人を|思い出すことになる。

○忘れ草と の 名は偽り  よ、繁(しげ)りて|離(か)れて|それからは、後の月見    を
  ≪草≫         ≪茂    り≫≪枯   れ≫

 忘れ草という名は嘘 ですよ。しげく通っ て|遠のい  て、それからは、次の月見で会うのを

○楽しみに、夜半(よは)を積みつつ|思ひ出す、春や秋                   。
 楽しみに、夜半    を重ねて、|思い出す、春も秋も、恋は忘れることが出来ないものである。

○そのかみ世に|      光る君 、御願(ごぐわん)果たし|        の|粧(よそほ)ひ の、
 その 昔 世に|もてはやされ輝いた |
       |      光源氏の|お礼      参り |の時のような華麗な|装いの参詣の人波が、

○今に    絶え せ ず |   奥は  なほ、深緑 なる その中に、  花や  紅葉をひと時に、
 今に至るまで絶えることなく、境内の奥は、今なお 深緑であるその中に、春の花や秋の紅葉を 同 時に 

○ こき散らしたる   賑はひは、筆も言葉も及びなき、折しも 月の|出(いで)|汐に、
 しごき散らした ような賑わいは、筆も言葉も及ばない、折しも、月が|出て   、
                                 |満ちてくる|汐に、

○つれ て|吹き 来る|松風  の、つれて吹き来る松風の、
 つられて|吹いて来る|松風の音が、

○ 通ふ    は| ことの|願ひも        | 三つ | や、四つの社   の|おん恵    。
                          
| 満つ |
 似通っているのは|  筝 の|音(ね)、
         |何 事 の|願いも |      |かなう|のは、
              |    |まことにこの| 三つ | や 四つの社の祭神の|お 恵みである。

○ なほ |幾千代も限りなき、  道の 栄(さかえ) と| 祝し  | けり  、道の栄と祝しけり。
 この上|幾千代も限りない、歌の道の繁栄があるようにと|お祝いする|ことだなあ、        。

【背景】

 一千年の色は雪のうちに

○十八公の  |栄(えい)は 霜        の|後に    |露(あら)はれ、
  松 の  |美しい深緑は、霜という試練を経た |後に    |現われ    、

○一千年の  |色    は 雪        の|中(うち)に|深し
 一千年の緑の|色    は 雪        の|中でいっそう|深い。(和漢朗詠集・松・源順)

 はるばるきぬる旅衣

○唐衣 着つつ  |     慣れ    |に|し|妻| |し|あれ| ば|はるばる|
 《衣》          《褻れ》       《褄》         《張る》

 唐衣を着ていると、糊が取れて柔らかくなる|
      私には|     慣れ親しんで|き|た|妻|が|!|いる|ので、遥 々と|こんな遠くまで|

○   来|  ぬる  |旅を|し|ぞ|    思ふ
   《着》

 やって来|てしまった|旅を|!|!|感慨深く思うことだ。(在原業平)

 片削ぎのゆきあひの霜の

○ 片削ぎの|   |ゆきあひの    |   霜  の|
 《片削ぎ》     ≪雪≫          ≪霜≫

  片削ぎの|千木の|行き違いの隙間から|降りる霜|との|

  ┌────────────-┬───────────┐
○いく  返り |ちぎり| |や|結ぶ   |    |   住吉の   |松
        《千木》
               |
        | 契 り|を|            ↓
 何度繰り返して|       |結んできた|のだろうか、この住吉の境内の|松は。

                    (続後撰和歌集・第九・神祇歌・後鳥羽院)

 ゆきあひの霜

   ┌────────┐     ┌────────┐
○夜 や|寒き|    ↓   衣 や|薄き|    ↓
 夜が |寒い|のだろうか、私の衣が |薄い|のだろうか、それとも、

                         ┌────────────┐
○片削ぎの|   |行きあひの 間|より|霜| |や|置く|    らん |
 片削ぎの|千木が|行き違った隙間|から|霜|が| |置い|ているのだろう|か。

                      (新古今集・巻第十九・神祇・1855・住吉明神)

