七小町

【解題】

 小野の小町に関する七つの伝説を取り上げ、その話にまつわる小町の和歌を詠みこんで歌詞としたもの。、

析】

○      |蒔(ま)か  | な | く |  に、

 わざわざ種を|蒔   か  |ない|こと|なのに 
       (蒔いたわけでも|ない|    のに)

 ┌──────────────────────────────────┐
○何を種|と て|浮草の、浪の畝(うね)々   |生ひ茂る |  らん|
 何を種|として|浮草が、浪の畝    々の間に|湧いて来る|のだろう|か。

○草子洗ひ も|    名にし負ふ、    |        |その|深草の少将が、
 草子洗いでも|    名 高 い|小野小町、その小町のもとに、
       |色好みで名 高 い|             |あの|深草の少将が、

○百夜 通ひ  も|ことわり|  や、
 百夜も通ったのも| 道理 |だなあ。

○    |日の本|   ならば  照りも|せ | め 、  |さりとては   又 
 この国を|日 本|と呼ぶならば日が照りも|する|だろう、だが|そうは言っても、又、

○天が下|とは、                  |下   行く水|の    
 天の下|
 雨の下|とは言わないか、言うではないか。その、草の|下を流れ行く水|のように、


○逢坂の、  庵(いほり)へ心|せ   き寺|の、うちも|卒塔婆|も

 逢坂の 我が住処    へ心|急(せ)く
               |  関  寺|の、 中 も| 外  |も
                            |卒塔婆|が立っている、
                                  そこにに腰を下ろしていると、

○袖 褄(そでづま)を、引く   |手 |数多(あまた)の 昔は|     小町、
 袖の端      を|引いて誘う|男が|沢山    いた、昔は|名高い小野小町、

○今は         |恥づかし  市原  の、古跡もきよき 清水の     、
 今は老醜を人に晒すのも|恥ずかしい、市原の里の 古跡も清らかな清水の観音菩薩の、

○     |大   悲の|誓ひ| |輝きて、  曇りなき、 世に|雲の上|
 衆生を救う|大きな慈悲の|誓い|が|輝いて、
             | 日|が|輝いて、昔、曇りない 御世に|宮 中|に仕えた。
                                 |宮 中|は、

                                      ┌───────────┐
○ありし 昔に変はら | ね |ど、 見  し|玉簾(たまだれ)の、うち| や|床しき |     |
                                 
|内裏|             |
 かつての昔と変わって|いない|が、昔見慣れた|玉簾      の| 中 |             ↓
                                 |宮中|が |懐かしく|ありませんか、

  |うち| ぞ|床しき    。
 そう、内裏|が!|懐かしいのです。

【背景】

 蒔かなくに @草子洗小町

 宮中で歌合せが行われた時、小野小町は「水辺の草」という題で大伴黒主(おおとものくろぬし)と歌を競うことにな
った。黒主は名高い小町に勝つ自信がなく、小町の私邸に忍び込み、小町が歌合せで発表する歌を吟じているのを盗み
聞く。それは、「蒔かなくに何を種とて浮き草の波のうねうね生ひ茂るらん」という歌だった。黒主は、これを万葉集
の中に書き込み、歌合せの当日、小町の歌を万葉集からの盗作だと訴え出る。しかし小町は黒主の計略を見破り、万葉
の草子を洗うと、黒主の書き込んだ新しい文字は全部流れ落ちてしまった。(謡曲『草子洗』)

 深草の少将が、… A通ひ小町

 深草の少将が小野小町に、百夜通えば思いをかなえてやると言われ、徒歩(かち)はだしで九十九夜まで通ったが、
百夜目に病死したという伝説。(謡曲『通(かよひ)小町』)

 ことわりや B雨乞小町

 京の都の神仙苑は弘法大師が雨乞いをしたことで有名だが、そこで小野小町も雨乞いをしたという伝説がある。その
雨乞いのために詠んだのが次の歌とされる。

○ことわり  や      |日の本|   ならば   照りも| せ | め |
 道理であるなあ、この国を|日の本|と呼ぶならば、日が照りも|する|だろう|、しかし

