鶴寿千歳(かくじゆせんざい)

【解題】

 昭和三年十一月十日の昭和天皇の即位の大礼を祝って作られた曲。前弾・前歌・手事・楽・中歌・手事・後歌という変化のある構成で、初めの手事は鶴に縁のある巣籠り地が使われ、後の手事は五節の舞の舞楽を表現している。内容的には天子の御代の「万歳」を称えているが、鶴に事寄せて長寿を祝っているので、曲名を「鶴寿千歳」とした。

【解析】

○松山          の松  の一  葉を千代づつに、読む     とも足らじ   | 久方 の
 松山に生えている一本一本の松の木の一枚の葉を千年ずつに|数えて全部足しても足りないほど|悠久に続く

○天つ日嗣の|しろしめす|  国の|甲斐   な る鶴峠、その    名  の雛の声よ|声、(手事)
 天 子様の|統治なさる|わが国の|甲斐の国にある鶴峠、その鶴という名の鳥の雛の声よ、声、

○ありがた   や、   道 昭(あき)らけく、人は皆、 和らぐ|御代に生まれ遭ひて、
 ありがたいことだ、世の筋道が明らかにされ  、人は皆、心和らぐ|
              |昭             和 の|御代に生まれ遭って、

○揺るがぬ   例(ためし)  の巌(いはほ)の上 、十返りの花 |もの 言はね   ど、
 揺るがぬものの例として挙げられる岩     の上に、十返りの花は|ものを言わないけれど、

○いつも緑を友とし 馴れ   て、或る時は、枝に    残んの  月と   たたずみ、また或る時は
 いつも緑を友として馴れ親しんで、或る時は、枝の間に消え残っている月とともにたたずみ、また或る時は

○波に影 浮く  雲   と  |さまよひ、春は|     並び舞ふ落花の庭(には)、
 波に影を浮かべる雲のように空を|彷徨 い、春は|二羽の鶴が並び舞う落花の庭    、

○秋は  声を合はす   |月明(げつめい)の池、(手事)嬉し   の|嬉し   の|面白   の、
 秋は鶴が声を合わせて鳴く|月明かり    の池、    嬉しいことよ、嬉しいことよ、楽しいことよ、

○             |限りなき、齢(よはひ)を| 君に参らせて、萬歳楽(ばんぜいらく)を奏で ん。
 この鶴の千年も生きるという|限りない 寿命    を|大君に差上げて、万歳楽        を奏でよう。

【背景】

 揺るがぬ例の巌の上

○わが 君は|千代に八千代に      |さざれ石の|   巌(いはほ)となりて
 私の主君は、千代に八千代にも続く世々に、小さな石が|大きな岩     となって

○苔のむす まで|
 苔が生えるまで、末永くお健やかであらせられませ。(古今集・巻第七・賀・343・読人知らず)

 十返りの花

 松の花の雅称。祝賀の意に用いる。とかえりばな。「松の花」は、春先に新しい枝の頂部に二〜三個の雌花が、その下方に多くの雄花がついて花粉を散らす。松は百年に一度、千年に十回花が咲くという伝説がある。

○         |十   返りの花を       |今日より|   松 が枝に|
 百年に一度、千年に|十度繰り返し 花を咲かせるという|
          |十   返りの花が咲く時を   |今日から|  待つ   |
                                |その 松 の枝に|かけて|

○ちぎるも   | 久し       |よろづ代の  春 | 
        |          | 一万 年も続く春を|
        |幾久しく共にしようと、
 誓い合うことだ。           〈新後拾遺・慶賀〉

 萬歳楽

 「千秋」も「萬歳(ばんぜい)」も、元々は中国の長寿を祝う言葉で、特に皇帝の長寿を祝って使われた。中国から日本に伝えられた雅楽の中には「千秋楽」と「万歳楽(まんざいらく)という曲が伝えられている。「万歳楽」は左方唐楽平調の舞曲で、平舞の代表的名作とされる。「千秋楽」は唐楽で盤渉調(ばんしきじょう)。共に君主の長久を祝うめでたい曲とされている。芸能の万歳(まんざい)は万歳楽から出たものという。

