末の契
【解題】 後楽園明居は俳号で、本名は五代目三井次郎右衛門高英。京都の粋客で『園の秋』『けしの花』『里の暁』なども作詞している。詞の内容は、波に漂うように流浪する遊女の心細い心情を縁語・掛詞を用いて流麗に綴ったもので、格別の筋がある訳ではなく、言葉の余情を味わうべきものである。 【解析】 ○ 白 波の|かゝる |憂き 身 |と |知ら| で| や|は、 <シラ> <シラ> 白 波が|掛かる小舟のような| |こんな |つらい身の上の私だ|と、あなたは|知ら|ないで|しょうか|!、 |いいえ、知っているでしょう。 ○和歌に| |見る目|を恋ひす| て ふ| 渚に|迷ふ|あま小舟| 、 《海松布》 《渚》 和歌に| |みるめ|を恋する|と言う|言葉があるが、 私は|あなたとの|逢う瀬|を夢見る| |渚に|漂う|海女小舟|のようなもの、 ○浮きつ沈みつ| 寄る べ|さへ|荒 磯 |伝ふ|芦田鶴|の 、鳴きて ぞ| ともに |あら(ず)| 浮きつ沈みつ|繋ぎ止める岸|さえ|な く 、 |荒 磯を|伝う| 鶴|のように、鳴きながら!、あなたと 共 に ○ |たつか弓| 、 | 春 を|心の| 花 |と見て。 《弓》 《張る》 いつ飛び|立つかと|願うばかり、やがて二人に訪れる| 春 を|心の|拠り所|にして。 ○忘れ|たまふ |な 、かく |し つつ|八千代 経(ふ)るとも、 忘れ| |ないで| |ください| 、このように|離れたまま|八千代を経 ても、 ○ 君 |まし て、心の| 末 の|契り |たがふな 。 あなたはいつまでも変わらずに|いらっしゃって、心の| 奥 の| |将来の|約束を|違えないでください。 【背景】 和歌にみるめを恋すてふ ○速き 瀬 に | |海松布 |生ひ | せ |ば| |見る 目 | 速い川瀬の中にも| |海松布 が|生える |ものなら|ば、 |あなたに|逢う機会が|生まれる|ものなら|ば、 ○ |我が袖の涙の河に植え|まし|もの| を |私の袖の涙の河に植え|たい|もの|だがなあ、そうすれば、 あなたに逢えず速い河瀬のように流れている|私の袖の涙の河の |流れも穏やかになるだろうに。 (古今集・巻第十一・恋一・531・読み人知らず) 末の契り(参考歌) ○ |契り |き|な かたみに|袖 を|しぼり つつ 二人で固く|約束しまし|た|ね、お 互い に|袖の涙を|絞 りながら。 ○ |末の松山 波 越さ | | じ とは あの|末の松山を波が越す |ことが決して|ないように 、 |私たち が別れる|ことも決して|ないようにと! (後拾遺集・巻十四・恋四・770・清原元輔) 今は別れ別れになっても、将来は必ず逢い見ようという内容は、この歌を踏まえている。 |
作詞 :後楽園四明居 作曲 :松浦検校 筝手付:八重崎検校 【語注】 白と知らは同音反復。 憂き身 「浮身」(越前・越後の遊女の一種。旅商人などの滞在中、同居して身の回りの世話をした)が掛けられているという説もある。 和歌にみるめを恋ひすてふ⇒背景 海松布と渚は縁語。「海松布」は浅い海の岩石に生える緑藻。 たつか弓 手で握るところを太くした弓。弓と張るは縁語。 末の契り⇒背景 速き瀬に…「せば〜まし」の反実仮想の構文が使われている。 末の松山 宮城県多賀城市の海岸近くにあった山。どんな高波も決して越すことが出来ないと言われていた。 |