 住吉の松の思はむ

○                      住吉の|松の|思は|  む    |
 住吉の神は、和歌の道を守って下さる神なので、住吉の|松が|  |  どう   |
                             |思う|だろうか、その|

○言の葉を|     わが身に恥づる    |敷島の道|
 言 葉を|想像して、わが身を恥じる私の拙い|和歌の道|であるよ。

                  (玉葉和歌集・巻十八・雑五・松・右近中将為藤)

 道を守りの神

○     |わが     |道を守ら    |  ば   君    を |守る    | ら  ん
 住吉の神が|私の奉ずる歌の|道を守ってくれる|ならば、わが君後鳥羽院をも|守ってくれる|のでしょう

○    |   よはひ は|    譲れ     住吉の松
 それなら、千年の 長寿 を!|わが君に譲って下さい、住吉の松よ。(新古今集・巻第七・賀・739・藤原定家)

 忘れ貝

○この泊まりの浜には、くさぐさの|うるはしき貝、石など |多かり。かかれば、
 この停泊地の浜には、さまざまの| 美しい 貝、石などが|多い 。そこで 、

○ ただ 、 昔の           人を のみ 恋ひつつ、船 なる 人の詠め|る| 、
 ひたすら、土佐の国でなくなった幼い女の子をばかり恋偲んで、船にいる人が詠ん|だ|歌、

○寄する波         |うちも寄せ| なむ
 寄せる波よ、忘れ貝を浜辺に|うち!寄せ|ておくれ。そうしたら、

○わが|恋ふる   人 |忘れ貝   |    |降りて|拾は| ん
 私が|恋偲ぶ|あの子を|忘れるという|
          その|忘れ貝   |を船から|降りて|拾い|たい。

○と言へれ ば 、ある人の    耐へ   ず して、船の   |心やり に詠め|る| 。
 と詠んだので、ある人が悲しみに耐えられなく て、船の生活の|気晴らしに詠ん|だ|歌。

○忘れ貝 |拾ひ し も|せ|  じ
 忘れ貝を|拾いなど |し|たくもない。むしろあの美しい石(白珠)でも拾って、

○ 白珠          |を|恋ふる|     を|だに も     |形見と思は| ん
  白珠 のように可愛かった|
 あの子         |を|恋偲ぶ|この気持ち |だけでも、せめての|形見と思い|たい。

○と|なん|言へ|る。をんな子のためには、親       、幼くなり| ぬ  | べし 。
 と| ! |詠ん|だ。  娘  のためには、親は分別を失って、幼くなっ|てしまう|のだろう。

○「珠|     |なら| ず |も|あり|け  ん|を」と、 人 言は|  ん|や。
 「珠|というほど| で |  |も|
            |なく| |あっ|ただろう|に」と、 人は言う|だろう|か、
            (な か   っ た)              |いや、そんなことは言わない。

○されども、「死  に  |し|子 、顔   |よかり|き。」と言ふやうもあり。
 しかし 、「死んでしまっ|た|子は、顔立ちが|良かっ|た。」と言うこともある。

                 (土佐日記・承平五年二月四日・「住吉」の前日)

忘れ草

○住 の  江に船 |さし寄せよ    |忘れ草|
 住吉の入り江に船を|さし寄せてください。忘れ草|が本当に土佐で死んだあの子を忘れさせてくれる|

○しるし| |ありやと|摘みて行く|べく
 効き目|が|あるかと|摘んで行く|ことができるように。(土佐日記・承平五年二月五日・住吉のわたり)

○道知らば摘みにも行かむ住の江の岸に生(お)ふてふ恋忘れ草 (古今集・巻第十一・墨滅歌・1111・紀貫之)

 そのかみ世に光る君

 
松原の深緑なるに、花紅葉をこき散らしたると見ゆる袍衣(うへのきぬ)の濃き薄き数知らず、六位の中にも蔵人は青色しるく見えて、かの賀茂の瑞垣恨みし右近将監(うこんのじよう)も靫負(ゆげひ)になりて、ことごとしげなる随身具したる蔵人なり。良清も同じ佐(すけ)にて、人よりことにもの思ひなき気色にて、おどろおどろしき赤衣姿いときよげなり。すべて見し人々ひきかへ華やかに、何ごと思ふらんと見えてうち散りたるに、若やかなる上達部、殿上人の我も我もと思ひいどみ、馬、鞍などまで飾りととのへ磨きたまへるは、いみじき見物(みもの)に田舎人も思へり。

