松竹梅

【解題】

 松竹梅を、梅・松・竹の順に、日本の代表的な三都市浪花・京・江戸と組み合わせ、さらにそれぞれゆかりのある鳥や虫を配して歌詞としたもの。春の浪花の鶯と梅の花、新年の京と根引きの松と鶴に御所の風景、秋の江戸の月と虫の音、風に戦ぐ竹という組み合わせで、松竹梅が三者対称に整然と配置されている。曲調も歌詞の内容に見合って格調高く整っており、祝儀物としてよく演奏される。

析】

 前歌 浪花の梅に鶯

○立ち  |渡る | 霞を空の|しるべ|に て、のどけき  光 |新玉の|春 |立つ   |   今朝は
     |一面に|
 立ちこめ|ている|春霞を空の|道案内|にして、のどかな日の光に|改まる|
                                |新玉の|春が|やって来る|元旦の今朝は、

○足引きの|山路を分けて、大伴の三津に来鳴く鶯 、南  より|笑ひ|初(そ)む    |薫りに|引かれ
 足引きの|山路を分けて、大伴の三津に来鳴く鶯が、南の枝から|開き|始  める梅の花の|薫りに|誘われて

○     |声のうららか 。  羽風   に|散るや、  |花の色香も
 鳴く、その|声のうららかさ。鶯の羽風を受けて|散る! 梅の|花の色香も、

○     | なほ |し|栄(は)えあるこの里の、浪花は梅の名所(などころ)  。
 他の里より|いっそう|!|栄   えあるこの里 、浪花は梅の名所     である。

 中歌 京の松に鶴

○君 が 代は      |濁らで|絶え ぬ |   みかは水|    、末   |澄み け |らし  
 天皇の御代は、いつまでも|濁らず|絶えない|御所の御 溝 水|のように、末代まで|澄んでいる|だろう。

○くにたみも、 げ に|豊かなる|四つの海       。千歳    限れ|  る|常盤   木も、
  国 民 も、本当に|豊かな |四つの海に囲まれた日本。千年の長寿を保っ|ている|常緑の松の木も、

○今 世の皆 に|             |引か  れては、
 今の世の人達に|初子の日の根引きの松として|引き抜かれて!、

○   |幾世|限りも|あら  し   |     |吹く音 、
           |あら| じ   |
 寿命は|幾世|限りも|  |ないだろう|と聞こえる|
           |  嵐     |     |吹く音に、

○枝も栄ゆる若緑 、生ひ立つ|松に巣をくふ鶴の、久しき   |御代を祝ひ舞ふ     。
 枝も栄える若緑に|成長した|松に巣を作る鶴が、永遠に栄える|御代を祝い舞うことである。

 後歌 江戸の竹に虫の声

○秋は| なほ |月の景色も|面 白 | や、   梢々に|さす|  影の、ふしどに|映る  |夕まぐれ、
 秋は|やはり|月の景色も|趣が深い|事よ、木々の梢々に|射す|月の光が、 寝屋 に|差し込む|夕 暮れ、

                  ┌──────────────┐
○そともは虫の声々に、かけて|  |幾よ の|秋に|  |鳴く| 、音を吹き送る|  嵐に|つれて、
 外の庭は虫が声々に、   |  |幾夜を |          |
          |重ねて、また|幾世を |          |
          |重ねて|  |    |秋に|  |鳴き| ↓
          |続ける|                |のか、
                         |その、鳴く|  |音を吹き送る|強い風と|共 に、

○そよぐ は窓の|むら竹|   。
 そよぐのは窓の|むら竹|である。

【背景】

 
霞を空のしるべにて
 
○春の   来る道の|しるべ|は み吉野の山に棚引く   |霞|なり  |けり
 春がやって来る道の|道案内|は、み吉野の山に棚引いている|霞|なのだっ|たなあ

                           (後拾遺集・巻第一・春上・5・大中臣能宜)

 
南より笑ひ初む

   ┌─────────┐
○誰|か| |言つ|し| | 春の| 色 |の東(ひんがし)より|至る     と
             ↓ 春の|気配|が東      から|やって来るなどと|
 誰| |が|言っ|た|のか。

○露 暖かにして|南   枝に   花 |始めて|開く
 露が暖かいので|南の方の枝から梅の花が|まず |開くのだ。春は南からやって来るのではないだろうか。

                              (和漢朗詠集・巻上・春・梅・菅原文時)

 羽風に散るや

○   |木(こ)   伝(づた)へば |おの|が   |羽風に散る|  花|  を
 自分が|木の枝から枝へ飛びまわるので、|自分|の立てた|羽風で散る|梅の花|なのに、

          ┌──────────────────────────────┐
○        |誰|に|負ほせて   |  |ここら |鳴く|    らむ 
 その花が散るのを|誰|の|責任だと思って|鶯は|しきりに|鳴い|ているのだろう|か。

                            (古今集・巻第二・春下・109・素性法師)

 浪花は梅の名所

 大坂(難波)と梅の深い関わりについては、古今集仮名序に下の歌があり、子供が手習いの初歩に必ずこの歌を用いて字を書く練習をしたということが、源氏物語などにも書かれている。歌の成立事情については、仮名序の文章の解釈の違いにより、諸説あるが、一説に、応神天皇(15代天皇)の時代に百済から招聘された王仁(わに)博士が、弟に遠慮して皇太子に即位するのをためらっていた仁徳天皇(16代天皇)に、皇太子になるようそれとなく促(うなが)した歌だという。また、仁徳天皇の皇太子即位を祝った歌とも言う。歌の「この花」は「木の花」と掛けられていて、梅の花のことである。王仁は、日本に漢字と儒教を伝えたとされる伝説的な人物。

○難波津に咲くやこの花冬ごもり今は春べと咲くやこの花

作詞:不詳
作曲:三橋勾当(大阪・幕末の人)




【語注】



霞を空のしるべにて⇒背景
新玉の 春・年・月などに掛かる枕詞。
足引きの山路を分けて 鶯が山から平野に下りてくるのを、山道を通ってくる、と擬人化して表現した。
大伴の 三津にかかる枕詞。
三津 大阪の古名。昔は現在の大阪城あたりまで大阪湾が入り込み、その辺りの海岸を三津浜と言ったという記録がある。
南より笑ひ初む⇒背景
笑ひ初む 正しくは「笑ひ初むる」と連体形を使うべきだろう。四段活用の「染む」の連体形とも考えられる。
羽風に散るや⇒背景
浪花は梅の名所⇒背景
みかは水 貴族の邸宅の庭に流す人工の小川を遣水(やりみづ)と言うが、宮中の遣水を、特別に御溝水(みかはみづ)と呼ぶ。















幾よの 
「幾」は疑問を表す語なので、文末に「か・だろうか」を補う。



















言つし 
「言ひし」の「ひ」が促音便化したもの。
春の色の東より至る 陰陽五行説によっても、春は東である。







木伝へば… 梅の花が散るのを悲しんで鶯が鳴いているという見立てを前提にして、自分の立てた羽風のためだと知らずに、鶯は梅の花が散るのを悲しんで鳴いているのだろうか、と憶測した歌。理知の勝った歌であり、また、諧謔の要素も含まれている。
負ほせて 「負ほす」は「負ふ」の古い他動詞形。「責任を負わせる」意。

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