水の玉

【解題】

 
作詞者は不明だが、内容は亡き妻への追善の曲である。

【解析】


○   |夢なら|   ば|  覚めて|  逢う夜も|あり| な | まし  、
 これが|   |もし
    |夢だっ|たならば、目が覚めて|妻と逢う夜も|  |きっと|
                          |あっ|   |ただろうが|

○こ は        |仇野(あだしの)の白露と   、消えては|  名のみ |久 方の、
 これは夢ではなく、妻は|仇野      の白露のように、消えて!|その名だけが|長い間 、
                                        |久 方の|

○空に思ひ    の|浮き雲              や、絶えぬ涙は|
 空に思い出となって|浮き雲のように離れて行ってしまった!。
          |浮き雲のように           |絶えぬ涙は|

○音無の、滝     と  |乱れて|  |玉の緒の、永く  |もがなと|皆人の、
 音無の|滝の水の玉のように|乱れて、妻の|命  が、永らえて|欲しいと|皆 が|

○祈りし甲斐も|な つ衣、着つつ馴れ    にし|妻    琴|や、
       |な(し)|

 祈った甲斐も|ない  。
       | 夏 衣|着つつ馴れ親しんできた|妻だったので|
                        |妻の弾いた琴|や、

○また|三つの緒の|しらべにも            。
 また|三味 線の|しらべにも、乗せて偲ぶことにしよう。

○昔 恋し や|なつかし や、たとへて言は  ば|春の花 、秋の紅葉と   |  仰が | れ|し| 、
 昔が恋しい!|なつかしい!| 喩 えて言うならば|春の花や|秋の紅葉のように|皆に賞賛さ| れ|た|妻、
                                      |  仰ぎ見|られ|た|

                                 ┌─────────────────┐
○月の光の   |影 清く  、      |田川の水の流れをば、幾千代 かけ て|汲む| なら|ん|
 月の光のように|姿が清らかな、妻に手向けて、                            ↓
        |  清らかな       |田川の水の流れを!、幾千代にわたって|汲む|のだろ|う|か。

【背景】

 化野の白露

 化野は、今の京都市左京区嵯峨の奥にあった火葬場・墓地。東山の鳥辺野と並んで昔から葬りの地であった。明治の中頃まではあちこちの藪(やぶ)や木かげに無数の石仏が散乱していたという。これらの無縁仏は明治中期に化野念仏寺に集められ、今のように並べて安置された。 『徒然草・第七段』にも、こう書かれている。

○   |あだし野の露 |消ゆる   |こと なく、
 人間が|あだし野の露が|消えるように|
            |死ぬ    |ことがなく、

○鳥辺野の   煙 |    立ち去ら   |で    |のみ|住み|果つる  |習ひならば、
 鳥辺野の火葬の煙が|空に  立ち去るように、
          |この世を立ち去る   |ことがなく|  |  |いつまでも|
                               |生き|続ける  |ものならば、

  ┌──────────────────────┐
○いか に|もの  のあはれも|なから |  ん|
 どんなに|ものごとの深い趣も|ないこと|だろう|か。

 音無の滝

 京都市左京区大原来迎院町の、三千院の裏にある滝。高野川の支流にあたる。

○音無の川とぞ   遂に  流れ出づる        言は|  で|  物思う   |人の涙は|
 音無の川と!なってとうとう流れ出してしまった。口には出さ|ないで|恋の物思いをする|私の涙は、

                              (拾遺集・巻第十二・恋二・750・清原元輔)

 なつ衣、着つつ馴れにし妻 

○唐衣 着つつ  |     なれ    |に|し|つま| |し|あれ| ば はるばる|
 
《衣》          
《褻れ》        《褄》         《張る》
 唐衣を着ていると、糊が取れて柔らかくなる|
      私には|     慣れ親しんで|き|た| 妻 |が|!|いる|ので、遥 々と|こんな遠くまで

○   き|  ぬる  |旅を|しぞ|    思ふ
   
《着》

 やって来|てしまった|旅を|!!|感慨深く思うことだ。(在原業平・伊勢物語)

作詞:不詳
作曲:宮原検校


【語注】







仇野の白露⇒背景
久方の 「空」に掛かる枕詞。






音無の滝⇒背景


なつ衣、着つつ馴れにし⇒『住吉』の背景を参照。
妻琴 (爪で弾くので)琴の異称。また、妻の弾く琴に通わすことも多い。









田川千代 「田川」は田の間を流れている川。あぜ川。追善の歌詞の作法から推測すると、亡くなった人の名前が織り込まれているのかも知れない。































唐衣着つつなれにし… 褻れ
(着物の縁)・張る(着物を洗い張りすること)・の縁語。
 「唐衣着つつ」は「なれにし」以下を呼び出すための序詞。

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