新雪月花
【解題】 新古今集からの雪・月・花を詠んだ三首を選び、歌詞としたもの。吉沢検校は幕末の人で、純箏曲の復古を目指し、歌 詞も格調高い古典に求めようとした。『千鳥の曲』の歌詞は、古今集・金葉集から取られている。また、春の曲・夏の曲 ・秋の曲・冬の曲の歌詞を古今集から取り、『古今組』とした。この曲は『新古今組』と呼ばれる。 【解析】 第一歌(雪) ○駒 とめて 袖 |打ちはらふ | 陰もなし|佐野のわたりの| 雪の夕暮 駒を止めて、袖に積もる雪を| 払 い落とす|物陰もない、佐野の渡し場の|この雪の夕暮れであるよ。 (新古今集・巻第六・冬・671・藤原定家) 第二歌(月) ○稲葉 吹く風に| |まかせて| 住む| 庵(いほ)は| 《澄む》 稲葉を吹く風に|鳴る子を鳴らす仕事を| 任 せて|私が住む|粗末な小屋 は、 |月が澄む| ○ 月ぞ|まことに | 守り |あかし|ける 《月》 《漏り》 月が、言葉の縁の通り、 漏れ入ってきて 、 | |夜通し| |田守りを勤めてくれる| |ことだ。 (新古今集・巻第四・秋上・428・藤原俊成女) 第三歌(花) ○ももしきの|大宮人は|いとま| あれ| や |桜 | かざし て|けふも| 暮らしつ |大宮人は| 暇 |がある|のだなあ、桜を|冠に挿し飾って、今日も|遊び暮らした。 (新古今集・巻第二・春下・104・山部赤人) 【背景】 駒とめて 次の歌の本歌取りである。 ○苦しくも |降り くる雨 か |三輪の埼 佐野の渡り に家も|あら|な|く| に 苦しいほど|降ってくる雨だなあ。三輪の埼の佐野の渡し場に家も| な い |のに。 (万葉集・巻三・265・長忌寸奥麿) 稲葉吹く 次の歌の本歌取りである。 ┌────────┐ ○宿 近き|山田の引板(ひた)に手 も|掛け ↓ | で 家に近い|山田の鳴子 に手を |掛けて引くこともし|ないで、 ○吹く秋風 に|まかせてぞ| |見る 吹く秋風が鳴らすのに| 任 せて!、その有様を|眺めることだ。(後拾遺集・巻第五・秋下・369・源頼家) |
作曲:不詳 作曲:吉沢検校 【語注】 駒とめて⇒背景 佐野のわたり 奈良県桜井市の三輪山の麓を流れる初瀬川に、佐野という渡し場があった。 稲葉吹く⇒背景 まことに 澄む・月・漏りは縁語。澄むと住む、守りと漏りは掛詞。その言葉の縁の通り、月が住んで田守りを勤めてくれるだろう、の意。 引板 鳥獣を追い払うため、田の上に張り渡した綱に細い竹筒と板切れを吊るし、引っ張れば鳴るようにしたもの。鳴子。鳥おどし。 |