虫の音

【解題】

 歌詞は、夜の野原に鳴く虫の音を聞いての感慨というテーマは共通だが、それ以外は特に関係のない三つの歌から成り立っている。第一の歌は、死んだ恋人への追慕と我が身の不幸への愚痴、第二の歌は、訪れの稀な恋人への怨みと、ままにならない恋の侘しさ、第三の歌は、謡曲『松虫』の一節で、松虫の音を訪ねて野を歩むうちに急死した友人への追慕を歌っている。

【解析】


 第一歌


       ┌────────────┐
○  
思ひに|や、焦がれて       ||すだく   |虫の声々  |さ夜 更けて、
   
《火》  《焦がれ》       |
    火に|  焦がされるように   ↓|
 恋の思いに|  焦がれて    だろうか、集まって鳴く|虫の声々の中、 夜が更けて、
   

○いとど淋しき|野菊   に|一人、道は| 白 菊   |    |辿りて|ここ     に      、
 一層 淋しい|野菊の咲く |
       |野    に|一人、道は|知らないまま|
                    | 白 菊の  |咲く跡を|辿って、ここ安陪野の原にやって来ると、

○誰を| 松 虫 |亡き|  面影を|慕ふ心の|     穂に|現れて、萩よ薄よ 、寝乱れ髪の|
                           《穂》      《薄》
 誰を|待つのか、
   | 松 虫が|鳴き、
        |亡き|人の面影を、慕う心が|はっきりと外に|現れて、萩!薄!が、寝乱れ髪の|
                                        ように生い茂り、その髪が

                             ┌───────────-┐
○解けて|零(こぼ)るる涙の露の、かかる|   思ひを|いつ|さて|忘りよ   |
             
《露》《掛かる》                    |
 解けて、零    れる涙の露が|掛かる、                    |
                |こんな|悲しい思いを|  |一体|       ↓
                           |いつ|  |忘れられよう|か、
                                   いや、いつまでも忘れられない。

○とかく|輪廻      の拙なき|この身 、晴るる間もなき胸  の闇          。
 何かと|運命の巡り合わせが悪い |この身は、晴れる間もない胸の中の闇にいつも苦しめられる。

 
第二歌

○雨の降る夜も降らぬ夜も、  通ひ車の|夜毎に     |来れど、逢ふて戻れば|一夜が千夜    、

 雨の降る夜も降らぬ夜も、私の通い車が|夜毎に女を訪ねて|来たが、逢って戻れば、一夜が千夜に思われ、

○逢は  で|戻れば|また千夜     |それそれ、それ よ、それが 誠 にさ 、
 逢わないで|戻れば、また千夜も待つ思い。それそれ、それだよ、それが本当にさあ、恋というものだろうよ。

                    ┌──────┐
○ほんに|浮世が   まま   ならば、何を|怨みん|↓          |よしなし  言 @よ。
 本当に|浮世が思いのままになるならば、何を|怨もう|か、いや、怨みはしない。
                            男と女の間の言葉は皆|根も葉もない言葉 よ。

                    ┌──────┐
○ほんに|浮世が   まま   ならば、何を|怨みん|↓       |よしなし  言 Aを。
 本当に|浮世が思いのままになるならば、何を|怨もう|か、男と女の間の|根も葉もない言葉 を、
                                          いや、怨みはしない。

○桔梗、刈萱、女郎花、我は恋 路に|名は立ち ながら   |独り|まろ寝の      |  長き夜に。
 桔梗、刈萱、女郎花、私は恋の路で|評判になりながら、今は、             |秋の 夜長 に、
                             |独り|ごろ寝をしているとは、
                                      何と侘しいことであろうか。

 
第三歌

○面白   や 、千  草  に|すだく|虫の音の機織る音は|きりはたりちやう、きりはたりちやう、

 風情があるなあ、色々な草の中で|鳴く |虫の音の機織る音は|きりはたりちょう、きりはたりちょう、

○           |綴(つづ)れ |  刺せ      |て   ふ |ひぐらし |きりぎりす。
 冬を迎える準備に着物を|縫い合わせたり|針を刺したりして繕え|と鳴いている|ひぐらしや|きりぎりす。