 「万歳」をバンザイと発音するようになったのは大日本帝国憲法発布の日、1889年(明治22)2月11日に青山練兵場での臨時観兵式に向かう明治天皇の馬車に向かって万歳三唱したのが最初だという。当初は文部大臣森有礼が、発する語として「奉賀」を提案していたが、「連呼すると『ア・ホウガ(阿呆が)』と聞こえる」という理由から却下された。また、「万歳」として「マンザイ」と読む案もあった(それまでの奉祝の言葉としては「バンセイ」あるいは「バンゼー」)があったが、「マ」では「腹に力が入らない」とされたため、謡曲・高砂の「千秋楽」の「千秋楽は民を撫で、萬歳楽 (バンザイラク) には命を延ぶ」の詩句を借用し、漢音と呉音の混用を問わずに「万歳 (バンザイ)」とした。なお、もっと古い時代では、大勢の人々が天皇に対する敬意を表す時には「オエー!」という歓声をあげていたらしい。ちなみに、最初の万歳三唱は「万歳、万歳、万々歳」と唱和するものであったが、最初の「万歳」で馬車の馬が驚いて立ち止まってしまい、そのため二声目の「万歳」は小声となり、三声目の「万々歳」は言えずじまいに終わった。[1]

 太平洋戦争中の日本軍兵士が米軍に対して、全滅(玉砕)を覚悟して行った突入攻撃は、バンザイ突撃と呼ばれる。敗色濃厚にも関わらず突撃を行った日本軍兵士の「バンザイ突撃」は米軍将兵に少なからぬ恐怖を与えたという(バンザイ・アタック)。このことから、英語で banzai というと、本来の意味の他に「絶望的な(あるいは無謀な)試み」という意味もある。

 また、第二次世界大戦中のアメリカ合衆国陸軍第442連隊戦闘団(日系アメリカ人部隊)が攻撃の際に「万歳」を掛け声に使用したと記録が残っている。

 「天皇陛下万歳」はこのような歴史的経緯から軍国主義、戦争の象徴のような言葉と捉えられることもあるが、実際は天皇の永遠の健康、長寿を臣下が祈るものである。近年でも即位の礼や在位記念式典において公式に使われ、また皇居における一般参賀などの場面において万歳三唱する市民もいる。

 慣例として、衆議院解散時に議長より詔書が読み上げられ、解散が宣言されたとき、その瞬間失職した議員たちが「万歳!」と三唱する。この慣例の経緯は明らかではないが、議員たちが選挙戦に「突撃」してゆく気概を表しているとも、国事行為として衆議院を解散する天皇に対しての敬意とも言われている。ただ「失職するのに何が万歳なんだ」といって万歳三唱をしない議員もいる。(『ウィキペディア』による)

作詞:岡鬼太郎(1872〜1943)
  (歌舞伎作者)
作曲:今井慶松(1871〜1947)



【語注】


久方の 「天・空・日・月」などに掛かる枕詞。

天つ日嗣 「日嗣」は天皇の位、また、皇位の継承者。新たに天皇に即位した昭和天皇を指す。
鶴峠 山梨県北都留郡小菅村にある。上野原市から東京都の奥多摩湖に抜ける国道18号線の最も標高の高い地点で、海抜873m。相模川水系と多摩川水系の分水嶺になっている。
揺るがぬ例の巌の上⇒背景
十返りの花⇒背景
残んの月 夜明頃まで残っている月、月が空にあるままで夜の明ける頃の月。残月とも言う。




萬歳楽⇒背景






さざれ石 和名抄「細石 節文云礫也。水中細石也佐佐礼以之。」
苔のむすまで 「限りもなく遠くとはいはふなり」(十口抄)。西陽雑俎「石遂長不已。年経重四十斤」(余材抄)。

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