○さりとては   又 |天(あめ)が下|とは
 そうは言っても、又、|天(あめ)の下|とは言わないか、いや、言うではないか。
           |雨    の下|だから、雨を降らせてください。

 坂の庵へ心せき寺の C関寺小町

 百歳を越えた老女となった小野小町が、七夕の夕暮れ、星を祭る関寺の境内に現れ、人々の前で、自分の若き日の思
い出を歌いながら舞う。絶世の美女の変わり果てた老残の姿を人々が哀れにも痛わしい気持ちで見守る中、小町は一人
さびしく、山陰の藁家(わらや)へと急ぎ帰って行く。(謡曲『関寺小町』)

 うちも卒塔婆も D卒塔婆小町

 これも百歳に老い衰えた小町が乞食となり、卒塔婆の上に腰を下ろしていると、通りかかった旅の僧に咎められ、宗
教問答をする話。深草の少将の逸話も挿入されている。(謡曲『卒塔婆小町』)

 清水の大悲の誓ひ輝きて E清水小町

 老残の身をみすぼらしい草庵に隠していた小野小町のもとに、在原業平が訪れ、仏に帰依せよと諭して消える。小町
は、これは観音菩薩の教えであると悟り、流浪して、陸奥の玉造小野の里にたどり着き、そこで命を終える。業平は陸
奥に下り、小野のすすきの原に小町の跡を弔うと、「くれごとに秋風吹けばあさなあさな」と声が聞こえた。業平は、
「おのれとは言はじ、すすきの一むら」と下句をつけた。すると、どこからか小町の亡霊が現れて、業平に後世の弔い
を頼み、消え失せた。その後には草むらに、白骨と一むらの薄が残るばかりであった。(お伽草子『小町草子』)

 雲の上、ありし昔に F鸚鵡小町

 年老いた小野小町が百歳の老女となって近江の国関寺のあたりにさすらっているという話を聞いた陽成院が、

○雲の上は ありし 昔に変はら | ね |ど
 宮 中は、かつての昔と変わって|いない|が、

                           ┌────────────
○      |見  し|玉簾(たまだれ)の|うち| や|ゆかしき |     |
                      
|内裏|              |
 あなたは、昔|見慣れた|玉簾      の| 中 |              ↓
                      |宮中|が |なつかしく|ありませんか。

という歌を贈った所、小町は即座に、次の歌を返した。

○雲の上は ありし 昔に変はら | ね |ど
 宮 中は、かつての昔と変わって|いない|が、

○    |見  し|玉簾の|うち| ぞ|ゆかしき
              
|内裏|
 私は、昔|見慣れた|玉簾の| 中 |
              |内裏|が!|なつかしいです。(謡曲『鸚鵡小町』他)

相手の歌の「や」を「ぞ」に替えるだけで鮮やかに返歌した、鸚鵡返しの歌として有名である。


作詞:船阪三枝(京都)
作曲:光崎検校
箏手付:八重崎検校

【語注】


蒔かなくに…
 人間は、望んだわけでもないのに、次々に湧き出る煩悩・心配・欲望・不安・不満・病気などに悩まされ続ける。@草子洗小町⇒背景
浪の畝 畠の畝のように、浪の盛り上がった所。

深草の少将が、… A通ひ小町⇒背景


ことわりや B雨乞小町⇒背景









逢坂の、庵へ心せき寺の C関寺小町⇒背景
せき寺 近江の逢坂の関の東にあった寺。
うちも卒塔婆も D卒塔婆小町⇒背景



清水の大悲の誓ひ輝きて E清水小町⇒背景

大悲の誓ひ 大慈大悲の本誓。衆生を苦しみから救い助ける仏・菩薩の大きな慈悲の心。(広辞苑)
雲の上、在りし昔に F鸚鵡小町⇒背景
玉簾(たまだれ) 宮中の美しいすだれ。「玉」は美称。
うち 内裏(だいり)、宮中、皇居。

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