○いろいろの  色音の中に、  分きて|     わが偲ぶ|松虫の声 |りんりんりんりんりんと|し  て、
 いろいろの虫の音色の中に、とり分け |死んだ友を私が偲ぶ|松虫の声が、りんりんりんりんりんと|聞こえて、

○夜の声 |冥々たり 。すはや|難波  の鐘も  |明け方の、  朝間にも|なり| ぬ |べし   。
 夜の声は、暗闇に響く。あれっ、難波の寺の鐘も鳴り、明け方の|もう朝 にも|  |きっと|
                                     |なっ| た |に違いない。

○さらばよ|  友びと、名残の       袖を| 招く  | 尾花 の|ほのかに見えし|跡 絶えて、
 さらばだ|私の友 人 、名残を惜しんで別れる袖を|手招きする|すすきが|かすかに見えた|跡も消えて、

                    ┌────────────┐
○草茫茫たる阿倍野の原に、虫の音ばかり|や|残る|     らん|、虫の音ばかりや残るらん。
 草茫々たる阿倍野の原に、虫の音だけが| |残っ|ているのだろう|か、

【背景】

 きりはたりちやう

 機(はた)を織る音の擬音。また、機織虫の音について言う。機織虫(機織(はたをり)・機織女(はたをりめ)とも言う)は現在の「きりぎりす」。その鳴き声からそう呼ばれた。

 綴(つづ)れ刺(刺)せ

○秋風に    ほころび| ぬ   |らし |藤  袴   |
                      |藤色の袴  が、
                      |藤  袴の花が、
 秋風に吹かれてほころび|てしまった|らしい。

○        |つづれ    |  させ      |て ふ |きりぎりす 鳴く
 その証拠に|袴を|縫い合わせたり|針を刺したりして繕え|と言って|きりぎりすが鳴いている

                        (古今集・巻十九・俳諧・1020・在原棟梁)

 参考 虫の音と虫の名

松虫(現在の鈴虫)     ちんちろりん
ひぐらし(蝉の一種)    かなかな
轡虫(くつわむし)     がちゃがちゃ
きりぎりす(現在のこおろぎ)つづれさせ(冬を迎える準備に着物を縫ったり綴じたり刺したりしろ−岩波古語辞典)
機織(現在のきりぎりす)  きりはたりちやう(機を織る音の擬音)

    虫の声(尋常小学校読本唱歌・明治43年)

一、あれ松虫(まつむし)が 鳴いている  ちんちろちんちろ ちんちろりん

  あれ鈴虫(すずむし)も 鳴き出した  りんりんりんりん りいんりん

  秋の夜長(よなが)を 鳴き通す    ああおもしろい 虫のこえ

二、きりきりきりきり きりぎりす     がちゃがちゃがちゃがちゃ くつわ虫

  あとから馬おい おいついて      ちょんちょんちょんちょん すいっちょん

  秋の夜長を 鳴き通す         ああおもしろい 虫のこえ

作詞:不詳
作曲:藤尾勾当





【語注】





焦がれは縁語。










は縁語。







掛かるは縁語。











通ひ車 男が女の所に通う牛車。





校異 @ A















きりはたりちやう⇒背景


綴れ刺せ⇒背景





難波の鐘 阿倍野の北にある天王寺の鐘。






阿倍野 現在の大阪府阿倍野区。阪堺電軌上町線に「阿倍野」という駅がある。その南隣に「松虫」という駅があり、その近くに「松虫塚」(大阪市阿倍野区松虫通1-11-5)という史跡がある。





ほころびぬらし 「らし」は根拠を示して推定する助動詞。藤袴を袴と掛け、それが秋風に吹かれてほころびたと推定する根拠を「つづれさせときりぎりすが鳴いている」ことに求めている。

























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