冬の曲

【解題】

 古今和歌集の冬の歌から四首を選び、歌詞としたもの。

【解析】

 
第一歌

○竜田川 |   錦 |おり       かく      |神無月 |時雨の雨を|たて ぬき|にして
 
竜田川が|紅葉の錦を|織って岸と岸の間に掛けている|  |神無月 。
                          |その
|神無月の|時雨の雨を|縦糸・横糸|にして。

                            (古今集・巻第六・冬・314・読人知らず)

 
第二歌

○白雪|の|  | 所|も|わか |ず|降り|しけ    | ば |

 
白雪|が|降る|場所|も|区別せ|ず|降り|積もっている|ので|花が咲くはずもない|

○巌(いはほ) にも咲く   |花と|こそ|   見れ
 
岩    の上にも咲いている|花と| ! |思って見ることだ。(古今集・巻第六・冬・324・紀秋岑)

 
第三歌

○み吉野の山の白雪 ふみわけて          入り| に  |し|人の
 
み吉野の山の白雪を踏み分けて仏道修行のために山に入っ|てしまっ|た|人が、そのまま帰って来ないばかりか、

○おとづれ|  も| せ |ぬ
 
 便り |さえも|よこさ|ないことだ。(古今集・巻第六・冬・327・壬生忠岑)

 
第四歌

○きのふ |    |と言ひ  |
  昨日  |はああだ|と言っては|暮らし、

○けふ  |    |と    |暮らし|て|
 今日  |はこうだ|と言っては|暮らし、

○あすか川|

 明日  |はどうだ|と言っては|暮らし|て、はや一年が経ってしまった。


○    | |流れて速き   |月日 な り| けり
 明日香川|が|流れて速いように、
     
  |流れて速い   |月日である|ことだなあ。(古今集・巻第六・冬・341・春道列樹)

【背景】

 竜田川
 
 古来、奈良の都の東方の山を佐保山、西方の山を竜田(立田)山と呼び、佐保山には春の女神の佐保姫、竜田山には秋
の女神の竜田姫が宿るとされた。竜田川は竜田山を流れる川で、古くから紅葉の名所とされる。


 神無月

 旧暦の十月で、現在の初冬に当たる。旧暦では、神無月・霜月(十一月)・師走(十二月)が冬である。

 第二歌

 
雪を花と見ることは万葉集にもある。

春の野に霧立ちわたり降る雪と人の見るまで梅の花散る(万葉集・巻第五・839)

この「巌にも咲く花」は梅の花などの特定の種類ではなく、一般的な意味での白い花であろう。

 第三歌

 「寛平の御時、きさいの宮の歌合の歌」と詞書がある。 「寛平の御時」とは宇多天皇の時代。「きさいの宮」とは、光孝天皇の后で宇多天皇の母である班子女王(桓武天皇の皇子である仲野親王の娘)のこと。その歌合は寛平五(893)年開催。この歌合から古今和歌集に五十六首も採られている。

 きのふと言ひ今日と暮らして…

○  去りし日を昨日、  当たれ  る日を今日、  来 ん日を明日と名づけて、
 過ぎ去った日を昨日、さし当たっている日を今日、次に来る 日を明日と名づけて、

○しか   |言ひ言ひ   |暮らしもてくる年月の、ただ走り  に|速くも過ぐる |事よと    なり。
 そのように|話題にしながら、暮らし てきた年月が、ひた走るように|速くも過ぎ去る|事よと言うのである。

○昨日と    言ひては暮らし、今日    と言ひては暮らし、明日    と言ひては暮らし|と言ふ、
 昨日はああだと言っては暮らし、今日はこうだと言っては暮らし、明日はどうだと言っては暮らし、と言う|

○その「言ひ暮らし」の語を   分かちて、「言ひ」を昨日に属し、「暮らし」を今日に属し、
 その「言ひ暮らし」の語を二つに分け て、「言ひ」を昨日に続け、「暮らし」を今日に続け、

○明日云々   は|上の  二句   にゆだねて、     言葉の縁 より 明日香川に   移して、
 明日に続く言葉は|上の「言ひ暮らし」に任せ て、明日という言葉の縁によって明日香川に話題を移して、

○やがて |その瀬 を受けて、流れて早き      と|言ひおろせる|  調べ 、

 そのまま|その勢いを受けて、流れて早き月日なりけりと|詠み下し た|歌の調べは、

○ 大よそ   |なら |ん|や|             。
 並大抵 の技量|であろ|う|か、いや、並大抵の技量ではない。(香川景樹・古今和歌集正義)

 明日香川

 飛鳥川。奈良盆地南部の飛鳥地方を流れ、大和川に注ぐ川。古来、流れが早いことと、淵瀬が変わりやすいことで歌枕となっている。


出典:古今和歌集
作曲:吉沢検校  
手事手付:松阪春栄

【語注】

第一歌 神無月は冬の始まりであり、紅葉が散り、時雨が降り始める時期である。流れ下る紅葉のために錦のように見える竜田川と糸のように見える時雨を組み合わせ、一幅の絵とした歌。
竜田川
⇒背景
神無月⇒背景
第二歌⇒背景






第三歌
 仏道修行のために山に入って、帰ってこない人を耽美的にとらえている。
み吉野 吉野山は古くから仏道修行のため、世を遁れて住む所だった。
おとづれもせぬ 「せ」はサ変「す」で、柔軟に訳せる。「ぬ」は打消の助動詞「ず」で、連体止めになっている。「おとづれもせず」という本文もある。
第四歌 「年の果てに詠める」と詞書がある。年の瀬に感じる月日の流れの速さへの感慨が、「昨日、今日、明日」という畳み掛けるリズムと、「なりけり」という発見詠嘆の語法に込められている。⇒背景
明日香川⇒背景

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