                                     (源氏物語・澪標(みをつくし))
作詞:横田袋翁(一説)
作曲:山田検校



【語注】

一千年の色は⇒背景
深きねがいも 深きの縁語。
はるばる来ぬる旅衣、日も 「張る」「」「」は「」の縁語。ここは、「唐衣着つつ馴れにし妻しあればはるばる来ぬる旅をしぞ思ふ」を引く。⇒背景


あをきが原 伊奘諾尊(いざなきのみこと)が、死んだ妻の伊奘冉尊(いざなみのみこと)を追って黄泉(よみ)の国に行って穢(けが)れ、この世に逃げ帰って、禊(みそぎ)した場所。ここで、底筒男命(そこづつをのみこと)・中筒男命(なかづつをのみこと)・表筒男命(うはづつをのみこと)の三神が生まれ、住吉神社の祭神となった。(古事記・日本書紀)
片削ぎの  千木片削ぎは縁語。⇒背景
ゆきあひの霜 雪は縁語。⇒背景
住吉の松の思はむ⇒背景
道を守りの神⇒背景




四季の詠 現代では、歌は感動したときに詠むのが普通だが、昔は「題詠」と言って、「水辺の鶯」などと題を決めて詠む、また練習することが多かった。

てには違ひ 助詞の使い方を間違えること。

中おしてるや 押し照るやは「難波」に掛かる枕詞で、「大和から難波に山を越えると、難波の海と平野全体に太陽が照り輝く」の意。それに「海と平野の中」の意の「中」を付けた。
難波女の、よしあしとなく 葭難波の縁語。更に、刈りの縁語。
忘れ貝⇒背景
逢うて別れて 合う(閉じること)・分れ(開くこと)はの縁語。
忘れ草⇒背景
しげりてかれて 茂り枯れの縁語。







光る君、御願果たしの 光源氏は須磨に隠棲した時、住吉の神の導きによって明石の君と出会い、また、帰京と政治的復権を果たすことが出来た(須磨・明石の巻)。
 都に戻り、内大臣として権勢を握った源氏は、住吉の神へのお礼参りを豪勢に挙行する。一方、源氏との間に生まれた姫君と共に明石に留まり、たまたま私的に住吉に参詣した明石の君は、源氏一行の豪華な様子を望見し、あまりの身分の違いにため息をつくしかなかった(澪標の巻)。 ⇒背景
三つや四つの社 「三つ」は底筒男命、中筒男命、表筒男命の三神の本宮、「四つ」は合祀された神功皇后の第四本宮を指す。






十八公 松の字を分解して十八公と呼び、松を尊い存在とした。
十八公の…  
 「
十八公栄霜後露
  一千年色雪中深

 対句の見事さに注意。

唐衣着つつなれにし… 褻れ(着物の縁)・張る(着物を洗い張りすること)・の縁語。
 
唐衣着つつなれにし以下を呼び出すための序詞。




片削ぎの… 一千年の寿命を保つという松の深緑は、冬、白い霜の降りた中で、いっそう栄(は)える。住吉の松は、霜と毎年出会おうという契り(約束)を長年月に渡って繰り返し果たしてきたであろう。松と霜を永く連れ添った男女に喩え、松の長寿を寿(ことほ)いだ歌。
千木 屋根の両端の材木が棟で交差して、棟よりも高く突き出た部分。
千木の片そぎ 千木の端の片かどをそいであるもの。
片そぎ千木は縁語。




霜や置くらん 「らん」は現在推量の助動詞。





松の 思はむ 言の葉を 「む」は婉曲・仮定の助動詞。




































恋ふるをだにも 「だに」は「せめて…だけでも」と訳すのが基本だが、ここは応用で「…だけでも、せめて」。
幼くなりぬべし 「 ぬべし 」の「 」は、普通は強意と説明するが、完了のように訳すこともある。




死にし子 「死に」はナ変「死ぬ」の連用形。

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