かざしの雪

【解題】

 江戸時代に加賀前田家の姫君の、数え年三歳の髪置きの儀を祝い、末永い長寿を寿(ことほ)いで作られたもの。日本では、男女とも生まれて七日目に頭の産毛を剃って坊主頭にし、三歳から髪を伸ばす風習があった。これを「髪置きの儀」と言った。五歳は男子の袴着の儀、七歳は女子の帯解きの儀で、これが現在の七五三のお祝いになっている。

【解析】


同じ   |常盤  の|松 竹   や、冬も葉   がへぬ |かげ 高く、強き     姿  と、

 同じように|いつも緑の|松と竹であるよ。冬も葉の色を変えない| 丈 が高く|強くたくましい姿の松と、

○たおやかに、靡く  さまにぞ、たぐふ  なる、千年(ちとせ)くらべの|  妹(いも)と背(せ)の中 に|
 しなやかに、靡く竹の様子に!|似ていると言う、千歳の長寿を|競い合う|  妻    と夫   の仲、
                                   |その妻    と夫   の間 に|

○生ひ 添ふ  |姫小松  、うら|若 竹の| 緑         |児に  、生(お)ほし初めたる|
 生まれ授かった| 小さな |
        |姫   は、うら|若い  |
                 |若 竹の|新緑の葉のように元気な|
                      |みどり        |児に育ち、生やし   はじめた|

○すずしろ    や。   春を待ち得 て|いつしか|       と、祝ひ   つつ |待つ甲斐 あれや、
 けし坊主の可愛さよ。三歳の春を待ち迎えて|早く  |成長して欲しいと、祝いを重ねながら|待つ甲斐があって、

○   |千尋(ちひろ)の底   の|海松 房(みるふさ)の      、振分髪の|
 やがて、千尋も深い海 の底に生える|海藻の房      のように豊かな|振分髪の|少女に育ち、その髪の

○なりふりも     、      |花 の錦 や|雲 鳥の   、綾  の粧ひの|肩 過ぎて、
  様子 も更に伸びて、乙女となれば|花柄の錦織や|雲に鶴の図柄の|綾織りの衣装の|肩を過ぎて、

○打ち    垂れ  髪の|さねかづら 、結びつ 解きつ   |なまめ           |けり 。
 長く伸ばして垂らした髪で|長い髪  を|結ったり解いたりする|あでやかな女性になるであろう|ことよ。

○今を莟の|花桜             、花の 葛(かづら)や玉  葛     、     繰り返しつつ
                        《葛》       《葛》         《繰り》

 今を莟の|花桜のように初々しいこの女性は、花の髪飾り    や玉の髪飾りを付けて、幾代の春を繰り返しつつ

○末長く、茂り 榮え        ん、    |柳  の        髪も、冬籠り  た る|
 末長く、元気に幸せに生きてゆくだろう。そして、|柳の枝のように長く美しい髪も、冬籠りをしている|

○御 園  生 に、降りと降り敷く|白雪    |を、玉のか ざしに|
  庭園の草木に|降りに降り敷く|白雪のような|
                |白髪    |を|玉のかんざしに|するほど長寿を重ねるまで、

○千代かけて|      |見  |ん    。

 千年も  |元気なお姿を|見てい|たいものだ。

【背景】

 海松房

 「海松(みる)」は海の底などに生える海藻の総称で、海松布(みるめ)とも言う。房はその枝。

○測り   なき    |千尋の底  の|
 測りようもないほど深い|千尋の海の底の|

○    |海松房の|  |生ひ  行く   |           |  末は我のみぞ|見     む
     |海松房が|  |伸び て行くように|
 あなたの|  髪が|  |伸び て行き   、美しく成長するでしょう。
          |その|成長して行く   |           |行く末は私だけが、見届けましょう。

                            (光源氏が紫上に贈った歌。源氏物語・葵)

 振分髪・打ち垂れ髪

 「振分髪」は子供の髪型で、頭の頂で左右に分け、肩のあたりより上で切り揃えたもの。貴族の女性は成長につれて更に髪を伸ばし、十三歳になると「髪上げ」の式をした。これは長い髪を結い上げる儀式で、男子の「元服」にあたる女子の成人の儀式だった。また、成人はそのまま結婚を意味することもあった。大人になると髪は腰のあたりより長く伸び、日常生活は結い上げずに過ごした。これを打ち垂れ髪・垂髪(たれがみ・おすべらかし)と言った。

○      |比べ   こし振分髪も|肩 過ぎ         ぬ
 子供の頃から|比べ合ってきた振分髪も|肩を過ぎるほど長くなりました。髪上げをすべき婚期が近づいたが、

                            ┌─────────┐
○       | 君 |なら ず して|  誰(たれ)|か| あぐ  べき|
 夫と思い定めた|あなた|ではなく て|他の誰のために| |髪上げをしよう|か、いや、
                                 |あなたの為だけに髪上げをします。

                                        (伊勢物語・二十三段)
作詞:不詳
作曲:山勢検校




【語注】


かざしの雪 垂れ下がった細い柳の枝を女性の毛髪にたとえ、その上に積もった雪をかんざしに見立てたもの。かんざしは「髪挿し」の約。







すずしろ 頭の頂上だけを残して周囲を剃り落とした子供の髪型。けし坊主。数え年の一歳から三歳まで。
祝ひつつ
 節句や七五三などのお祝いの行事を重ねること
千尋 尋は両手を左右に広げた長さ。水深や縄の長さを測る時の単位として使う。
海松房⇒背景
振分髪⇒背景
打ち垂れ髪⇒背景
さねかづら 昔はさねかづらのつるや葉からとった汁で髪を整えたり艶を出したので、髪の長いことを「さねかづら」と言った。
玉葛 多くの玉を紐でつなぎ、頭に掛けて垂れた髪飾り。繰りは縁語。

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